大島からフェリーとバスを乗り継ぎ、再び多喜浜駅へ。本日の郵便局廻りも終わり、後は今日泊まる今治に向かうだけ。しかし列車は16時38分。「まだ40分以上有るか・・」と、明朝東京に着く貨物列車を眺めたりしていたら、1枚のポスターが目にとまった。伊予西条駅に隣接する「四国鉄道文化館」だった。閉館時間を確認すると、この手の展示館は17時前後終了が多い中19時。「この閉館時間なら充分に見られる」と立寄る事に。そして併設されている十河記念館も気に成った。
私が生まれた前後、黒四ダム、東京オリンピック、月面着陸等と、実現不可能と言われた事業が、数々の困難の上に達成されている。その中でも特に私の幼心を打ったのは夢の超特急・新幹線だった。その新幹線に道筋をつけたのが、第4代国鉄総裁の十河氏だった。その記念館と成ればぜひ立ち寄ってみたいと思った。
小学生の時に学校の図書館で、不屈の精神で新幹線を実現していった話を繰り返し読み、その時に心に残った「自分の夢を追い続ける事の素晴らしさ」が、20数年続いている郵便局廻りの趣味の根底のどこかに有るのかもしれないと思った。
十河信二記念館
こじまんりした記念館で、主に展示物より、十河氏の功績を書かれた書物の展示が多かった。国鉄総裁以前には西条市の市長(ここに有るのはそういう繋がりか)を始め、多くの要職を務めていた事をここで初めて知った.
0系新幹線
幼い頃、男の子向けの絵本の定番に成っていたのが初代新幹線。今思えば、あの頃の鉄道車両はデザインが優れていたなと思う。
DF50
御年51歳。「厚化粧が目立っているな」と思った。国鉄では珍しい箱型の電気式ディーゼル機関車。北海道を除く全国の亜幹線で走った。
私が、国鉄全線走破を目指していた昭和56年春、DF50は、最後の活躍をした四国で出会ったと思うが、定かでは無い・・・。

まるで鉄道模型を見ているような・・
目まぐるしく変わった天気も陽が西に傾くにつれ晴れ上がったきた。
伊予西条駅の構内を写した写真だが、架線さえなければ国鉄時代のそのままだ。
ここで今、気動車急行「いよ」が走って来たり、先程見たDF50が入替え作業をしていていも違和感は感じないだろうと思った。
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