瀬戸内の郵便局たち

2009年2月 2日 (月)

桂島を後にして・・・

 桂島14時15分発の臨時便に乗って岩国に戻った。途中車窓からは阿田多島らしい島影も見えて、この船がもうチョット早く島を出る時刻だったら、岩国の隣り大竹市小竹港を14時40分発の船に乗れて、そうすればもう1局行けたのに・・・。

 岩国港に戻ると、朝の便に増して多くの帰省客が島に渡るべき待っていた。その人並みを抜けて今朝ほどのバス停に。そして、程なく来たバスで岩国駅から一つ広島に寄った和木駅に。

 和木駅は今年開業したばかりの新しい駅で、ホーム幅が狭いせいか8両ホームがとても長く感じた。和木町にこの駅が出来たことにより、山陽線で唯一線路は通るが駅が無い町は兵庫県西部の太子町のみと成った。

この後、広島で高速バスに乗り換えて島根県のユースに向かい、ユースで気のおけない人達とお年越をして、元旦に新幹線で東京に帰って来た。

Photo 明日にかける橋

山陽線から、離島の宮島を眺めていたら、本州と宮島をまたぐかのように虹がかかっていた。その光景は、私には明日(来年)にかける橋のように感じた。

奥の山並みが宮島(厳島)

| | コメント (0)

2009年2月 1日 (日)

柱島

郵便局を訪ねた後、当てもなくぶらりと島内散策に向かった。

船着場の集落を上り、そこから山の中腹を歩き、謎の沈没をした日本旧海軍陸奥の慰霊碑の有る浜に。そして、港に戻る途中にみかん畑の手入れをしていた年配男性に声を掛けられた。その方の話は、陸奥が沈没した時、国民学校に通っていた時の話から始まり、この島が軍港の呉から出入りする航路に当たり要塞に成っていた事、さらに広島原爆の時の様子など、日本の戦時中の出来事を生々しく話された。それを聞いて、正に歴史の生き証人だなと感じた。そして対岸の島は9月に訪ねた津和地島だと思い込んでいたら倉橋島との事。津和地島は霞んで見えなかった。

Photo_4 みかん色のガードレール

山口県のガードレールはみかん色に塗られている。そして、この島のガードレールも同じく・・・

Photo_5 集落を望む

港に戻る途中、高台から集落が望めた。山の結構高い部分まで集落が広がっている様子がわかる。

| | コメント (0)

2009年1月31日 (土)

柱島郵便局

 柱島で下船後、まずは帰りの船の予約申し込みをし、そして今年最後の郵便局に向かった。局は港から歩いて2分程度だった。

Photo_3 柱島郵便局

窓口で預入作業をしてもらいながら、「旅行貯金目的で来られる人いますかと?」と問いかけると、年に7~8人位来ますと返事が返ってきた。

そして、「先ほどの船で貯金目的で来られた人がいるかなと?」思ったが、私が局にいる間はだれも訪ねてこなかった。

柱島局の場所

| | コメント (0)

2009年1月30日 (金)

柱島に渡る

岩国港から柱島には、平日3往復、土曜日曜4往復の船が、岩国柱島海運で運航されている。しかし船の時刻は、ご覧の様に朝夕の中心で、郵便局目的には非常に使いにくいダイヤになっていた。

柱島 端島 黒島 岩国港着 岩国港発 黒島 端島 柱島
6:45 6:54 7:30 7:40 8:17 8:31 8:39
8:50 9:28 10:00 10:37 10:51 10:59
14:15 14:24 14:38 15:14 15:30 16:08
16:15 16:24 16:38 17:14 17:30 18:07 18:21 18:29

*赤字は土曜・日曜・盆・暮のみ運航

通常時に郵便局に行こうと思うと、岩国港7時40分の船に乗って、柱島発16時15分の船で戻ってくるしか無い。島に8時間も滞在することに成る。そこで、土曜・日曜しか運航しない10時岩国発が12月30日から1月4日まで運航することを知り、今年最後の窓口開局日の12月30日に柱島に渡る事にした。

 船会社のホームページを見ると、島から岩国に行く船は、事前予約制との事。そこで、柱島の船会社の仲介所に電話をかけると、繁忙期に遊びで島に渡られる事は迷惑そうな返事だった。島民228人、3島合わせて300名余りの島で、なんでそんなに乗船制限をしなければいけないのかと不思議に思った。

 当日、家族連れの帰省客が目立つ岩国港でキップを窓口で購入すると、小さな番号札を渡された。番号札を渡し乗船し出航時間に成ると、座席は7割方埋まっていた。そして、小さな子供達はそれぞれに、たくさんのお菓子が詰まったスーパーのビニール袋を大切そうに持っていた。それは島の高齢化が進み、子供達が少なくなり、島でお菓子が手に入りにくくなったことを示していた。

Photo_2 岩国港

柱島から戻ってきた時に撮った写真だが、15時14分着の下船客と、15時30分発の乗船客が交差をし、桟橋は人で溢れていた。こんなに帰省客が多いのかと驚いた。

| | コメント (0)

2009年1月28日 (水)

岩国港に

柳井港に着くと、祝島であれだけ吹き荒れた風が嘘のように止んでいた。曇天の中、港から昨日歩いた道を戻り柳井港駅に向かった。そして、山陽線の鈍行列車から穏やかな瀬戸内海を眺めながら岩国に向かった。

岩国駅に着くと、まずは食事の確保に動いた。今朝からまだ何も食べてない。更にこの後に行く祝島で昼食の取れる場所が有るとは限らない。そこで、朝食を取れそうな店を探して、駅周辺を歩いてみたが適当な店が無かった。仕方なく駅の併設されたコンビ二で弁当を購入して、市営バスに乗り柱島に行く船が出る岩国港に向かった。

Photo_16 岩国港

柱島に行く船に合わせて、岩国駅から岩国港(バス停名は岩国桟橋)に行くバスも有るが、利用した船が臨時便のため、岩国港目の前の新港バス停で下車し、歩いて港に向かった。

(新港バス停から徒歩3分程度)

| | コメント (0)

2009年1月26日 (月)

定期船 いわい

 夜中に風の音で目が覚めた。静まりかえった島の集落に音を立てて吹き抜ける風。その後に物が転がる音が静寂さを突き破るかのように響いた。時計を見ると深夜2時半。「船が出なかったらどうしよう。この島でもう1泊する事に成るのかな」と不安が横切った。そして、「夕方の定期船で戻って柳井に泊まれば良かったかな」とも思ったりした。

 そして、眠れないまま5時半に成り、宿の方が「起きてますか」と声をかけてくれた。「船は出ますか」と、訪ねると西風だから大丈夫との事。その返事で一安心した私。「時化る前で良かったですね」と言って、まだ真っ暗な6時過ぎ、冷たい空気に無数の星が輝くなか送りだしてくれた。

 船の乗り場までは歩いて2、3分で着いた。明かりの無い集落の中、待合室だけが明かりが灯されており、その中には10人近くの人たちが船を待っていた。

 やがて、沖合いから動く光が見え始めた。それは、大きく上下に動きながら島に近付いて来た。その光が、これから乗る船だと確認出来たのは、湾内に入ってからだった。それ程の漆黒の海だった。

Photo_14 いわい

船は小型の高速船だった。

祝島から乗った多くの人たちは上関で降り、祝島から終点の柳井港まで行く人は、ほんの数人だった。

Photo_15 船首部分はサロン席に

船の船首部分は、テーブルを配置したチョットしたサロン席に成っており、インテリアランプも置かれていた。

(写真は両方とも前日柳井港にて撮影)

| | コメント (0)

2009年1月25日 (日)

祝島のゆうげ

 祝島には3軒の宿があった。人口500人の島としては、宿の数は多いと思う。しかし年末だけに営業している宿は1軒のみだった。

Photo_11 今晩の食事

鯛とイナダの刺身、イナダの照り焼き。なまこの酢の物と、島の近海でとれた品々が並んだ。どれも新鮮でおいしかった。

醤油は、九州と比べると甘みが少なく、中国地方の味だなと感じた。

Photo_12 お吸い物

最後に鯛のお吸い物が出た。あっさりした味は、とても美味に感じた。

この日の宿泊客は私以外にもう一組有った。その方は夕方の定期船でやったきた。

| | コメント (0)

2009年1月24日 (土)

祝島のネコ

 この島のパンフレットには、なんと猫のたまり場が載っていた。午前中に行った八島では残念ながらネコに会うことは無かったが、ここではたくさんのネコたちとの出会が有った。

Photo_6 さっそく出会ったネコ

パンフレットに出ていた猫マークの場所に行くと、1匹のネコがたたずんでいた。真っ白な野良?は珍しいなとカメラを向けてみると、右目の下に喧嘩の跡が・・。離島と言えども生きていくのは大変だ。

Photo_7 風邪ひいちゃった

水道メーターの上にいたネコは、鼻水をたらしていた。

私と目が合ったこのネコは、大急ぎで長~く垂れた鼻水をペロリと。

先週の寒波にやられたのだろうか。

Photo_8 ネコのいる風景

集落を歩いていると、脇に石垣、目の前に集落、その先に八島・平郡島と、なかなか眺めの良い撮影ポイントに出会った。

光線に恵まれ、ここにネコがいれば最高だなという場所だ。しかしネコは神出鬼没の生き物だけに、そう人の思うようには現れてくれない。

しかし手前の屋根の上に黒い物が・・・。ネコがいた。なんか今日はついているなと思った瞬間だった。(写真をクイックしてみて下さい)

Photo_9

| | コメント (0)

2009年1月23日 (金)

祝島

 局を後にて今日の宿に向かった。部屋に入り一息つくと時間は4時前。通された部屋は応接間付きの1階の角部屋。部屋でゆっくりコタツに入りながらテレビを見るのも良いが、暗くなる前に島を散策してみようと、上関の案内所で貰った島内パンフレットを持って部屋を出た。

 島内は棚田や夕陽のきれいな海岸など、見どころはたくさん有るらしいが、日没までそう時間は無いので集落を中心に歩いてみた。

 この島は、山口県の離島だが、4年に1回九州の大分から神様が渡ってくる神舞(じんまい)と呼ばれる行事が、今年の夏に有ったそうだ。そして、この島からは晴れていれば、姫島や国東半島を望む事が出来る九州に近い島だが、集落の雰囲気は、夏に訪ねた香川・愛媛と同じような空気を感じた。

 Photo_2

石積みの練塀(ねりべい)

島の東側に向かって歩いて行くと、まるでタイルを張ったかのような、綺麗な石積の塀に囲まれた小道が有った。

Photo_4  高台から

練塀の道から坂を登り、小中学校下の道を歩いて行くと、港が一望できる場所に出た。港周辺に家が密集しており、大きな家も多い。

Photo_5 芸術的な階段

再び海沿いの道に降りてきて、集落の西側を歩く。集落の東側と比較すると、ここら辺は平地はほんの僅かで、すぐ崖に成っていた。家並みの間から路地の先をのぞくと、リズミカルにカーブを描く階段を発見。

| | コメント (0)

2009年1月21日 (水)

祝島郵便局

 祝島に上陸後、まずは郵便局に。「簡単に見つけられるだろう」と集落をさまよったが、郵便局は見つからなかった。仕方なくリックから地図を取り出して、局の場所を確認しながら進むと、集落の中に立っている郵便局を発見した。

Photo_2 祝島郵便局

本当は、この局で100島目の郵便局達成し、文字通りの祝島のはずだった。しかし、この局を訪局する2ヶ月前に、本州の広島県呉市から愛媛県の岡村島まで橋がつながり、岡村島は架橋島に成ってしまった。ゆえに99島目の局。

| | コメント (0)

2009年1月18日 (日)

海上タクシー

 八島と祝島間は直線距離で約10kmほどで、島影が充分確認出来る距離だ。しかし接続が良くない。定期船を使って1日に2つの島の局を廻る事は、下記のダイヤを見ていただければ判るように不可能だ。そこで効率良く廻る為に海上タクシーの利用と成った。海上タクシーは上関からだと1万円、島に一番近い集落の四浦からだと6,000円だった。そこで、町営バスを四浦まで利用して、そこから海上タクシーをチャターして祝島に渡る事にした。

八島に行く船の時刻表

  上関発 ⇒ 室津
1便 6:15 6:20 6:50
2便 10:00 10:05 10:35
3便 16:30 16:35 17:05

八島発 ⇒ 室津発 ⇒ 上関着
1便
6:55
7:35 7:38
2便 13:00 13:32 13:35
3便 17:10 17:42 17:45
祝島に行く時刻表
柳井港⇒ 室津 ⇒ 上関 ⇒ 蒲井 ⇒ 四代 ⇒ 祝島
1便 - 6:00 - - - 6:28
2便 9:30 10:00 10:05 10:15 10:25 10:40
3便 15:30 16:00 16:05 16:15 16:25 16:40
祝島 ⇒ 四代 ⇒ 蒲井 ⇒ 上関 ⇒ 室津 ⇒
1便 6:35 6:50 7:00 7:10 7:15 7:45
2便 12:30 12:45 12:55 13:05 13:10 13:40
3便 17:00 17:15 17:25 17:35 17:40 -
 ご覧のように、9時30分発の祝島行きの船に乗り、祝島局で貯金をした後に12時30分の船で上関まで戻っても、八島に行く船は上関発16時30分で八島簡簡易局の貯金は無理だ。
逆に先に八島に行き、室津港で祝島行きに乗り換えようとしても、船は16時過ぎに成り、祝島局では機械預入(ATM)に成ってしまう。
つまり、一日で両局とも窓口預入するには海上タクシーを使うしか手がなかった。
Photo 海上タクシー
一見漁船のようにも見えるが、船首にもぐるとカーペット敷きの部屋に成っていた。

| | コメント (0)

2009年1月17日 (土)

上関町のコミュニティバス

 13時の船で、今度はこの船の終点に成る上関町の上関渡船場まで乗船し、町営バスに乗り換えて、長島の突端の集落の四代に向かった。

 上関町(かみのせきまち)は、昭和49年NHKの連続テレビ小説「鳩子の海」の舞台に成ったところだ。インターネットで調べて見ると、最高視聴率は5割を超える人気番組だったようで、斉藤こずえはこの番組の主人公役でデビューを果たし、後にアイドル歌手になった伊藤つかさも出ていたようだ。私は、何故かこのタイトルだけが印象に残っている。

  四代に向かうバスの乗客は、終点まで乗った私と、途中島の反対側の集落の白井田で降りた帰省客らしい男性の二人だった。運転手は話好きで、男性が降りると、ビールを片手に先ほど買った天ぷら(さつま揚げ)を食べながら、「確かこの道、15年目の夏に四代の局に行く時に運転しているはずだよな」と、遠い記憶の糸を引っ張りだしている私に話しかけてきた。運転手の話題は豊富で、町の状況や過疎が進んでいる様子や、多方面に話題が広がった。

Photo_4 鳩子てんぷら

八島からの船から降りると、手前に乗船待合所と、その奥に鳩子てんぷら店が有った。そして、天ぷらを昼食代わりにようと思い、店に入り声をかけると、店番の小学生の女の子が奥から出て来た。

天ぷらは甘くて歯ごたえが有って美味しかった。

Photo_5 防長バス 

町営バスは、柳井から来たこのバスの接続を待って出発した。

私は、年季の入ったバスを見て、この町の雰囲気にピッタリと思ってシャッターを切った。 そして、柳井から上関まで見え隠れする海を眺めながらバスで来ても良かったなと思った。

Photo_6 町営バス

27名乗りの小さなマイクロバスだった。しかし、バスの運転手いわく、「乗客の数から言えばこんな大きなバスでなくても良いんだよ」との事。この大きさでも持て余す過疎の厳しさを現す言葉だった。なお、朝はスクールバスを兼ねているので、この大きさだそうだ。

| | コメント (0)

2009年1月16日 (金)

八島簡易郵便局

 この局は、休みが多い事と営業時間が10時45分から16時までの変則営業で知られている局だ。私は10時50分頃に訪ねたのが、営業開始に当たっての端末立ち上げ作業中で、局の方は「週明けは作業が多くてね・・・」と、先客と話していた。そして私の順番が来て、局の方に島外の方ですかと尋ねると、「先ほどの船で渡って来たとの事」だったが、同じ船に乗っていたはずだったが、私は気づかなっかた。

ちなみに局に掲示してあった休みの日は、

1月8・22日 / 2月5・19日 /3月2・9日/6月11・25日/7月17・30日/8月8・14・15・28日/9月11・25日/10月7・28日/11月13・28日/12月4・18日

年間で22日有る。今年で言えば、1月と2月は隔週の木曜日で、3月は第一と第二の月曜日と、規則性の薄い休局日になっている。又、島外から通っているので、時化て船が出なかった日も休みに成るとの事だった。いずれにしても訪ねられる時は、確認した方が良い様だ。

Photo_3 八島簡易局

古い家並みから離れ、畑の中に真新しい局舎が目立った簡易局だった。

| | コメント (0)

2009年1月15日 (木)

八島にて

 上関町の室積を後にした上関町営船は、僅かの客を乗せて35分ほどで八島(やしま)港に着いた。帰りの船の出発時間は13時なので、島の滞在時間はたっぷり有るので、急いで局に行く必要は無い。島の集落を歩いてから尋ねようと思った。

午後に利用した上関町のコミュニティバスの運転手さんの話だと、この島の島民は50人を切ったそうだ。そして一番若い方が60代。典型的な限界集落の島だ。

Photo_9 八島の船着場

建物も少なく港と呼ぶには、余りにも寂しい風景だなと思った。

砂利道がノスタルジックの印象を与えて、一世代前の光景のようだった。

Photo 集落にて

斜面に立ち並ぶ住宅。高く積まれた石垣の上に、敷地いっぱいに張り巡らせた黒塀が印象的な、いかにも瀬戸内海の離島らしい光景の集落だった。

Photo_2

平郡島を望む

港から集落に向かい、その後に郵便局に行ったが、帰りの時間迄まだまだ充分有った。そこで、港を通り過ぎて島の反対側を望める浜に向かった。そこから大きく横に伸びた平群島を一望する事が出来た。

| | コメント (0)

2009年1月14日 (水)

八島を目指して

 八島(やしま)には本土から直行便の航路は無く、柳井から延びる室津半島の突端の上関町(かみのせきちょう)から船が出る。したがって、柳井から乗った祝島行きの船を、上関町の室津港で乗り換えた。

Photo_5 室津港

乗り換えた室津の集落は、木造2階建ての家が立ち並ぶ静かな街並みが広がっていた。

時間が有ったら、写真正面の商店で天ぷらを買って、散策したいと思った。

Photo_6 室津桟橋

乗ってきた祝島行きの船には、手際よく手渡しで、普段の日用品に混じって正月用品が積み込まれていった。

Photo_7 八島に向かう上関の町営船

八島に行く船は1日3便。郵便局を行く事を考え選ぶと、上関10時発の便しか無かった。

柳井港を9時30分に出た祝島行きの船は、室津港に10時に着き、上関港を10時に出た八島行き船と5分の待ち合わせで接続する。

| | コメント (0)

2009年1月13日 (火)

柳井港にて

 徳山駅発8時33分の糸崎行きに乗り柳井港駅に向かう。車内は、年末だけあって通勤・通学客は少なく、大きな荷物を持ったレジャー客が目立った。そして、海が見える進行方向右側の席に座ろうと思ったが、適当に混んでおり、席が空いておらず4両編成の最後部車両まで行き、席を見つけることが出来た。

 残念ながら海辺の景色は、光駅を過ぎると山間部に入った事もあり、期待していたほど楽しめなかったが、下松駅から延びる今時珍しい引込み線の先に、東武の新車が作られている様子が見られたのが収穫だった。

 柳井港駅に着くと、キャスター付きのまるで飛行機でも乗るようなカバンを引いた人が数人降り立った。なんとも、無人駅の閑散とした風景には、いかにも不釣合いだ風景だなと思った、まさか、この人たちも離島に行くのかと考えながら、下車客が一群に成って跨線橋を渡り出札口を出た。更にその群れは、猫の額ほどの駅前広場を横切り、数軒の商店街を抜けて、国道を渡り、大きさの旅客船ターミナルに向かった。そして、そこには松山行きのフェリーが停まっていた。あ!そう言う事か。「この人たちは、四国に渡るんだと、1人合点がいった」。再び独りに成り、祝島行きの船に行き、船賃を払うとすると、キップをターミナルで買うようにとの事で、桟橋を戻りキップを購入し船に乗った。

Photo_4 柳井港駅

長いホームに往時の繁栄を偲ぶ事ができるが、今では無人駅に成り、真ん中の線路には架線も無くなっていた。

駅名は「やないみなと」と読む。港と書いて「こう」と読ませるのが、駅名では一般的で、「みなと」と読ませるのは珍しい。

翌日(29日)に撮影。

| | コメント (0)

2009年1月12日 (月)

徳山駅

 翌朝(29日)に徳山駅に到着。しかし、大きな渋滞も無かったはずなのにバスは15分も遅れて7時42分に着いた。さらに2号車は、その後しばらくして姿を現した。もし大津島に行く予定で組んでいたら、7時40分発の船には間に合わずに、大きくコース変更を強いられるところだった。安堵。

 この朝の時間帯は、柳井方面に向かう山陽線の上りは結構本数が多い。そして今回最初に向かう八島に向かう船との接続を考えると時間が余裕が有った。そこで、駅前の吉野家で納豆定食を食べて駅に向かった。

Photo_2 暮のコンテナ列車

ホームで電車を待っていると、中線に貨物列車が到着した。大きな音を立てて停まると、機関車ははるか向こうに見えていた。そして、その後ろにはコンテナが乗っていないガ~ランとした貨車が繋がっていた。この荷物の無い風景に正月の近さを感じた。

Photo_3 ひろしまシティ電車

昭和57年11月に、全国に先駆けて広島と静岡地区で、列車の両数を短くし、本数を増やす今迄の考え方を180度転換するダイヤが組まれた。その時に登場したのが、この115系3000番台のこの車両。

しかし、この後残念ながら、広島には新車が入らず、柳井周辺を走っている電車は、みんな昭和生まれ。

| | コメント (0)

2009年1月11日 (日)

今年5回目の夜行バス

 今回は前日の28日に、日本2番目の走行距離を誇る高速夜行バス「萩エキスプレス」で旅立った。

 バスの出発時間は東京駅を夜の7時30分。この日は充分余裕が有るはずだったのが・・。しかし、年末・年始に5日間も家を空けると有って、父親の墓参り、母方の実家の挨拶、そして門を洗って門松を取り付けて・・。など暮の行事を朝からこなしていると、あっという間に日が暮れて、出発時間1時間前に。そして嫁さんの作ってくれたオニギリをリックに詰めて家を後にした。

 出発10分前に乗り場に到着。リックをトランクに預けて、後ろから2番目の指定された席に着くと程なく出発。日比谷公園界隈のイルミネーションを眺めつつ、ビールとおにぎり、そして乗り場近くの売店で買ったつまみをテーブルに広げた頃には、バスは霞ヶ関から首都高に入り、ビールでほろ酔い気分に成り、外を見るとバスは首都高3号線から東名に入っていた。

 車内アナンスによると、車外に出られる休息場所は、富士川サービスエリアと翌朝の宮島サービスエリアの2箇所で、それぞれ10分づつの予定。消灯は富士川を出て間もなくだった。

Photo 翌朝の徳山駅にて

バスは2台運行で1号車に乗車。普段の時期なら空席が目立つこの路線も、さうがに帰省時期だけ有って、座席はほぼ満席で、この日の指定席は発売当日の午前中にほぼ満席に成ったようだ。

今年夜行列車には1度もお世話に成らなかったが、夜行バスに5回も乗るとは・・・。

| | コメント (0)

2009年1月10日 (土)

年末年始は9連休

 少し遅くなってしまったが、今日からしばらく、年末に行った郵便局の訪局記を書いていこうと思う。

 今年の正月休みは、私の勤め先では、12月27日から1月4日までの九連休に成った。当然、この休みを生かして郵便局廻りを楽しみたい。さ~てと、どこに行こうか。

まず前提条件として、私の休み期間中に局が開いている日は29・30日の2日間。しかし、この時期は簡易局は閉まっている場合も有るので気をつけねば・・・。

第一候補に挙げたのが大分県・宮崎県の離島。前回の長崎訪局の時にも触れたが、ここには5島に5局の郵便局が有る。どの局の普通の郵便局なので、29・30日両日とも営業している。年末年始にに九州行きの航空券を買おうとすると物凄く高いので、航空会社の特典航空券を使おうと思った。11月半ばに空席を調べると、マイルがたっぷり溜まっているJALは満席だったが、ANAには前日の昼便に東京大分線に1席の空きが有った。しかしマイルが14,000マイルしか溜まっておらず、1000マイル足りず無理だ。諦めるしかないか・・。

そうなれば、冬場でも比較的海が穏やかな瀬戸内海がよさそうだ。今後の展開と年末年始の臨時便の増発を考えると広島県西部と山口県に成った。

そして、第二候補に挙げたのが柳井沖の平群島。この島には普通局と簡易局が有る。そして船は普段は1日2往復しかなく効率が悪いが、盆暮れには臨時便が出るので、それを利用しようと思った。しかし調べてみると、昨年までは、12月29日から1月4日まで運航していた臨時便が、今年は12月30日と1月3日だけだ。更に島内の簡易局に電話で問い合わせるとは29日で営業が終了との事で、この案もダメだ。

その次に検討したのが徳山沖の大津島。ここは普通局だったので問題無かったのが、この後に行こうと思った、錦町簡易局に電話で問い合わせると、なんと26日で年内の営業終了のなんとも早仕舞いの局。山口県の未訪局を入れた、大津島・下松久保局・錦町簡易・阿多田島の良い感じのルートが組めたと思ったが、これもボツだ。

再び柳井に戻って、八島・祝島の可能性を探ってみる。休みが多いことで有名な八島簡易に、不安な気持ちと、祈るような気持ちが入り混じった思いで、電話をすると30日まで営業しているとの返事。「助かった」と思い安堵。そして、コースは決まった。

今回のコースの概略は・・・

  • 12月28日 東京(夜行バス 萩エキスプレス)「車中泊」
  • 12月29日 徳山~(山陽線)~柳井港~八島~祝島「泊」
  • 12月30日 祝島~柳井港~(山陽線)~岩国駅~岩国港~柱島~和木駅~(山陽線)~広島~バスにて島根のユースホステルに向かう
  • ユースホステルでお年越しをし、元日の夕方に新幹線で東京に帰着

地図を入れてみたが判りにくいな~

| | コメント (0)

2008年10月30日 (木)

忽那諸島の旅の終わりに

 二日間に渡って7島10局を巡った今回の旅も、二神島から高速船に乗り、電車とバスを乗り継ぎ松山空港から飛行機で帰宅の途についた。そして夢のような時間は終わりを告げた。

 今回で郵便貯金をした島の数は訪ねた91島に成り、全体数が174島だから折り返し点を越えた。平成16年冬に離島を廻りだした頃は、訪局数を伸ばすことに目が行っていたため、正直言って費用がかかって局数が伸びない離島訪局には興味が湧かなかった。しかしいつの頃からだろうか、次第に離島に行くのが楽しみになって来た。そして今、離島もあと残り半分と思うと少し寂しい気もする。

 忽那諸島の後、まだ郵便局はどこも訪ねていない。さ~てと次はどの島にしようか・・・。

| | コメント (0)

2008年10月29日 (水)

二日目のニャンコ

 今日は、2日目に出会った忽那諸島の島猫たちを書いていこうと思う。

Photo_5 津和地島のネコ

津和地島の集落を歩いていたらネコに出会った。相手も気が付いたようで、私の方に向かって振り返った。少し距離を置きながら構図を考えていたら、そこに島民の女性が通りかかった。「この島には野良猫が多くて・・、ネコは台所まで上がってきて・・」と盛んに私に向かってこぼした。そして当の本人は、知ってか知らずかのすまし顔。

Photo_7 二神島のネコ

船乗り場近くの民家で、ネコが盛んに出入りしていていた。どうやら家の中にネコの住まいが有るらしい。その出入りする様子をカメラで追っていたら、遠くからの視線を感じた。塀の先に目をやると、そこには遊びから帰って来たネコが・・。

| | コメント (0)

2008年10月28日 (火)

中島汽船 西線

 昨日廻った野忽那・睦月島に向かうのが東線に対して、中島よりの奥の怒和島・津和地島・二神島に向かうのが西線。いずれの航路でも着岸の前後の舩内放送では、旧中島町の町歌「白いかおりのしまへ」の曲がバックに流れた。ほのぼのした温かみを感じるメロディーと詩の内容がとても印象的だった。ただ全曲流れるのではなく、数小節ずつだったので、一度通しで聞いてみたと思った。

Photo_4 じんわ

東線のフェリーが1日に5往復する事に対して、西線のフェリーは所要時間もかかる事も有り、2往復しかない。

 四国本土を出て、中島の神浦港を寄った後、二神島等を廻り、終点が再び中島(西中港)に戻ってくるという、少し変わった航路に成っている。

高速船は、「うずしお」が就航していたが、写真を撮り忘れていた・・・。

 こちらは、東線のフェリー・高速船と同じく5往復しているが、終点が中島では無く、時刻表上では二神島が終点(折り返し港)に成っている。運航時間は、朝夕に偏っており、日中は1往復しか無いので、西線の島々の局を廻るに当たって、この1往復をいかに使うかがポイントに成った。

| | コメント (0)

2008年10月27日 (月)

二神島

 今日は、この島が一番滞在時間が長い。局で目的を果たした後、局の目の前の神社に行ったり集落の様子を観察しながら、当ても無く、ノンビリゆっくりと流れる島時間を楽しみながらぶらぶらした。島に着いて約1時間ぐらい歩いただろうか、集落を外れ防波堤に腰を下ろすと、右手に中島、正面に怒和島、左手に目をやると津和地島と、今日訪ねた島々が一望できた。「良い眺めだな~」と、多島美のパノラマを楽しんでいると、頭上を飛行機が通過していった。この島の上空は松山空港に着陸する飛行機の進入路に成っているようだ。もし今飛んでいった飛行機が東京発なら、この飛行機が東京を飛び立つ頃に、私は島に着いた事に成る。どちらも同じ約1時間だが、時間の質が違うなと思った。そして、私もこの島を離れたら、後は東京に向かって、そして日常生活で、時間に追われるのだと思うと、急になんだか、このユッタリ時間が愛しく感じた。

Photo 二神神社

島のガイドブックによると創建は1094年。忽那水軍の活躍した時代から太平洋戦争で軍艦往来した様子まで、瀬戸内海の1000年近い歴史を、この祠はつぶさに見て来たのだろうとすごいとおもった。

Photo_3  二神の集落 

集落の前には、たくさんの漁船が係留されていた。この島では湾の入り口に防波堤があるため、岸壁に堤防が無く、集落の見通しが良い。

| | コメント (0)

2008年10月26日 (日)

二神簡易局

 上怒和港からフェリーに乗船し、今日最後の局となる二神島の二神簡易局を目指す。約1時間の乗船で島に到着し、港から右手に広がる集落を目指して歩くと、すぐに黒壁の局を右手に見つけた。局舎に入ると、郵便局のスペースより酒屋のスペースが広く、簡易局ならではの作りだと思った。

Photo 二神簡易局

忽那諸島には、簡易郵便局が4局が有るが、そのうち3局までが受託者が漁協。さすが島の簡易局だ。ここも受託者は漁協に成っている。

上の地図では、定期船の到着場所は郵便局右手に成っているが、実際は左手のお寺の前付近が乗り場に成っている。

| | コメント (0)

2008年10月25日 (土)

怒和島

上怒和簡易郵便局で預入を終ったあと、上怒和の集落を抜けて港に向かった。余り時間は無かったが、古い街並みが残っている街並みを歩いていると、町の繁栄を感じる年代ものの立派な家や門戸などを見つけると、ついつい立ち止まって見入ってしまう。そして今回も凝った窓さんを眺めるて、数歩歩くと島の人に「熱いじゃけんのう」と声をかけられた。その言葉に、この島は広島の文化圏だと感じた。

Photo 怒和島

忽那諸島はどの島も柑橘類の栽培が盛んのようだが、この島でも南斜面に段々畑が広がり、みかん栽培が行なわれていた。写真は上忽那港の集落を撮ったものだが、高齢化が叫ばれている島で、次世代に向けて若木が育っている様子はなんとも頼もしい。

澄んだ潮風が育んだみかんは、きっと美味しいだろうなと思った。

| | コメント (0)

2008年10月24日 (金)

上怒和郵便局

 神和郵便局を出ると再び港方向に戻り、軽い山越えで島の反対側に出て、中島を眺めながら「上怒和郵便局」まで、歩いて30分の距離だった。

Photo_12 上怒和簡易郵便局

漁協と併設されていた簡易郵便局。局舎の奥に見える山は中島。

Photo_13

| | コメント (0)

2008年10月23日 (木)

神和郵便局

 津和地島から怒和島の元怒和港までは、高速船を利用したが、所要時間僅か8分。ゆっくり腰を落ち着けること無く到着を伝えるアナンスが流れた。

 神和郵便局は、元怒和港から左手に歩いて2分程度で、船から局舎の後ろ姿がみえた。

Photo_11 上怒和郵便局

怒和島には郵便局2局がある。西海岸にあるがここ「上怒和郵便局」。そして東海岸には「上怒和簡易郵便局」がある。集落の規模の大きい方が、簡易局なのは何故だろう。

| | コメント (0)

2008年10月22日 (水)

津和地島

 局を訪ねた後は、いつものように島の散策に。歩いていると、湾の奥に港が有り、そこを中心に集落が延びており。昨日訪ねた睦月島と島の感じが似ているなと思った。

Photo_9 網がのった家

漁港の近くの家の屋根には、網がかぶされていた。

Photo_10 常夜鼻からの眺め

昔常夜灯が焚かれていた常夜鼻から、左にに怒和島、右に二神島を望む津和地瀬戸を眺めていたら、潜望鏡をのぞかした潜水艦が横切っていった。

いずれも、写真をクイックして下さい。拡大して見ることが出来ます。

| | コメント (0)

2008年10月21日 (火)

津和地簡易郵便局

 神浦港から西線のフェリーで目指したのは、忽那諸島の一番奥にある津和地島。船を降りて、左手に歩き集落の中のメインストリートを歩いて行くと、右手に局舎が有った。

Photo_4   津和地簡易郵便局

先月に郵便局から簡易郵便局に変更。

 郵政公社時代まではホームページには、通常の郵便局から簡易局に成った場合は、局種変更の扱いで記載されていたが、今は名称変更で記載されている。

ちなみに、取扱店番号は61265から61797に変更に成っている。

Photo_2

 局の看板 

郵便局名に「簡易」の文字の入れ方だが、「津和地簡易郵便局」と一列に表記しようとすと、文字を前後にずらす必要が有る。その手前と費用を抑えるため?、建物の文字は上に、入り口のドアーには下に、それぞれ「簡易」の文字が追加されていた。

窓口で「簡易局に成ったんですね」と、水を向けると、ATMが故障してそれどころではない様子。簡易局に成ってもATMが残るのは今まで余り無かったケース。

| | コメント (3)

2008年10月20日 (月)

中島のバス

吉木から、神浦(こうのうら)港まではバスで移動した。バスは怒和島を望みながら、海岸線をなぞりながら進んでいった。

Photo 中島汽船のバス

バスは数人のお客と、次の集落に届ける朝刊を乗せて、定時の9時57分に吉木郵便局のすぐ近くの吉木バス停に着いた。ここから神浦港までは所要時間11分で10時8分着。10時17分の西線フェリーには、ちょうど良い接続時間だった。

Photo_2 ノンステップバス

島のバスといえば、都会で使い古し、島で潮風に当たった古く錆びたバスを想像していた。しかし、来たバスは昨年の春に入れた新しい車で、都バスでも入れているモデル。こんな離島でも新車が入るんだと思いビックリした。

神浦港で、フェリーの接続待ちで停車している車を撮ったのだが、逆光でいま一つの写真に成ってしまった。

| | コメント (0)

2008年10月19日 (日)

吉木郵便局

 タクシーは中島粟井郵便局を出ると、しばらく陸地の風景が続いたかと思うと、再び海が右手に広がりだした。海の風景は先程見ていた景色と違って、奥行きが有り、遠くの島同士に橋が架かっているのが見えた。タクシーの運転手の説明では、広島・山口県の島々だそうだ。そして、こちら側の集落のテレビは、1から12チャンネルのうち、2チャンネル以外の11のチャンネルが写るそうだ。それも愛媛県の局が映らず、山陽側の番組が並ぶと言うから凄い。そして、きっとこの集落の野球少年は、広島東洋カープの野球帽を被っているんだろうなと思った。

そして、吉木郵便局9時39分に到着し、タクシー代2630円だった。この料金だったら、本土からレンタカーを持ち込んだ場合の航送料3470円(片道分)より安い。

Photo 吉木郵便局

局に入ると、先程ご利用戴いた局から、お釣り50円を預かっています」と言われ、エ?と思った私。言われるまで気が付かなかった。そして車で追っかけ来てくれた先程の局が現れた。預入額もお釣りも小額で、なんとも申し訳なく思った次第。

Photo_2 吉木から怒和島を望む

街並みも見える程、すぐ近くに見えた。

吉木から見た海は、秋空の青に負けないほど、海の青はとっても綺麗だった。

| | コメント (0)

2008年10月18日 (土)

中島粟井簡易局

 タクシー内では、海の向こうに浮ぶ睦月島を眺めながら、運転手に「島に活気が有りますね」と問いかけると、以前に比べると人口が半分に成ったとか、島の高校は規定の人数が集まらないと来年は休校の可能性があるとか、島のタクシーは一時休業していたが年寄りの為に復活したか・・と、余り明るい話題はなかった。こんな環境の良い島なのにチョット寂しい。

Photo_6 中島粟井簡易郵便局

本通りから1本集落に入った道に面していた。郵便局の脇には「年賀はがき」のぼりが・・。今日は9月10日。チョット早いような気が・・。

東京からわざわざお越しいただいてと、冷えた缶コーヒーを戴いた。そしてちょっとした事件が・・。

| | コメント (0)

2008年10月17日 (金)

中島郵便局

 大浦港から中島に上陸すると、目の前に、離島扱いを余り得意としない宅急便の集配所が有って、この島でも取り扱うだと驚いて眺めた。そして、広めな駐車場があるスーパーを横目に見て、昨日訪ねた島と町の規模が違うな、さすが忽那諸島の中心の島だなと思いながら局を目指した。

 局は港から一つ目の路地を右手に曲がると、学校の向かい側に有り、簡単に見つける事が出来た。そして今日一番最初の貯金を済まして局を出て、予約しておいたタクシーを待ったが、約束の9時15分を過ぎても来なかった。慌てて再度携帯から連絡を取ると、しばらくしてタクシーはやってきた。予定より多少遅れて局を後にして、ホッと一息つくと、しまった!局の写真を撮り忘れた!!と後悔。車が来ない事ばっかりに気がいってしまっていた。

| | コメント (0)

2008年10月16日 (木)

2日目の朝

 2日目(9月10日)の朝も快晴だった。今日は、忽那諸島の中島・津和地島・怒和島・二神島の4島7局を訪ねる予定だ。

 ホテルを7時50分に出て大手町駅に向かい、昨日同じように伊予鉄道の高浜線に乗車した。そして終点の高浜駅まで乗り、駅で弁当を買って、中島汽船の東線の高速船に乗って、9時に中島の大浦港に到着。

Photo_4 大手町駅のもう一つの風景

伊予鉄道の大手町駅と言えば、路面電車と郊外電車の平面交差する事で有名だが、もう一つ変わった風景がこれ。

この駅は土地のスペース上、ホームは3両分しかない。4両編成が停車した場合は最後尾車両がホームからはみ出しまう。その列車が停まった時に、車掌が列車から降りて安全確認用が出来るようにホームが設置されている(ちなみに客扱いのドアは締め切り扱い)

Photo_5 高浜駅

駅の目の前が、興居島・忽那諸島に向かう桟橋に成っていて便利が良い。

木造の古い駅舎も良い味出しているなと思ってシャッターを切った。(写真は前日9月9日夕方に撮影)

| | コメント (0)

2008年10月15日 (水)

伊予鉄道

 鉄道好きとしては、ここで伊予鉄道の今回利用した車両にも触れておきたいと思った。

Photo 710系

車体は元京王の5000系列。京王は昭和30年代後半まで路面電車のイメージを強く残していたが、新宿駅の地下化、昇圧化、そして颯爽とデビューしたこの車両により、イメージを一新し、郊外電車としての地位を築き上げていった。

Photo_2 実は同年代他社の集合体

この頃の関東私鉄車両は、各社デザインや技術を競い合っており、この車を始め名車呼ばれる車が多い。しかし各社様々な理由で、中型車(18m車)として、製造されたいたので、完全冷房化を目指した昭和末期の頃に輸送力不足や冷房化困難等の理由で早々と姿を消していった。その廃車部品がこの車には付けられていていた。例えばこの台車は東武で使用していた品。この車両は京王時代はクハで、伊予鉄道入線時に電動車化された。

Photo_3 電気連結器

地方鉄道と言えでも、ラッシュ時と閑散期の利用率の差は激しい。そこで混雑時間帯を過ぎると車両を切り放し日中は基本2両の短編成で運行している。その切り離し・連結作業を容易にするために運転台と反対側の連結面にも、電気連結器が備えられていた。

片運転台車で、両側に電気連結器を備えている車両は珍しい。

| | コメント (0)

2008年10月14日 (火)

今日のニャンコ

 島には猫が多い。忽那諸島でも色々な猫と出会った。そこで初日に出会った彼らの中から印象に残った猫達をピックアップしてみた。

Photo_10 野忽那島での出会い

開け放された民家の窓から流れてくる「3分間クッキング」のテーマソング。もうお昼か、子供の頃から、「この曲は変わってない無いよな」と思いながら歩いていると、この陽気な音楽に誘われるかのように、ネコ達がぞろぞろと姿を現した。どうやら庭先でお昼のえさをくれる住民の方の庭に向かっているようだ。

Photo_11 だ~れ?

興居島の松山泊郵便局から港に出る途中で路地を覗くと、道行く人を眺めるネコがいた。余り時間は無かったが、しゃがんで撮っても逃げない。あれ?と思ってよくよく見ると首に鈴が・・。

Photo_12 親子で・・・

睦月島の住宅街を歩いていたら視線を感じた。格子戸に目をやるとチョコンと親子ネコが並んで私の方を見ていた。しかし、この後大変な事に・・・。

Photo_13 すりすり・・・

上の格子戸のネコには、もう1匹そばに子ネコがいた。その子ネコが擦り寄ってきた。ネコ目線で撮ろうと思い、しゃがむと何とよじ登ってきた。そしてリックの感触が気に入ったのか、爪をたてて遊び始めた。気が付くとこっちが遊ばれている。「そこの親御さん、お宅の子ネコが・・」と叫びたかった

| | コメント (0)

2008年10月13日 (月)

松山泊郵便局

 船は定時に出たのだが、横切る船を交わす為に少し速度を落として島を目指したので、到着は定時より遅れて15時53分に興居島に着いた。数分と思われるかもしれないが、郵便局の窓口が16時までなので、気が気でなかった。前もって用意した地図を参考に、下船したら左手に進み、学校が有る事を確認し、時計を気にしながら早足で局を目指した。学校を過ぎるて右手を覗き込むと郵便局の看板が見えてホッとし、局の反対側の民家に飼われている犬に吠えられながら、終了2分前に無事到着した。

Photo_9 松山泊郵便局

時間ぎりぎりに着いて一息ついていると、局員の方が奥の方から冷えた林檎ジュースを出してくれた。港から早足で汗だくに成りながら到着した私にとって有り難かった。

興居島にはもう1局、由良集落に松山興居島郵便局が有るが、こちらは平成16年12月1日に訪ねている。

そして、慌しく引き返して16時10分の船で高浜港に戻り、そこから伊予鉄道に松山市駅に出てホテルに向かった。夕食は松山市駅のデパート屋上で、西に見える山に沈み行く陽を見送りながら、ビヤガーデンを楽しんだ。

| | コメント (0)

2008年10月12日 (日)

興居島 (ごごしま)

 高浜港に15時20分に着き、同じ桟橋から出る15時40分発の興居島(ごごしま)汽船に乗って、興居島の泊港に近くに有る今日最後の訪問局「松山泊郵便局」を目指した。

Photo_6 興居島汽船 「えひめ2」

興居島に渡るには、由良集落に行く小富士汽船と、泊集落に行く興居島汽船の二つの会社がある。日によって多少本数は異なるが由良行きが18便、泊行きが17便と、頻繁に運航している。

Photo_7 「えひめ2」舩内

乗船時間10分なので、船の作りは簡素だった。

Photo_8

興居島

島は高浜港から真正面に見えた。見えている集落は泊集落。

興居島に向かった時にも撮ったが、逆光で見づらい絵に成ってしまったので、翌日の朝にあらためて撮り直した写真が右の写真。

| | コメント (0)

2008年10月11日 (土)

中島汽船 東線

 中島汽船の東線は、先日も触れたように松山(三津港・高浜港)から津和地島・睦月島を経由(一部通過便有り)して、中島の大浦を結んでいる。運航本数は、フェリー・高速船共に1隻の船で1日各5便を運航している。ゆえに所要時間のかかるフェリーは朝の5時代から夜の20時過ぎ迄1日走りぱっなしだが、高速船は午前中3時間ほど大浦港で休憩時間が有る。

Photo なかじま

船の中に貼られていた配船表を見ると、今月(9月)の東線のフェリーは「なかじま」、高速船は「あさかぜ」で固定に成っていた。

船の特徴を中島汽船のホームページで、確認すると乗客定員488名で、社内で一番大きな船だ。

Photo_2 三津港にて

乗船口は四国本土側の三津港・高浜港は船の横から、島側では車と同じ正面又は後方の桟橋からの乗降に成るようだ。

Photo_3 高浜港にて

夕方、高浜港で降りた時は、車両甲板の木戸を開いての下船に成った。

これは高浜港浮き桟橋の水深が浅いのか、それとも干満の差によるものか定かではないが・・。上の写真と比較してみると、乗船口がワンフロアー分も違う。

Photo_4 あさかぜ

高速船「あさかぜ」が、睦月島に入港する風景。乗客定員は90名で定員で比較するとフェリーの五分一程度。それでも昼間乗船した時は、半分も席は埋まっていなかった。

Photo_5 あさかぜのサロン席

高速船の「あさかぜ」は、船の前方は前向きシート、出入り口を挟んで後方はサロン席が向かい合わせで2組設けられていた。

| | コメント (0)

2008年10月10日 (金)

睦月島

 忽那諸島は読み方が難しいと先日書いた。そしてこの島も。この島名普通に読んだら「むつきじま」だが、つの字の音がにごり「むづきじま」に成る。素直では無い。

 さて、郵便局の後はいつもの通り島散策に出掛けた。船着場を抜けて集落の外れまで歩いてみた。

Photo_10 睦月島の第一印象

高速船を降りると、防波堤を瀬に民家が一列に並んでいた。

Photo_11 移動販売車

船乗り場の広場には、フェリーに乗ってやってきた移動販売車のトラックが並んで停まっていた。生鮮品の野菜や魚から、パンそしてお菓子まで様々な品が売られていた。ひっきりなしに現れる人々に、こんなにたくさんの島民が住んでいると驚く。

そして、私もここで菓子パンを買って、お昼にした。

| | コメント (0)

2008年10月 9日 (木)

睦月郵便局

 次は高速船を利用して、10分の乗船時間で対岸の睦月島(むつぎじま)に渡った。船に乗ると郵便局の制服を来た女性の方が乗っており、その方も睦月島で下船されたので、後を着いていけば、きっと郵便局に行けると思い、心の中で「ラッキー」と叫び、後を追った。しかし、その人は川沿いの道を進み集落の中に消えていった。そして、置き去りに成った私。途方にくれ「ここはどこだ!」と慌てて地図を広げた。今居る場所から局の位置は大きくずれていた。やはり「局の場所は自分で探さないと」と思った。

Photo_9 睦月郵便局

この局は集落の中に埋もれていて判り辛いかった。船を降りて、局に向かうルートは海岸線を右に進み、左手から来る道と合流する五差路を直角に入り集落の中に入って行くと右手に局が有る。

局舎の脇の門の広さを見ると、車が出入り出来る広さを感じるが、ここから海岸線沿いの太い道に出る区間は狭く、以前集配局だった時に、果たして集配のトラックは通れたのだろうかと思った。

| | コメント (0)

2008年10月 8日 (水)

野忽那島

 郵便局の後にして、集落を抜けて島の反対側の浜に向かった。そこは、海水浴場(ヌカバ海水浴場)に成っていたが、さすが9月もう人影は無ったが、島と四国本土の間を頻繁に往来する船が印象的だった。

Photo_6 双子の家

集落を抜けて浜に行く道に入り、柑橘類の畑の先に見える集落を撮っておこうと思い写真を撮り、後で見ると双子の家が並んで建っていた。

    

Photo_8 ヌカバ海水浴場

ヌカバ海水浴場は、四国本土を望む海水浴場で島の観光スポットの一つに成っている。ここ以外の島の見どころとしては、船着場の前から山に向かって続いている遊歩道の先に有る皿山展望台が有るが、急階段を見上げて、ため息をついて断念。後日、この展望台からの眺めが載っているパンフレットを見て、惜しい事をしたなと再びため息。

                 

| | コメント (0)

2008年10月 7日 (火)

野忽那簡易郵便局

 フェリーに乗り込み、出航するとビヤガーデンのような丸テーブルとイスが置いてあるデッキで、昨日終らなかった仕事の残りを、コピーしてきた書類を広げて、携帯電話を使いながら片付けた。

 船は、途中高浜港に寄港して45分で、今回最初の忽那諸島の島「野忽那島」に到着した。船をおりて海岸線沿いの道を歩き、まずは野忽那簡易局を目指した。

Photo_5 野忽那簡易局

漁協と併設されている黒い建物で、遠くからでも目立った。

局員が東京から来た事を知って驚かれたて、嬉しいやら恥ずかしいやら・・。

| | コメント (0)

2008年10月 6日 (月)

三津港

 三津港には、9時50分頃に着いたがフェリーがまだ来てなかった。キップを買って、港周辺をぶらついていると、程なくフェリーが着岸した。

Photo_3 レプリカ

玄関を入ると、三津港から出ている航路を示すレプリカが床に張って有った。

手前の島々が忽那諸島で、奥に延びるが本州・山口県。

Photo_4 三津港

手前の緑色の屋根が待合室。

忽那諸島に向かう場合、車は三津港からしか乗船出来ない。折り返し時間が13分しかなく、慌しく島から来た車が下船していき、代わりに島に向かう車が乗り込んで行く様子をデッキから眺めた。

| | コメント (0)

2008年10月 5日 (日)

中島汽船

 中島汽船の航路は複雑だった。まず東線と西線の2航路を基本として、フェリーと高速船を組み合わせて運航している。まずはダイヤから。

東線(フェリー)

松山での車両乗降は三津浜港のみ可能です。

便 別 上 り(松山方面行) 便 別 下 り(中島方面行)
港 名 大 浦 野忽那 睦 月 高 浜 三津浜 港 名 三津浜 高 浜 睦 月 野忽那 大 浦
5:40 5:59 6:40 6:55 7:10 7:40 7:57 8:15
8:35 8:56 9:13 9:45 9:57 10:10 10:25 10:55 11:12 11:30
11:45 12:25 12:37 13:00 13:15 13:55
14:10 14:31 14:48 15:20 15:32 15:50 16:05 16:35 16:52 17:10
17:30 17:51 18:08 18:40 18:55 19:10 19:25 19:55 20:14

東線(高速船)

松山での高速船の乗降は高浜のみ可能です。

便 別 上 り(松山方面行) 便 別 下 り(中島方面行)
港 名 大 浦 野忽那 睦 月 高 浜 港 名 高 浜 睦 月 野忽那 大 浦
6:35 6:48 6:58 7:15 7:23 7:48
7:55 8:20 8:30 8:48 →  9:00
12:25 12:37 12:47 13:04 13:50 14:08 14:18 14:30
17:05 17:30 17:40 17:58 18:08 18:20
18:30 18:42 18:59 19:10 19:29 19:41

西線(フェリー)

松山での車両乗降は三津浜港のみ可能です。

便 別 上 り(松山方面行)
港 名 西 中 上怒和 元怒和 津和地 二 神 神 浦 釣 島 高 浜 三津浜
6:06 6:23 6:45 6:56 7:16 7:45 8:08 8:38 8:50
13:44 14:01 14:23 14:34 14:54 15:24 15:47 16:13 16:25
便 別 下 り(中島方面行)
港 名 三津浜 高 浜 釣 島 神 浦 二 神 津和地 元怒和 上怒和 西 中
9:10 9:25 9:50 10:17 10:43 11:03 11:14 11:36 11:52
16:40 16:55 17:20 17:47 18:13 18:33 18:44 19:06 19:22

西線(高速船)

松山での高速船の乗降は高浜のみ可能です。

便 別
港 名 高 浜 神 浦 上怒和 元怒和 津和地 二 神 津和地 元怒和 上怒和 神 浦 高 浜
  6:00 6:15 6:28 6:35 6:48 7:05 7:30
7:40 8:06 8:23 8:36 8:43 8:56 9:11 9:36
11:40 12:06 12:21 12:34 12:41 12:54 13:11 13:36
15:25 15:52 16:09 16:22 16:29 16:42 16:57 17:23
18:25 18:51 19:08 19:21 19:28 19:41 19:55

                                                              中島汽船より抜粋 (平成20年9月現在)

 まずは、このダイヤを解読するには、島の位置関係を把握する必要が有った。次に島ごとの郵便局の数と、港からの距離。ここで問題に成ったのが、野津那港に高速船が14時18分に着いて、14時31分発のフェリー利用だった。島の滞在時間13分で果たして局の往復及び預入処理の時間が確保出来るのかで有った。しかし、この案は前後の接続が悪く取りあえずは保留にした。また中島3局訪局の所要時間も気に成った処。こちらは、路線バスの所要時間から割り出して、大浦発着又は、大浦で入って神浦から出た場合(又はその逆)で島内最低滞在必要時間1時間必要と見込んだ。そして、居興島の泊集落に有る郵便局も訪ねていないので、コースに盛り込む必要が有った。

 私にとっての有効時間帯(郵便局の開局時間の9時から16時)に、運航便が極端に少ないなと嘆きながら、試行錯誤を繰り返しながらコースを作っていたが、この作業は困難をきわめ、最後にはダイヤグラムまで作成するはめに。

そして、完成したのが下記の行程だった。

  • 初日
  •  三津港10:10 (東船フェリー) 11:12野津那島12:37 (東船高速船)12:47睦月島 14:48 (東船フェリー) 15:20 高浜港 15:40 (小富士汽船) 15:50居興島(泊港)16:10 (小富士汽船) 高浜港 16:20
  • 2日目
  • 高浜港8:30(東船高速船)大浦港9:00「中島局預入後 タクシーで中島粟井経由で吉木局に」吉木9:57(バス)10:07神浦港10:17(西線フェリー)11:03津和地島 12:34(西線高速船)12:41元怒和港「徒歩で神和と上怒和」上怒和港14:01(西線フェリー)14:54二神島16:42(高速船)高浜港17:23

睦月島や二神島などは結構時間有るプランだが、基本的にはこれしかないという結論に達してた。しいて言えば、後は利用の船は同じで、立寄る島の順番を入れ替える方法が有るが・・。

続きを読む "中島汽船"

| | コメント (0)

2008年10月 4日 (土)

忽那諸島までの道のり

 今回は飛行機を利用した。

 出発当日の9月9日の天気図は、全国のどの都市を見ても晴れマークの絶好の秋晴れ。年に数回有るか無いかの上天気だった。前日は休み中の仕事を片付けてから帰宅した為、3時間程度しか寝ていなくて、眠い目をこすりながら事前予約で確保した窓側の席に座った。離陸すると窓の外に目を向けた。すると、はるか遠くの山から、眼下のラッシュ時で空になった地下鉄の車庫までバッチリ見えた。さらに自宅近くのゴルフ練習場やスーパーまでも見えて来ると、もう興奮状態。眠いと言っている場合では無くなっていた。次々に現れては後方に急ぎ足で去っていく、山なみ、集落、道、河川、そして鉄道の線路など、手に取るように広がっていく光景に、地図好きの私としては、ワクワクドキドキしながら夢中に成って眺め続けた。飛行機は、関東平野から出ると甲府から各務原飛行場、関が原、琵琶湖、丹波篠山、岡山上空を飛んで行き、広島飛行場をかすめて三原から瀬戸内海に入り、怒和島の元怒和港を8時36分に出て津和地島に向けて航行中の高速船を確認して、暫らくすると松山空港に着陸した。

 松山空港からはリムジンバスを利用して松山駅で下車。降りて2~3分ほど歩いて大手町駅に。更に伊予鉄で三津駅まで乗り、駅から徒歩10分チョットで三津港にたどり着いた。

Photo 伊予鉄道・三津(みつ)駅

古い駅が取り壊されて、左側に新ホームがつい最近完成した様子。しかし気に成るのが、右側のホームらしいものを造っている工事現場。普通両側にホームが設けられる事は無いので、鉄道工事好きとしては気に成るところ。

Photo_2 松山住吉郵便局

三津駅を降りて、三津港に向かって真っ直ぐ伸びる道を歩いていくと、右手に発見。

局を眺め、「そうだ、そうだ、局の目の前の道が歩行者専用道路に成っており、裏から入ったけど、曲がり角の目印が少なく苦労したな~」と、その事を思いだした。港に行く途中にはもう1局近くに有り、この港町の繁栄が偲ばれる。

| | コメント (0)

2008年10月 3日 (金)

忽那諸島を目指す

 10月を迎え、民営化1周年の感想や、来年の他の金融機関との連携に伴う変化等色々と書きたいことはありますが、取り合えず今月は、先月行った郵便局の訪局記を綴っていきたいと思いますので、よろしかったらお付き合いの程を・・。

 いつしか、今年のテーマに成った「四国本土から目指す瀬戸内の島々の郵便局」の最終章として、9月9日~10日に忽那(くつな)諸島の郵便局を巡ってきたので、今日から暫らくは、この話を書いていこうと思います。

 忽那諸島と書かれても大部分の人はピンとこないと思う。事実、私も数年前に四国本土の郵便局を廻るまでは知らなかった地名だ。勿論、この時は忽那方面には足を伸ばしていない。さて、その場所だが松山沖に位置する広島県・山口県に囲まれた島々で・・・。え!判りにくいって・・・。それじゃ地図で示すと下記の位置です。

 上の地図が忽那諸島の大まかな範囲を示した地図。緑のピンが立っているのが中島で諸島の中心の島で、平成17年1月に松山市に合併に成る以前の中島町(忽那諸島を行政区域とする町)の町役場が有った島。

 忽那とは読みにくい地名だが、さらに諸島の島名は、その上を行っていた。四国本土に近い方から書いていくと、興居(ごご)島、野忽那(のぐつな)島、睦月(むつぎ)島、中島(なかじま)、怒和(ぬわ)島、津和地(つわじ)島と連なっているが、簡単に読めない島名が多く、キップを購入する時に困らないように、出発前に行程表にカナを振っていった程だった。

| | コメント (0)

2008年9月28日 (日)

旅の終わりに(安居島からの帰路)

 安居島を16時に出る定期船に乗船して、北条港に16時35分に到着した。16時48分発の鈍行に乗れるように少し早足で歩いて伊予北条駅に到着すると、なんと16時39分発の1本前の列車(特急)が停まっていた。乗ろうかどうしようか迷っていると、列車は出ていってしまった。もっとも、こんなに早く駅に着くとは思わなかったので、この特急を利用するコース案は作っていなかったのだ・・。やがて予定していた鈍行が到着し、特急料金を少しでも浮かす為に終点の伊予西条駅まで乗車してたのち、伊予西条駅から特急で丸亀駅に向かい、夜行バスで東京で帰って来た。

208_2331 忽那諸島を望む

安居島からの帰りの船で、空を見上げると浮ぶ雲に秋の気配を感じた。その空の下、青い海には忽那諸島が浮んでいた。

そして次は、あの島へ行こうと思った。

| | コメント (0)

2008年9月27日 (土)

安居島

 安居島は、昨日も書いたように島民が20数名と人が少ない島だ。そして人家は港の周辺に固まっていた。ちょっと島を散策したみた。

208_1991 浜辺の風景

集落の外れには、綺麗な砂浜が広がっており、その先には無人島の小安居島が浮んでいた。

208_2111 天神社

島の氏神様の天神社の境内には、朽ち果てた遊具が有った。てっきり境内の遊び場だと思ったが、自宅に帰って島のパンフレットを広げると、ここは小学校の校庭だった事を知った。

208_2131 集落を歩く

人の数以上の民家が有り、廃屋も目立ったが、路地を歩いてみると、そこには人の暮らしが、ちゃんと息づいていた。

| | コメント (0)

2008年9月26日 (金)

安居島簡易郵便局

 島に到着し、地図をたよりに民家の軒先にいる犬に吠えられながら、集落の中に入っていった。しかし、そこに局は無かった。出航まで1時間以上あるから、ゆっくり探そうと海岸線沿いを歩いて行くと簡易局発見。(なんだ、こんな場所にあったんだ)と中を覗くと、狭い局は人で混雑していた。どう見ても島の人では無く、先程の船で来た人達だった。(いずこも、この船ダイヤを見たら考える事は同じか)と思いながら、局舎内に一人、入り口の前に二人目、そして私の順番で並んだ。私と同じ郵便局廻りの趣味の人達だった。やがて、私の番が来て、冷たい麦茶を出して頂き、島の状況を伺うと「なんと島民は20数名」との事!今まで一番人口の少ない島の郵便局は、沖縄県の鳩間島の島民50名前後の鳩間簡易郵便局だと思っていたのだが・・。思わぬ発見にびっくりした。

208_1941 安居島簡易郵便局

先程「狭い局は人で混雑していた」と書いて、大げさなと思われたかもしれない。しかし島民20数名なら、そんなに広いお客様スペースは必要なく、カウンターの前で二人立てば満員状態の広さだった。

208_2231 確認しておけば・・

さまよって見つけた局舎だったが、船着場から局(右端の緑の屋根)は見えていた。

局の場所は上の地図とずれており、船を降りて右に海岸線沿いに歩いて、1~2分の距離。

| | コメント (0)

2008年9月25日 (木)

えひめの旅 旅客船スタンプラリー

 最近、「道の駅ラリー」や、都営地下鉄に乗れば「駅名しりとりラリー」等、乗り物を中心にラリーばやりだ。しかし、ついにここまで来たかと思うものが現れた。この夏、愛媛県内を発着している航路を、どれだけ乗船したかを競う「えひめの旅 旅客船スタンプラリー 2008」だった。期間は夏休み中の7月21日~8月31日の42日間で、対象は35航路、県内の離島航路に留まらず、広島県に向かう航路や九州航路、はては関西航路などの船中泊も必要な長距離航路も含まれているので、全部乗るのは容易では無いと思った。

 私がこの企画を知ったのは、9月に訪ねる予定の忽那諸島を巡る中島汽船のホームページを、今回の旅の出発直前に見た時だった。面白い企画だと思い、昨日、愛媛県の最初の航路に当たる大島に渡った時に、船員に尋ねて1部手に入れた。その後大下島と安居島の分を含めて3航路のスタンプを集めて、抽選で50名が貰える図書カードと副賞のプレゼントを狙って応募した。勿論、この数ではトップを狙え無いが、パンフレットには上位5位の方には1万円の図書券と副賞を進呈と記載があり、この人達は何個ぐらいのスタンプを集めるのか気になるところだ。

208_2301 えひめの旅 旅客船スタンプラリー

35航路のうち、郵便局の有る島に行く離島航路は13航路。

208_2291

追記 

抽選で50名が貰える図書カードと副賞のプレゼントに当たりました。ラッキー!! 副賞の図書券3000円分で、日本の離島が詳しく載っている「しまだす」を買うつもり。

| | コメント (0)

2008年9月24日 (水)

安居島行きの船が行程の鍵だった

 伊予北条駅の裏のスーパーで弁当を選んでいると、ちょうど13時を過ぎたところで、奥の方から値引きシールを持った店員の方が現れた。「ラッキー」と思い、後を着いて行き半額に成ったちらし寿司を手にして港に向かった。

 港には、今回の訪局の行程と日程の鍵を握った安居(あい)島行きの「あいほく」が停泊していた。この航路は、通常ダイヤでは朝に島を出て、夕方に島に戻るのが基本。     しかし、このダイヤだと四国本土から島に渡る用務客は、島に宿泊する事になる。ましてや郵便局の開いている時間に島に滞在しようとすると、2泊も滞在する事になるが、島には宿が無い。その中、水曜日だけが北条11時発、安居島15時発の船が出る。しかし、これでも島の滞在時間は3時間を超えてしまい勿体無い。更に調べると、夏休み時期(7月25日から8月25日)の水曜日に、北条14時発、安居島16時発のベスト便の運航を見つけた。そこで、今回はこの便を軸に行程を組んでいった。                                            

 まずはこの日の午前中どこに行くか?四国本土の郵便局は、ほぼ廻りきっているので除外して、松山市の忽那(くつな)諸島、同じく松山市の興居(ごご)島、そして今治市の大下(おおげ)島の3島で検討した。色々と考えた結果、松山市の忽那諸島と興居島は、同じ市内の高浜港から出ているので、まとめて廻った方が効率的となり、午前中は大下島と組み合わせる事に。しかし、ここでも問題が・・。今治港を出る時間が7時35分と早く、前日の夜に東京出発では、大下島に向かう船に間に合わない。そこで大下島と安居島を廻る日は、郵便局廻り2日目となった。そうなると、郵便局を廻る日程は火曜・水曜と決まった。次にいつ行くかとなるが、7月25日から8月25日の間の水曜日は4回。どの日を選んでも仕事には多少影響が有ったが、このチャンスを逃すと来年まで無い。申しわけないとは思いつつ、仕事に一番影響が少ない日を選んで、8月20日に行く事になった・・・。

 それだけに、この航路は思い入れがある。

Aihoku2 あいほく

安居島にて停泊中の「あいほく」。この船は客室の上が甲板に成っていた。そこに上がると、忽那諸島から芸予諸島まで点在する島々を、気持ちイイ潮風を受けながら眺めることができた。

| | コメント (0)

2008年9月23日 (火)

予讃線

 今治港から、大きなアーケードの道、デパートを横目に見ながら、往時の繁栄を感じつつ徒歩で今治駅を目指した。駅に着くと、次の目的地の伊予北条方面の列車が出たばっかり。次の列車まで約1時間待つ事に。駅で当ても無く時間をつぶしたのち、単行に乗車。一番前の席に座り、列車の前方風景を楽しみつつ伊予北条駅まで乗車。

208_1773伊予北条駅

伊予北条駅は、多度津駅と同じようにコンビ二併設駅舎。

所在地は以前は北条市だったが、平成の大合併により松山市に成った。

208_2401 大浦駅 

伊予北条駅の一つ手前、海を望むこの駅は線路配線が少し変わっていた。特急などが通過する線路側にホームが設置されておらず、退避線側だけホームが有った。したがって特急との交換や退避は可能だが、鈍行同士のすれ違いは出来ない。(写真は上り列車より撮影)

| | コメント (0)

2008年9月22日 (月)

フェリー第二せきぜん

 帰りはフェリーで今治に戻る。しかしこの時間、大下島から直接今治に戻る便が無い。そこで一旦逆方向の岡村島行きに乗船した。岡村島で10分ほど停泊して折り返した。  船は大下島を横目に眺め今治港を目指す。

 そこで気に成るのは乗船料金だ。大下島から今治港の料金で良いのか、それとも乗船ルート通りの大下島から岡村間と岡村から今治間の料金に成るか・・疑問だった。答えは前者で、今年3月に行った獅子島と同じで、遠回りしても最短ルートの料金で良かった。

Photo_2 フェリー第二せきぜん

今治から車を満載して、大下島にやってきた「フェリー第二せきぜん」。奥に見える島は、小大下島。その間の狭い大下海峡を、青色のタンカーが横切って行った。

「海の銀座の光景だな~」と思い、桟橋から眺めた。

Burogu3岡村島

今は今治市に成っているが、かっては大下島・下大下島・岡村島が主な行政区域だった関前村の村役場が有った島だけに、集落の規模が他の2島と違った。街並みが大きい。岡村島にも関前郵便局が有り、港から2~3分なので、頑張れば10分の折り返し時間で間に合うかも。私は広島県の大崎下島から県境の橋「岡村大橋」を渡り、平成17年1月25日に訪ねている。

Burogu4_2 来島海峡大橋

舩内では風景を楽しみたいと思い客室から外に出て甲板で過ごした。今治に近付き、大きな船を建造中の造船所を過ぎると、船はしまなみ海道のひとつ「来島海峡大橋」をくぐった。遠くからも目立つ橋だが、島の真下から見上げるとその大きさに圧倒された。

| | コメント (0)

2008年9月21日 (日)

大下簡易郵便局

 郵便局は桟橋のたもとに有った。船から降りて、これだけ近くて目立つ場所に有るのは珍しいと思った。

208_138 桟橋を降りると・・

待っていましたと言わんばかりに、突き当り(赤いポストの有る建物)に簡易郵便局が有った。

208_134 大下簡易郵便局

入り口が2箇所、奥の窓が開いており、風が通り抜けて涼しかった。

208_137 窓口

この建物は一見すると、簡易郵便局オンリーに見えるが、実際は船の待合室を兼ねる船の乗船券売り場、役所の支所など色々な機能をはたしていた。そして介護用品まで売っていた。

| | コメント (0)

2008年9月20日 (土)

大下島を散策

 船が着いたのが8時10分、局が開く9時までたっぷり有ったので、島内散策へ。ちなみに、この島の島民は約150人。

208_125_2島の朝

静寂を感じる集落を、当ても無くのんびり散策。

208_127 柑橘類の島

しばらく集落散策の後、この島の高台に登ったら、きっと瀬戸内海の多島美が楽しめるのではと思い、畑の中を歩いて行くと柑橘類が目に付いた。

のちほど郵便局で、この柑橘類の種類を訪ねたが、色々な種類を栽培しているようで、明確な答えは得られなかった。

208_130 高台から集落を望む

猫の額ほどの平地に家が密集している様子がわかる。

大下島は瀬戸内海の中央に浮ぶ離島だ。島の集落からは広島県の大崎上島(うっすら見えている島)が正面に望めた。

| | コメント (0)

2008年9月19日 (金)

旅客船「第三徳海」で大下島に向かう

  出航時刻に近くなり桟橋に移動すると、島なみ海道をくぐる高速船が見えた。その船が大下島方面に向かう「第三徳海」だった。やがて船は着岸すると慌しく客を吐き出し、新たに私を含め10数人の客を乗せ、1分(ホントに!)で折り返して再び島を目指した。

208_120

第三徳海

今治港から乗船する時は客室に直接入れる、前の方の乗船口から乗った。そのつもりで大下で降りる時、前の方の乗船口で待っていると開かない。廻りのお客さんが降り場は後ろと、教えてくれて慌ててデッキに向かった。 降り口が異なる事は離島航路でよくある事だが。

 

| | コメント (0)

2008年9月18日 (木)

まずは大下島に

 今日(8月20日)は今治市の大下簡易郵便局と、松山市の安居島簡易郵便局の2局を目指す。なんともノンビリだ。

 まずは大下島に向かう為にホテルを7時少し前に出て、歩いて約10分の今治港へ。今治桟橋の客船乗り場のビルは、出札窓口がたくさん並び、以前は船の要所だった事を感じさせたが、そのほとんどは閉じられており寂しい限り。大下島へ行く船は、そのビルから少し離れた第3桟橋の前にあるプレハブでチケットが売られていた。

ここで、大下島に向かう船便について触れておこうと思う。

《第二せきぜん》フェリー
往 路 1 2 3 4
岡村港 6:50 9:55 13:10 16:15
小大下港 7:02 13:22 16:27
大下港 7:15 13:35 16:40
今治港 8:10 10:55 14:30  17:35
復 路 1 2 3 4
今治港 8:25 12:00 14:40 17:40
大下港 9:22 15:37 18:37
小大下港 9:35 15:50 18:50
岡村港 9:45 13:00 16:00 19:00
備 考 毎月第2火曜日・第4水曜日の印便及び毎月第4火曜日の印の便は、危険物運送便ですが一般の旅客及び車輌の乗船もできます。但し、乗船できる旅客の数は車輌運転手を含めて25人までです。 

《第三徳海》旅客船
往 路 1 2 3 4
岡村港 7:00 10:00 13:40 17:30
小大下港 10:07 13:47 17:37
大下港 10:13 13:53 17:44
今治港 7:35 18:17
復 路 1 2 3 4
今治港 7:36 18:19
大下港 8:10 10:14 13:54 18:53
小大下港 8:17 10:21 14:01 19:00
岡村港 8:23 10:27 14:07 19:06

                                 今治市のホームページより抜粋

この時刻表を見ると、旅客船は通勤・通学時に今治へ行くが、それ以外は大下島を含む旧関前村の村役場が有った岡村と旧村内の大下・小大下間の運航に成る。しかし大下島でたった1分の折り返しとは・・。いくら郵便局が岸壁の目の前に有っても、1分の折り返し時間では無理だと思う。次にフェリーだが、日中は今治から岡村便の直行に成り、大下島には寄らない。したがって、大下島に渡るには朝の高速船で行って局が開くのを待つか、午後2時40分のフェリーで行くかの二通り。効率的なのは後者だが、今日行くもう一つの島、安居島の船とかみ合わないので、朝便を選択した。

| | コメント (0)

2008年9月17日 (水)

今日の終わりに

 伊予西条駅発17時51分の予讃線の鈍行に乗り、今日の宿泊地の今治を目指す。列車は帰宅時間としては手頃のはずなのだが通勤客は少なく、学生も夏休み中と有ってそう多くは乗ってなかった。

 列車は西に向かって落ちていく太陽を目指すかのように進み、約1時間で今治駅に到着し徒歩でホテルに向かった。ホテルは、繁華街近くに有るネットで探した素泊まり4,200円の安宿。部屋の感じはと言えば、それなりと言ったところ。

208_113 今日の夕食

最初デパートの屋上のビアガーデンを考えていたが、ふらりと入ったホテルのビアホールの看板に誘われて、22階の夜景を見下ろす食事場所に。座ったのは港を正面に望む、おデート席だったが、町の灯りが寂しく夜景は今一つの感じが・・。

食事内容はビール飲み放題のバイキングだった。バイキングは寿司・おでん・天ぷら等の他の品々が並んでいた。和食中心といった感じ。

| | コメント (0)

2008年9月16日 (火)

四国鉄道文化館

 大島からフェリーとバスを乗り継ぎ、再び多喜浜駅へ。本日の郵便局廻りも終わり、後は今日泊まる今治に向かうだけ。しかし列車は16時38分。「まだ40分以上有るか・・」と、明朝東京に着く貨物列車を眺めたりしていたら、1枚のポスターが目にとまった。伊予西条駅に隣接する「四国鉄道文化館」だった。閉館時間を確認すると、この手の展示館は17時前後終了が多い中19時。「この閉館時間なら充分に見られる」と立寄る事に。そして併設されている十河記念館も気に成った。

 私が生まれた前後、黒四ダム、東京オリンピック、月面着陸等と、実現不可能と言われた事業が、数々の困難の上に達成されている。その中でも特に私の幼心を打ったのは夢の超特急・新幹線だった。その新幹線に道筋をつけたのが、第4代国鉄総裁の十河氏だった。その記念館と成ればぜひ立ち寄ってみたいと思った。

 小学生の時に学校の図書館で、不屈の精神で新幹線を実現していった話を繰り返し読み、その時に心に残った「自分の夢を追い続ける事の素晴らしさ」が、20数年続いている郵便局廻りの趣味の根底のどこかに有るのかもしれないと思った。

208_104十河信二記念館

 こじまんりした記念館で、主に展示物より、十河氏の功績を書かれた書物の展示が多かった。国鉄総裁以前には西条市の市長(ここに有るのはそういう繋がりか)を始め、多くの要職を務めていた事をここで初めて知った.

208_094 0系新幹線

幼い頃、男の子向けの絵本の定番に成っていたのが初代新幹線。今思えば、あの頃の鉄道車両はデザインが優れていたなと思う。

208_092

DF50

御年51歳。「厚化粧が目立っているな」と思った。国鉄では珍しい箱型の電気式ディーゼル機関車。北海道を除く全国の亜幹線で走った。

私が、国鉄全線走破を目指していた昭和56年春、DF50は、最後の活躍をした四国で出会ったと思うが、定かでは無い・・・。

208_106

まるで鉄道模型を見ているような・・

目まぐるしく変わった天気も陽が西に傾くにつれ晴れ上がったきた。

伊予西条駅の構内を写した写真だが、架線さえなければ国鉄時代のそのままだ。

ここで今、気動車急行「いよ」が走って来たり、先程見たDF50が入替え作業をしていていも違和感は感じないだろうと思った。

| | コメント (0)

2008年9月15日 (月)

新居浜大島郵便局

 船を降りて郵便局へ。港沿いの道を右手に進み集落の外れにたどり着いたが、局は無かった。「地図を見るとこの方向だが・・」と思い、折り返して集落内の道を戻ると、左手に郵便局を発見。

208_078 集落内に戻ると・・

集落内の道を港に向かって戻ると、程なく郵便局を見つけた。(写真左奥の赤い郵便局の標識の有るところ)

208_079 新居浜大島郵便局

この局は集落内に有った。珍しい。

この日は2局で終了。なんか物足りないな~。

| | コメント (0)

2008年9月14日 (日)

大島 

 市営船「くろしま」に乗り込んで大島に到着。すぐに折り返す気なら15分後に船が出る。しかし、今日はこの島で終了なので急ぐ事は無い。また戻ったところでバスは無い。したがって、その次の船15時10分まで、ゆっくりとこの島を見てまわろうと思った。

208_069 市営船「くろしま」

この船は車運搬を主目的で作られた構造の船で、乗客の居場所は、車置き場の両脇の細長い船室と、その甲板だけだった。

208_075 港の風景

島から四国本土はすぐ目の前。写真奥の山並みが四国山地に成り、海に近い山は多喜浜周辺の山々。

漁船の形からして、この島はえび漁が盛んなようだ。

208_081町並み

手入れの行き届いた庭の木々、整然とした町並みに、この島は生きているなと感じた。

 

| | コメント (0)

2008年9月13日 (土)

新居浜市 大島に向かう

 多度津駅からは、観音寺駅まで特急利用の後、大島の最寄り駅の多喜浜駅までは鈍行列車を利用。先日訪ねた伊吹島等を車窓から眺めたり、農地や丘陵地の緑の風景をのんびり眺めて過ごし、久しぶりの列車の旅を満喫した。

 多喜浜駅に着いたのはお昼過ぎ。バスの時間迄少し有るので、近くの農産物直売所に行き、手作りのお弁当を購入した。定時に来たバスに乗って、約10分で船着場の有る終点の黒島に到着。

 バスを降りて待合室で時刻表を眺めると、黒島から大島の時刻が載っていたが、どちらも語尾に「島」が着き、どっちが離島で、どっちが四国本島かと悩んでしまった。

208_067 多喜浜駅

ラーメン屋?いいえ駅です。ラーメン店は最近廃業した様子だが、駅名の下に有る赤丸の中に、かってはラーメン店の店名が入っていたと思うと、どうみても駅の方が居候の感じがしてしまう。

208_088

せとうちバス

多喜浜駅から黒島港までは、せとうちバスの路線バスを利用。本数は日中は2時間に1本。列車やバスと接続ははかっていないダイヤの組み方だが、せとうちバスのホームぺージから時刻検索が出来る。

 車両は平成9年製の冷房付きだが、床が、全国的に見て、もうほとんど見る事が出来ない板張りでビックリ。

| | コメント (0)

2008年9月12日 (金)

多度津駅

 再び多度津駅に戻って、ホームで行きかう列車を眺めると、瀬戸大橋を渡って来た貨物列車が停まっており、その脇をJR西日本の近郊電車などが走り去り、更に貨物列車の奥にはお払い箱に成ったレールバスが日向ぼっこ。鉄道好きにとっては、まるでおもちゃ箱を覗くような楽しさが有った。

208_059 多度津駅

多度津駅は、四国国営鉄道発祥地として、駅前広場には、蒸気機関車の動輪が有った。更に駅舎寄りには、少林寺拳法の総本山の碑が立っている。

208_063 多度津駅でたたずむ

奥は早くも廃車に成った、JR四国の初期気動車。手前は瀬戸大橋を貨物(コンテナ列車)を牽引して渡って来た機関車。こうやって見ると世代交代を感じるな。

予讃線の伊予三島駅の近くには、最近珍しくなった企業の貨物駅(大王製紙)も在る。

| | コメント (0)

2008年9月11日 (木)

寅さんと私

 この高見島は、映画「男はつらいよ」の舞台にも成った島だ。昨年、同じく郵便局目的で訪ねた奄美大島の南に位置する加計呂麻(かけろま)島も撮影地だった。勿論私は、寅さん映画の舞台に成った島だから行くのでは無く、そこに郵便局が有るから訪ねているのだが、失いかけた美しい日本情緒に触れることが出来るのは、映画と同じだと思う。 そう言えば、平成8年夏、寅さんの訃報を夕方のラジオで聴いた時も、岡山県の山中で、郵便局廻りの途中だったな。

07_074 加計呂麻島 諸鈍にて

 昨年の夏、加計呂麻島の諸鈍(しょどん)を訪ねた時、サンゴ礁の海をバックに建つ、撮影の記念碑を見つけた。

 寅さんは10数島の離島を訪ねており、山田洋次監督は離島好きと思える。しかし、懐かしさの残る、日本らしい風景を撮ろうとしたら離島しか残っていなかったのかもしれない。

208_043 高見島

高見島は、男はつらいよシリーズの46作目「寅次郎の縁談」の中で出て来ている。映画の中では琴島という島名になっているが、そのような島名は実在せず、映画はこの島と隣の志々島で撮られている。そして、映画の中に出てくる込み入った民家の風景が、高見島だったと判ったのは、帰って来た後だった。撮影場所は郵便局の先に有る集落だったそうで、惜しい事をしたと思った。

| | コメント (0)

2008年9月 8日 (月)

高見郵便局

高見島に降り立つと人の気配が感じられず「寂しい島だな」と言うのが第一印象。港から局まで1、2分歩いたが、島民にすれ違う事無く局に到着。一緒に降り立った船の乗客や船関係の人を除くと、島で最初に有った人は郵便局の窓口に立つ人だった。

208_034 香川県完局を果たした高見島郵便局

この局で、今年一時閉鎖に成った、この島の近く佐柳簡易郵便局、志々島簡易局を除き、香川県の四国本土、離島を含めて全局廻りきった。

香川県訪局は、昭和63年11月に琴平局でスタートしいるが、実際は本土の方は、平成10・14・15年に集中して廻っている。

208_039 島の風景

港の近くの集落は商店も見当たらず。この島の人たちは、どの様に生活しているのだろうかと思った。

| | コメント (0)

2008年9月 7日 (日)

高見島にむかう

 高見島行きの桟橋には8時45分過ぎに着いた。肝心な船は、まだ島から戻っていない。「まだまだ時間も有るし・・」と、近くの讃岐うどん店に向かい、朝食代わりのうどんを食べて、再び桟橋に戻ってくると、ちょうど船が着岸した所だった。

 十数人の乗客と供に船に乗り込み、定時に出航し、遠くに瀬戸大橋を眺めて25分ほどで高見島に到着。

208_024 さぬきうどん

9時前だったが、港の近くには数軒のうどん店が、すでに営業を始めていた。そのうちの1軒の自家製麺の文字に誘われて「黄金製麺店」に入った。

セルフ店で、何がお勧めか判らず、勢いで「冷やしうどんの中」を頼むと、氷が浮んだうどんが出て来た。つゆに付けて食べると、コシが有って美味かった。

208_028 キップ

キップは桟橋のビーチパラソルの下で売っていた。キップを買うと、今時珍しい硬券(かたい紙で出来ているキップ)だった。鉄道界では、今ではほとんど見かけないレアなキップだ。

208_047 フェリー新なぎさ

高見島に向かう航路は、三洋汽船が運航している。地図を見ると、笠岡から多度津間を結ぶ航路に成っているが、実際は直行便は無く、岡山県側の笠岡から真鍋島間と、香川県側の多度津から佐柳島間で分割運航しており、県境をまたぐ真鍋島から佐柳島間は、なんと週1便の運航だ。

| | コメント (0)

2008年9月 6日 (土)

どこか懐かしい・・多度津の町並み

 多度津駅から、高見島に向かう船が出る多度津港までは歩いて15分ほどだった。駅を降りたのが8時26分で、船の出る時間が9時5分。充分すぎる位時間は有った。

 駅前通りを真っ直ぐ歩いて行くが、夏休み中の小学校、高校、改築中の役所と続く道は人の気配を感じなかった。しかし川を渡り、古い町並みに景色が変わると、人が息づく匂いがしてきた。そして港に近付くにつれ、活気も感じた。この町は、駅近くは淋しい感じの顔を見せるが、港は懐かしさを感じる温かい表情をするんだなと感じた。

208_013 曳家

 駅前通りを歩いて、川を渡った先から古い町並みの入り口迄の間は、道路工事の真っ最中。古いお寺も拡張用地にかかるようで、奥の本堂は建て替え中。お堂は曳家で移動。

 曳家を見たのは久しぶり。平成20年の今でも曳家工法は使われているんだと思い写真を撮った。

208_050 古い町並み 

曳家に見とれた後、古い町並みに入った。少林寺の総本山、多度津郵便局(訪問済み)を過ぎ、突き当りを右に曲がり本町通りに入った。

 本町通りは、古い町並みの商店街で手前右手の2階の格子のかなり凝った造りに、港町としての繁栄ぶりを感じた。

 

| | コメント (0)

2008年9月 5日 (金)

多度津までの序章

 以前にも書いたように、今回の夏休みは8月6・7日と、8月19・20日の2回に分けて取った。今日から暫くは、その後半の休みを利用して訪ねた郵便局の話を書いていこうと思う。

 今回向かった先は前回同様の四国。訪ねた局は香川県の高見島と、愛媛県の大島(新居浜市)、大下島、安居島の計4島4局。な~んだ・・たった4局かと思われるかもしれないが、かなり中身の濃い内容に成ったので、自分的には大満足だった。

 さて、四国への行き方だが、前回同様のJR夜行バス「ドーリム高松号」を利用した。乗客の顔ぶれは前は子供連れが目立ったが、今回は学生と年配者が占めていた。又バスは、JR関東バスとJR四国バスの共同運行の為、交互に運行されており、今日の新宿発の便はJR関東バスだった。使用しているバスは、どちらも2階建ての38名乗りで同じだが、シートの形状やサービスが微妙に異なっていた。四国便は、通常は2名の運転手が約2時間交代でハンドルを持ち終着地に向かうのだが、今回は運転手がワンマン(1名)で三ケ日迄走って、そこで別の運転手と交代する異例のパターン。多分お盆時期の増発による運転手不足による処置だと思うが。

208_001 新宿駅にて 

「ドリーム高松」は、8月だと東京発が奇数日は「JR四国」、偶数日が「JR関東」の車両に成る。(高松発だと逆に成る)

「JR関東」のバスの場合は、乗車時に紙パックの冷たいお茶が渡され、席にアメニティグッズの袋が置いてあり、その中に紙スリッパとお絞りが入っている。一方「JR四国」だと、車内階段下の冷蔵庫に同じく紙パックのお茶とコーヒーとお絞りが用意してある。

208_009 シートは・・・

シートはゆったりとした作りに成っている。この写真は、JR関東の車両だが、JR四国だと枕の位置が調整できて、枕脇に頭当てが有るので更に寝やすい。

ラッキーシートは、各自好みが有るので、一概には言えないが、私の場合は隣と席が離れているC席か、後ろが階段で気兼ね無く倒せる6A席、階段脇の7B席かな。

 

 翌朝、定時か少し早めにバス停に着き乗客をこまめに降ろしていった。しかし私が降りた終点の丸亀駅は、朝の造船所に向かう通勤車と重なり、少し遅れて着いた。そこから予讃線に乗り換え、多度津駅に向かった。

| | コメント (0)

2008年8月30日 (土)

旅の終わりに

208_095_3

 

 17時5分発の船で粟島から須田港に戻った。その後少し早めの夕食を宇多津のさぬきうどん店「おか泉」でとった。そして丸亀に戻ってレンタカーを返却し、丸亀駅のホームを駆け上がると、ご覧の様な素晴らしい夕焼けが高松行きの電車を見送ってくれた。高松駅からは夜行バスで東京に向かった。

夕焼けのシルエットに浮ぶビル脇の島影は高見島。香川県で唯一行っていない郵便局が有る島だ。あの島が私を呼んでいる・・。高見島に行った話しはこの後に。

| | コメント (0)

2008年8月29日 (金)

粟島郵便局

 粟島の郵便局は船を降りると目の前に有った。とりあえず貯金を済まして、いつもように島内散策をする。目指した先は島の反対側の西浜。徒歩10分で浜にたどり着き、岡山県の六島・大飛島・小飛島を遠くに望む。港に戻る途中偶然にも旧郵便局を見つけた。

208_081 粟島郵便局 

船を降りて1分。この島では、JAや行政機関等が港の周辺に集まっていた。

この局で、今回目標としていた7島(大島・女木島・男木島・讃岐広島・本島・伊吹島・粟島)7局を廻りきった。これで香川県の訪ねていない貯金を扱っている郵便局は、高見島だけになった。

208_076 旧 粟島郵便局

西浜から港に戻る途中、郵便局らしき建物を発見。近寄って確認すると、確かに粟島郵便局の文字が確認出来た。

移転時期は平成3年5月。

| | コメント (0)

2008年8月28日 (木)

粟島

 粟島と言われると、東京在住の私にとっては、新潟県日本海沖に浮ぶ羽越線から見える同名の粟島を連想してしまうが、ここは香川沖の瀬戸内海に浮ぶ粟島。島に向かう船は、須田港を出ると島と島の間から瀬戸大橋を遠くに望みながら、約15分で粟島に到着。

208_090粟島汽船「あしま」

船の事は詳しくないが、高速船の形状で乗用車が1台積載出来る構造の船は珍しいと思った。

208_086 集排処理施設

島に着き目を引いた建物。この建物何だろうと思って調べてみると、島から出る排水の処理施設だった。

対岸の荘内半島と共に浦島伝説で知られている場所だけ有って、竜宮城を模した造りになったいた。

| | コメント (0)

2008年8月27日 (水)

粟島に向けて

 13時30分伊吹島発の船に乗り、13時55分観音寺港着。再びレンタカーに乗り、以前飛行機の機内誌に出ていた仁尾町の「たこ判」でお好み焼きを買い求めた後、荘内半島を横断し、今回最後の島、粟島に向かう船が出る須田港に向かう。

 須田港は、今回訪ねた港のうち一番駅から離れており、最寄りの詫間駅からでも4km前後離れており歩いて行ける距離では無いが、駅からの交通手段として、ここもコミュニティバスが運行されている。

 須田港に着き、車の止める場所を尋ねると、駐車料金は無料で、岸壁に適当に止めて良いとの事だった。

208_069_2 たこ判

機内誌で、見たのは数年前だったが、すごく美味しそうに写ったお好み焼きが印象に残こっていた。いつか、この町を訪ねる機会が有ったら是非と思っていた店だった。

そして、粟島に向かう船の中で少し遅い昼食として包みを広げると、良い香りと共にふっくらしたお好み焼きが・・。美味かった。

| | コメント (0)

2008年8月26日 (火)

観音寺伊吹郵便局

 郵便局は集落のほぼ中央に有った。島を散策した時に遠目に場所を確認していたので楽に向かうことが出来た。しかし、港から郵便局に直行した場合は、細い路地の入り込んだ先に有る場所なので、探すのは容易では無いと思う。

208_239 郵便局見っけ!

郵便局は、細い路地の入り組んだ先に有った。

判らない?写真をクイックして頂き、中央の電柱の先、右手に局の看板を確認出来ますでしょうか。この写真は、港の反対側から撮ってもので、左手の森が港から登って来ると見える神社で、その先を左に曲がり・・。複雑で説明出来ない!

208_249 観音寺伊吹郵便局

貯金を終えて港に向かって数分歩いたところで、しまった!局の写真撮るの忘れた・・。と慌てて戻ってきた撮った写真がこれ。

狭い路地に向かって立っているだけ有って、コンパクトカメラで撮るのは容易では無かった。

出典:「電子国土」 URL http://cyberjapan.jp/

| | コメント (0)

2008年8月25日 (月)

伊吹島

   船が伊吹島に着いて降り立つと、集落に向かう道が急勾配の長~い上り坂に成っていた。自分の体重と普段の運動不足を嘆きながら坂道を登っていると、次々にバイクが追い越していった。

 やがて、道が平坦に成ると左手に神社が見えてきた。この神社の斜め奥が郵便局だが、帰りの船は13時30分。まだ1時間半近く有ったので、当ても無く島を散策しようと思った。チョッと気に成る物を見つけては路地に入ったり、元幼稚園だった資料館でゆっくり説明文を読んだりしながら、過ごしていたら、あっと言う間に13時。船が出る時間まで30分しかない。あ!肝心な郵便局に・・まだ行ってない・・。

208_066 船着場にはバイクが・・

港から集落まで急坂なので、この島の交通手段は主にバイクだった。

208_246港に向かう道

この日は少し曇天ぎみで風もあったので、まだ救われたが、これが陽射し一杯の暑い日だったら思うとたまらないと思った。

| | コメント (0)

2008年8月24日 (日)

伊吹島の船

 伊吹島に行く船は、大きな荷物と大勢の人々でいっぱいだった。最初、船のデッキで景色を楽しもうかなと思ったが、小型船だけに何人かの人達と荷物で一杯で、そこに立つ余裕は無かった。中に入り中央の通路の両脇に有る、こじんまりしたカーペットの居室も埋まっており、仕方なく階段を降りて窓側の座席に座った。この便は、島の人たちにとっては、島を9時に出て、観音寺の町で用をこなし、折り返してくるのには、ちょうど良い時間の便なんだろうと思った。

208_068 ニューいぶき

観音寺・伊吹島間を25分で結び、1日に4往復している。

船は観音寺市で運航をしている市営船。四国では市町村が運航している航路は、ほかに新居浜市の大島航路などが有る。

208_236  観音寺コミュニティバス

下の船室で、出航を待っていると、出発間際に観音寺のコミュニティバスがやってきた。

バスは、全便の発着と接続している訳では無さそうなので注意が必要。

| | コメント (0)

2008年8月23日 (土)

レンタカー

  本島から丸亀港に戻ってきたのが10時10分。次は直線距離でも20km以上離れている観音寺港に向かう。そこから伊吹島に行く船の出航時間は11時20分。そこまでの移動手段をどうするか。

 まず鉄道移動だと、丸亀駅10時22分発の鈍行が有る。これに乗ると観音寺駅着が11時13分。タイミング良くタクシーを捕まえたとしても、港までの移動時間を考えると、間に合わない可能性が高い。「それなら、船の時間をずらせば良いのではないか」という意見が出てくると思う。しかし郵便局目的で島に渡るには、残念ながら11時20分、この便しか無いのだ。

 そこで、思いついたのがレンタカーの利用だった。船を降りたら少し早足で歩き、昨日手続きを済ましておいた丸亀駅前のレンタカー店に向かい、そこで一番安い4,200円の軽自動車を借りた。車は善通寺インターから松山道に入り、2個目のインターのさぬき豊中で降りて、一路観音寺港を目指した。レンタカー店から所要時間は40分と見ていたが、ほぼ読み通りの11時に港に着いた。

 船着き場に有るプレハブの案内所で、乗船券を購入し、車はどこに置いたら良いかと訪ねると、「トラックの止まっている奥なら何処でも」との返事だった。

車を置き、船に乗船すると程なく定刻に成り、船は動き出した。

208_229_2レンタカー

離島の郵便局巡りの場合は、島内で複数の局を効率的に廻る為にレンタカーを借りる場合は有る。しかし、本土側(今回の場合は四国)で借りる事は滅多に無いのだが、今回はコース上において、それぞれの港が離れている為に車を必要とした。

| | コメント (0)

2008年8月22日 (金)

本島郵便局

 塩飽番所から、真っ直ぐ歩いて行くと中学校や警察等が有る島の官庁通りに成った。しかし肝心な郵便局が現れてこない。少し不安に成りながらなおも歩いて行くと、郵便局が現れた。

208_217 本島郵便局

港から直接行く場合は、浜の方から入って行った方が近いかもしれない。

208_221 旧局舎

郵便局から浜の方に歩いて行くと、左手の方に旧郵便局舎が現れた。

| | コメント (0)

2008年8月21日 (木)

本島

 局巡り2日目。

 ホテルから丸亀港まで、コミュニティバスが有るが、ホテル7時27分発で、港に7時34分着。そして船が7時40分発・・微妙だ。昨日みたいに万一バスが遅れたら、船に乗り遅れてしまう。そして食事の調達もしなければ成らない。と言う事で、不本意ながらタクシーを利用して、港の反対側のコンビ二まで行く。合わせて朝食の確保をした。

 船は定時に出て、瀬戸大橋のまじかを航行し、本島に8時10分に着いた。帰りの船は9時40分だから、島の滞在時間は1時間半も有ったが、この島の見どころの多さからしてこの時間は少なすぎた。最初に島の繁栄を感じ取る事が出来る笠島地区まで歩いて行こうと思った。しかし歩いて行くのは遠すぎた。このまま歩いて行ったら時間が無くなってしまう。そこで、30分程歩いた瀬戸大橋を手に取るよう見える場所で断念。引き返す事にした。

208_197 船から瀬戸大橋を望む

船の航路は、まるで瀬戸大橋の観光船のように瀬戸大橋に沿いながら進んだ。

中央に見える島は与島で、ここにも郵便局が有るが、島内が一般車両通行止めの為、パーキングに車を止めて1km以上の道のり(登って下って、くねくね曲がって)を歩いて訪ねている。

208_216 塩飽番所跡

本島は、島名のとおり塩飽(しあわ)諸島の中心に位置し、以前は行政・産業の中心に成っていたようだ。それだけに多くの史跡やしっくい塗りの人家などが残っている。

木烏神社の境内には、見ごたえの有る芝居小屋が有るそうだが、時間が無くて見に行くことは出来なかった。

208_204 瀬戸大橋を望む海水浴場

島の随所から、橋を眺める事が出来た。写真左すみの陸地は本州に成る。

| | コメント (0)

2008年8月20日 (水)

今日の宿

 今回の旅のテーマのもう一つは、瀬戸大橋を望む宿に泊まり、夜、光の帯になって橋を渡る列車を眺めたいという希望が有った。

 そこで、宿泊地として候補に上げたのは、明日一番最初に訪ねる本島に泊まる案だった。地図で計ると、この島から橋の最短距離はわずか1700m。まじかで見る事が出来る。出発前に予約の電話を島の民宿にしたところ、一番橋に近い民宿は営業をやめているとの事。次に電話した民宿は海水浴客で一杯。最後に電話したところは、不機嫌そうに電話に出られ、怒りながら断ってきた。(何だかな~)。そして、本島案は消滅・・。次の案として橋の周辺の小島等を考えたが、明日のコースとかみ合わないのでパス。そして丸亀周辺でホテルを探す事に。インターネットで調べると、「大浴場から橋を堪能、ビアーガーデン開催中」の文字が。ここが(ビールが)私を呼んでいると早速予約。

208_163 丸亀コミュニティバス

最後に行った広島からの船は17時1分着。ホテルに向かう路線(この表示の行き先とは異なるが)の出発時刻は17時2分。急いで船を降りて、桟橋を駆けてバス亭に向かうが来る気配無し。先に行ってしまっただろうかと心配成り掛けた頃、バスはやってきた。

208_187 本日の夕食

瀬戸大橋を望むホテルのテラスで、開催されていたビアーガーデンで夕食をとった。バイキング形式で、味はなかなか良かった。

これは一杯目の写真なので綺麗に並んでいるが、ビール進むうちに盛り付けは大変な事に・・。

期待していた瀬戸大橋を渡る列車の方は、残念ながら余り確認出来なかった。

| | コメント (0)

2008年8月19日 (火)

讃岐広島郵便局

 丸亀のフェリー乗り場では、ハの字型に右手に広島行き、左手に本島行きのフェリーが並んでいた。乗り間違えないよう慎重に確認して広島行きに乗船。

 船は定刻の15時10分に出発し、湾内を抜けると多数の島々が見えてきた。さすが瀬戸内海だ。島影と地図を照らし合わせながら、島名を確認していくが島が多くて今一つ判らない。そして瀬戸大橋も見えた。デッキで潮風に吹かれながら、そんな眺めを楽しんでいたら、アッと言う間に40分が立ち、15時50分に島に着いた。窓口終了まで10分!急がねば・・。

 この島の船着場は集落の外れに有り、前もって準備した地図を参考に平坦な海岸線に沿った道を、左手進んで行く。集落の入り口を右に曲がり、1本目を左に折れると郵便局は有った。船を降りて5分程だった。

208_175 讃岐広島郵便局

局は海岸線より1本内側に入った道に面していた。

光線の加減で、歩いて来た方とは逆の方から撮影。

208_178 集落の入り口には・・

島内の人は郵便局の場所は皆んな知っているはずだ。船着場から歩いて来て、目立つ場所にこの看板が有るということは・・。

島外利用者や旅行貯金目的に訪ねる人が多いと言う事だろうか。

島の郵便局で、このような看板は珍しい。

208_185 帰りは客船で

船会社の時刻表を見ると、客船と書かれているが、船は高速船に近い形だ。

航路は、丸亀を出て讃岐広島を経由して小手島・手島と向い(一部は讃岐広島折り返し)、フェリーと客船の2船で運行されている。

| | コメント (0)

2008年8月18日 (月)

丸亀に向かう

 男木島からの船は高松港に13時40分に到着し、駅前広場を横断し予讃線乗り場に向かう。改札に入ると、予定より1本早い13時43分発の「快速サンポート」の出発案内が流れていた。1本早い列車で行くか構内にある立ち食いの讃岐うどん店行くか、迷っているうちに快速が出ていてしまった。そしてうどん店に。なかなか美味しかった。

 食べ終わると、予定していた快速まで20分も有る。ホームでブラブラしているのも・・。と思い、目の前にいた各駅に乗って列車の終点坂出まで行ったが乗り心地が硬い。坂出駅で、快速に乗り換え丸亀駅に到着。

 船の時間まで30分以上有ったので、駅前に有る明日借りる予定のレンタカー会社に立ち寄り、明日すぐ乗りたいので、「今、手続きしてもらえないだろうか」と頼み、支払いまですました。

 駅から港までは住宅街を歩いて5分だった。

| | コメント (0)

2008年8月17日 (日)

男木島・男木郵便局

 男木島(おぎしま)は、のんびり散策した女木島と大違いで、この島の滞在時間は20分しかない。女木島郵便局の方の話だと、その時間で郵便局まで往復するのは無理との事。しかし12時40分に着いて折り返し13時の船に乗らないと、今回の行程が崩れてしまう。

 まず、船が島に近付き島を観察すると、なんと集落が斜面に立っている。と言うことは坂道を走るという事か。難儀だな~。そして船上から局を探す。先程の郵便局の方の話だと、船から見えるとの事だが、それらしい建物は二つ。一つは国旗がはためいている青色の屋根のふちどりをされた鉄筋の建物。もう一つは集落中腹の右手の民家とは色合いが違う白い建物。どっちか判断がつかない。しょうがない。船を降りたら正面の鳥居をくぐって坂を登り、鉄筋の建物を覗いてみる。違ったらその先を右に折れてもうひとつの候補の方に向かおうかと思った。

 船は定時の12時40分に着き、「時間が無い。迷ったら終わりだ」と自分に言い聞かせて、郵便局目指して走った。そして最初の候補の建物はコミュニティーセンターだった。はずれだ。さらに坂を登って右に。そうすると島の人とすれ違った。局の場所を尋ねるとこの先との事。暫く進むと狭い路地の先に郵便局発見。船降りて5分。これなら13時の船に間に合うと思いホッとした。

208_150 見えた!

黒塀の先に郵便局発見。迷わないで無事たどり着く事が出来た。

208_154 男木島郵便局

こうやって、下から見上げると急な坂道の途中に立っているのが判る。

郵便局の場所の地図ですが、正確な場所を示している地図が見当たりませんでしたので、今回は掲載しておりません。

208_160  男木島の集落

石垣の隣、右手の庭に2本の木が植わっているのが郵便局。

| | コメント (0)

2008年8月16日 (土)

女木島郵便局

 神社を後にして、保育所に向かって歩いて行くと、小学校の先の反対側に郵便局を見つけた。すんなり行けば港から5分位だろうか。ただ集落を抜けると判りにくい。浜から行った方が無難かも知れない。

 郵便局では丁寧に応対してくれて、先ほど訪ねた神社の事も伺う事が出来た。そして、郵便局を後にして浜に出て、海水浴場を眺め夏だな~と実感。港に戻り、「鬼の館」を駆け足で眺めるともう時間。この島は見どころが多いと思いながら次の男木島に向かった。

208_140 女木島郵便局

さっき訪ねた神社の事を訪ねた後に、この次に男木島に行くと話すと、住宅明細地図で詳しく説明していただけた。島民の親切さを感じた郵便局だった

| | コメント (0)

2008年8月15日 (金)

女木島

 女木島(めぎじま)は、桃太郎伝説の「鬼が島」として今売り出し中の島。船の行き先表示も「鬼が島」と書かれ、JTBの時刻表にいたっては、女木島とでは無く、「鬼が島」として載っている力の入れよう。この島の滞在時間は50分。郵便局だけ行って戻って来るのでは勿体ないので島を散策する事に。

 鬼ケ島洞窟に行って、きびだんごを食べる事も良いかなと思ったが、そこまでは時間が無いので、集落の風景を楽しむ事にした。船着場から左手に歩くと、高松駅前のサンポート周辺のビル郡がはっきり見える。高松港から一番近い離島だけの事は有るなと思った。オオテと呼ばれる季節風よけの石垣から集落内に入り、ぼちぼち集落が終わって、山の入り口付近に神社が有った。何気なく石段を登り、蝉の大合唱の境内に進み、お社を見て驚いた。多くは舞台はお社と離れて置かれているのだが、ここはお社内に舞台が有るのだ。すごいと思った。

208_147 オオテ

高松港と対面する集落には、オオテと呼ばれる季節風を遮る石垣が立ち並ぶ。高さが4m近いと言うから、1階部分を覆いつくす感じだ。更にオオテから中に入ると、道が鍵状になっており、集落に季節風や海水が入らないように成っている。

208_138 住吉神社

拝殿の脇に舞台が見える。この形式は小豆島が神社が有名だが、ほかの島でも有るんだと思った。

お祭りは、男木島と交互に開催され今年は男木島に成る。ちなみに女木島の方が荒々しく勇壮で、最後におみこしを海に入るそうだ。

208_132 島の案内人

洞窟までの道しるべとして建っており、キロ数が入っている。これ以外にも案内看板が有って歩き易かった。

 

| | コメント (0)

2008年8月14日 (木)

雌雄島汽船

 高松港に戻り、今度は大島と向かい合っている女木島に向かう。船(フェリー)は通常1隻で運航されているが、海水浴シーズンの8月1日から20日までは、高松から海水浴場が有る女木島間で臨時便が運行され2隻運行と成る。この2隻運行により、郵便局を効率的に廻る事が出来るので、今夏の局巡りは、ここに成った次第。

208_112 めおん

普段は予備船だが、夏場は臨時船として、高松・女木島間を運行する。ペンキで書かれている行き先には、女木の先に男木島と書かれているようで、布で隠されていた。

016  めおん2

 普段運用されている「めおん2」の横っ腹には、女木と男木をイメージしたイラストが描かれていた。

| | コメント (0)

2008年8月13日 (水)

大島・千歳簡易局

 大島はハンセン氏病の国立療養所大島青松園の有る島だ。それだけに島での行動は慎重に動いた。

 島に上陸すると、夏祭りの準備中で、その脇を抜けて「郵便局はここだろうと」と予測していた管理棟に向かった。しかしそこには局が無かった。そうなれば、購買棟付近かと向かうと、その斜め向かいに局を見つける事が出来た。貯金を済まし桟橋に戻った。

208_115  千歳簡易局

療養所の簡易郵便局は、青森から沖縄まで全国各地に有る。この局で全国の療養所内の郵便局を廻りきった。

療養所内の局の特色としては場所が判りにくい事だった。

208_119 夏祭り準備中

祭りは今夜だろうか。手作りの看板が並び、賑やかに何貼りものテントが並んでいた。

| | コメント (0)

2008年8月12日 (火)

大島行きの船

 再び高松駅に戻り、レンタサイクルを返却し桟橋の待合室に向かった。「さ~てと今日の日程は・・」と、リュックを覗くが行程表が入っていない!いくら探しも無い!どうやら家に置いて来てしまったようだ・・トホホ。仕方が無い。もう一度行程表を作るか。記憶を頼りにコースを書き、船会社に電話して船の時間を確認して行く。そうこうしていると、最初に行く大島の青松園の軽ワゴンが目の前を走って行く。それを目で追って行くと桟橋の突端近くで荷物を降ろし始めた。「船の乗り場はそこね」と確認し歩いて行くと、程なく船がやってきた。

208_125 大島を結ぶ船

手前の小型船が「まつかぜ」。奥が「せいしょう」。療養所の船だけに奥の船はベットごと乗せられる。

航路は、高松と庵治から出ている。

本日1万アクセスを超えました。昨年3月に開設以来1年5ヶ月で総アクセス数が5桁に成るなんて驚きです。本当に多くの方々に見て頂き有難うございます。感謝申し上げます。そして、これからもお付き合いお願いします。

| | コメント (0)

2008年8月11日 (月)

さか枝

 「さか枝」に着くと、ちょうど地元の人が店に入って行くところだった。慌ててついて行く。この店は完全セルフ店で、以前来たと言っても数年前で覚えていない。前の人の見よう見まねで進んで行く。うどんを頼むところで迷っていると、前の人は会計を済まし、さっさと席に。そして私はどんぶりをもって右往左往。見かねて店の人が手助けしてくれた。

208_104 さか枝

無事完成した讃岐うどん。

美味かったな~。

| | コメント (0)

2008年8月10日 (日)

高松のレンタサイクル

 夜行バスは定刻の7時に高松駅前に着いた。今日最初に行く大島に向かう船の時刻は9時10分発。2時間も有る。まずは駅前をブラブラしながら駅を観察。その後、以前嫁さんと高松に来た時に食べて、感動的に美味かった讃岐うどん店の「さか枝」に行こうと思い駅の地下に行き1日100円のレンタサイクルを借りた。

 自転車に乗るのは5年ぶり以上だ。最初は、久しぶりに乗ったせいか上手く重心がとれず、おっかなびっくり。あざの一つでも作りそうな感じだったが、暫くのると何となく勘を取り戻して良い感じに。もうひとつ勘が鈍っていたのが、向かった先だった。栗林公園の方に行かなければ行けないのに、気が付いたら高徳線の踏み切りが見えてきてビックリ。西の方に進んでいた。

208_109 高松市レンタサイクル

讃岐平野が広がる高松周辺は、比較的なだらかなので、郵便局巡りにも活用できそう。

| | コメント (0)

2008年8月 9日 (土)

JRバス 高松行き

 今回利用したのは、JRバス関東とJR四国バスが共同運行している「ドリーム高松」。この路線は、1989年(平成元年)の鉄道記念日に開業し、今年の秋に20周年を迎える老舗路線だ。歴史が古いがだけあって、路線の変遷も数知れず。大きな変更だけでも、JR四国初の夜行路線として瀬戸大橋経由で開業したの後、松山延長に成り「ドリーム松山 高松」(今でも現存)と名称変更し、明石海峡大橋開通に伴う路線変更後に、徳島経由の「ドリーム徳島 高松」が出現し2本体制に成った。その後、徳島経由は阿南行きに変更に成り、「ドリーム高松」は香川県内直行路線に成り現在にいったっている。数えると大きな変更だけでも4回、それに東京側の発着場所の変更や香川県内の停留所の変更を加えると数知れず。これだけ変化の激しい夜行バス路線は無いと思う。

208_101 ドリーム高松

行きはJR四国バス(写真の車両)、帰りはJR関東だった。一概には言えないが、JR四国の方が飲み物のサービスやシートが良かった。座席は3列シートだが、A・B席間の通路が狭く出入りしずらいので、C席がお勧め。

| | コメント (0)

2008年8月 4日 (月)

四国に行くには、夜行バス又は飛行機?

 今日は、郵便局廻りで現地迄の行き方の話を書いてみようと思う。

 単刀直入に言って選択のポイントは二つ。まず郵便局の開く9時までに現地に着いている事が望ましい。次にコストの問題だ。

 そこで、東京から九州行くなら当然飛行機利用。関西に行くなら夜行バス又は大垣夜行利用に成る。その真ん中の中国・四国地方は・・。微妙だ。

 まず中国地方の広島に行く場合は、夜行バスだと乗車時間が11時間から12時間で、通常料金1万1600円、早割で1万440円。しかし飛行機利用だと、少し早いが羽田6時50分発の全日空の朝一便利用すれば8時10分には広島に着き、空港のすぐそばから高速道路を利用出来て、旅割利用で1万2100円だ。そうなれば飛行機の方に軍配が上がる。

 では、肝心の四国はと言うと飛行機の時間が悪い。高知行き初便の現地到着時間が10時過ぎと言うのは論外だが、松山・高松・徳島の各空港に初便が着く時間も、8時30分過ぎで、空港周辺の局からのスタートに成る時間だ。一方の夜行バスは、乗車時間が10時間以上と時間はかかるが、比較的早朝に着き、局の始まる時間まで余裕が有るのが魅力だ。その為、四国の郵便局を廻った時は、愛媛県は松山空港利用で飛行機、それ以外は夜行バス利用が多かった。そして、今回も船の時間を考えると、夜行バスしか選択肢が無かった。あと、夜行特急「サンライズ」も有るが、お値段が・・・。

 それでは、いよいよ明日(5日)の夜出発だ。今回はどんな風景に出会えるかと思うと、今からワクワクして来る。次回は帰って来た後8月9日頃に。

| | コメント (0)

2008年8月 3日 (日)

難儀したコース作り その2

 昨日の船の時刻を見ると判るように、これらの島を効率良く行くのは難しい。一番難易度の高い1日1便の伊吹島に行く船を中心に行程を組んで行くと、伊吹島に行った日に、ほかの島にも渡ろうとすると、行ける島は限られてくる。

 まず、船の時刻と完全に重なる高見島との組み合わせは不可能だ。次に広島は、車で飛ばせば15時10分の船に間に合いそうだ。本島も朝一番の船なら行けそうだ。粟島も行く前又は行った後に組み込む事も出来る。と成ると、組み合わせパターンは、

  • A案 本島 → 伊吹島 → 広島
  • B案 粟島 → 伊吹島 → 広島
  • C案 本島 → 伊吹島 → 粟島

の3パターンしかない事が判る。

次に残った二島をどう組み込んで行くか。

 1回目の初日は、高松周辺の大島・女木島・男木島を廻る予定。ちなみに2回目は、新居浜市の大島と、翌日に今治沖に浮ぶ大下島と、北条沖の安居島に行く組み合わせで考えている。この行程の中での空き時間に、上記の2島を組み込もうとすると、まず高松周辺を廻りきるのが13時40分。この時間なら、もう1島行くのも可能かもしれない。車移動も良いのだが、港から高速の入り口まで遠く市内の混雑も有る。レンタカー代よりはるかに安くて、確実な予讃線利用の移動で行くと、丸亀駅14時38分到着の「快速サンポート」の利用が可能だ。丸亀駅から港までの移動時間は5分。ならば15時10分発広島行きは充分間に合う。そうなると、翌日の行程はC案で決定だ。

 残った高見島は、2回目の初日、新居浜市の大島に行く事が自然と決まった。

 しかし、これ以外にも行程は無いものかと探ってみたが、新居浜市の大島がネックに成った。この島は船便の数が有るが、しかし実際に局巡りに適した便は少ない。さらに船乗り場の最寄り駅、多喜浜駅は各駅しか停まらない上に移動に時間がかかり、これ以外の行程は見つからなかった。

 

多喜浜駅から、船乗り場(緑ピンが立っている場所)は結構離れており、バス又は車で行くしかない。

| | コメント (0)

2008年8月 2日 (土)

難儀したコース作り

 昨日書いたように今回はコース作成で難航した。新居浜市の大島に渡る航路と、夏季海水浴ダイヤで増発されている男木島・女木島は、ほぼ1時間おきに運行されており、コース作成上問題は無かった。しかし残り8島に渡る船の本数が少なく、郵便局のやっている時間に渡ろうとすると、本数が1便から4便程度とかなり縛られてしまう上、それぞれ運行時刻がお昼前後に重なっており、組み合わせるのは容易では無かった。そして海上タクシーの利用も考えたほどだった。

  • 本島
  • 丸亀         本島         丸亀
  • 7:40     8:15  9:40    10:10
  • 10:40   11:15 12:35    13:05
  • 12:10   12:30 14:15    14:35

  本島の郵便局に行こうとしたら上記の3便だけだ。15:30丸亀発も有るのだが、到着が16時5分で、16時を過ぎてしまい使えない。

  • 広島 (江ノ浦に讃岐広島局)
  • 丸亀        江ノ浦         丸亀
  • 09:25     10:05 10:45      11:06 
  • 11:10     11:32 12:45      13:25 
  • 13:30     14:10  14:15       14:55 
  • 15:10     15:50 16:40        17:01  

こちらは、15時の便が10分発なのでなんとか間に合うので、有効本数は4便。

  • 高見島
  • 多度津港    高見島        多度津港
  •   09:05   09:30  10:25     10:50
  •   14:00   14:25  15:50     16:15 

こちらの航路にいたっては有効本数がたったの2本。高見島の沖合いに有る佐柳島にも簡易郵便局が有ったが、今年1月に一時閉鎖に成っている。

  • 粟島
  • 須田港        粟島        須田港
  •  9:05    9:20  9:30    9:50 
  • 10:45   11:00 11:15   11:30
  • 12:35   12:50 14:30   14:45 
  • 15:05   15:20 17:05   17:20

粟島に向かう航路は、予讃線の詫間駅から徒歩約20分の宮下港から出て、志々島を経由して粟島に向かい、そして再び四国本土の須田港に行くルートだ。粟島に向かう場合は、須田港から向かう方が利便性が良いので、その部分を抜粋して記載してみた。

なお志々島にも簡易局が有ったが、今年の4月に一時閉鎖に成っている。

  •  伊吹島
  • 観音寺港      伊吹島      観音寺港
  • 11:20    11:45 13:30    13:55

伊吹島に向かう船は1日4往復有り、これ以外にも伊吹島を9時に出る便や逆に16時5分に島に着く便も有るのだが、残念ながら微妙に郵便局の開いている時間にかみ合わず無理だ。局の開いている行こうとしたら、使えるのはこの1便しかない。

ま~あご覧のようにかなり手ごわい。荘内半島の反対側に有る伊吹島を除き、本島・広島・高見島・粟島は15km四方の範囲に収まり、陸上局なら難なく1時間程度で4局廻れる範囲だが、船の時間がかみ合わずに、たった4島4局に行く為に1日以上の時間は必要に成る。

| | コメント (0)

2008年8月 1日 (金)

今年の夏は

 いよいよ夏本番。今年夏休みはどこの局を目指そうか。行きたい局はいっぱい有るけど・・。

 最初の予定では、例年通り8月第二週の8月5日~7日の3連休を取って、上五島と佐世保周辺の島々の局を廻る事を考えていた。しかし、8月3日~4日で出張が入ってしまった。出張の後に夏季休暇3日間取るのは、仕事が溜まってしまいチョッと厳しい。

 そこで考えたのが、夏休みを前半と後半に分けて2日間づつ取る案。そこで局巡り2日間プラスアルファで考えたのが・・。

前日の夜に飛行機で新千歳に着いて、札幌から夜行バスで稚内に向かい、朝一のフェリーで利尻島に渡り、午前中に利尻を廻り、午後サロベツ原野に点在する最近簡易局に降格に成った局たちを廻り、翌日は羽幌から天売・焼尻を廻る案。コースはまあまあ満足出来たのだが、肝心なマイル特典の無料航空券が取れない。

次に、隠岐4島を巡る案。隠岐に行くなら、普段お世話に成っているユースに立ち寄りたい。そうなれば、現地での足を考えて東京から車で行きたい。東京から米子迄の高速の通行料金は、ETC利用で深夜に走っていけば、今1万円を切りかなり魅力的だ。しかしガソリンの高騰で、往復2万8千円以上する燃料代は痛い。ガソリン代が下がるまで見送るか。

そして、宮城県の牡鹿半島の左右に点在する江ノ島・出島・田代島・網地島はどうだろうと検討してみた。ここは江ノ島・出島の船の時間が悪く、下手すると島に半日近く拘束される事に成る。真夏にやる事も無く島に半日も居たら日干しに成ってしまう・・。しかし、田代島・網地島のダイヤを見ると夏ダイヤが設定されていた。「そうか海水浴を楽しめる島では臨時ダイヤが有るか。臨時ダイヤが組まれている島は、ほかに何処に有るだろうか」と探すと、香川県高松市沖の瀬戸内海に浮ぶ男木島・女木島が引っかかった。

男木島・女木島を軸に、夏だからこそ組めるコースを作って廻る事にした。そして目指したのが上記2島の他、大島(香川県)・本島・広島・佐柳島・粟島・伊吹島・大島(愛媛県新居浜市)・大下島・安居島の高松から北条にかけて点在する11島を計4日間で廻る事にした。しかし、船ダイヤが大幅に変更に成り行き難く成ってしまった大下島、郵便局廻りにはお昼の便を利用するしかない伊吹島、さらにその上を行く水曜日以外は日帰り訪局が難しい安居島など、船の本数が少ない上にダイヤ上の制約が多い島が多くコース作りには困難を極めた。

| | コメント (0)