西海の島々を行く

2008年12月31日 (水)

今回のコースを路線バスで・・・

九州には路線バス乗り放題のチケット「SUNQパス」が発売されている。今回訪ねた長崎県だと「北部九州3日間」が適用になり、東京で購入すると6,000円。高速バスも利用出来るので、お得なチケットだ。

さて、このチケットを利用して、今回のコースを廻れないかと考えてみた。

西肥バスのホームページからバスの時刻を確認した所、訪局行程初日の難関箇所の鷹島からのフェリーが到着する御厨から度島行きの船が出る平戸桟橋の接続は、タイミング良く、御厨13時42分発平戸桟橋14時16分のバスが有るのでバッチリである。次に翌日の平戸からのバスであるが、こちらも特急バスが平戸桟橋を11時出る便が有る。このバスに乗れば佐世保駅には12時18分に着く。しかし、佐世保港から池島行きの船の利用を考えた場合、高速船が12時15分発なので残念ながら僅かな差で間に合わない(この後の便は池島着が16時)。したがって最後に行く島を、池島から隣の松島か佐世保の黒島に変えれば、路線バス主体で2日間で5島廻る事は可能である。

後は、鷹島と的山大島の複数有る郵便局間の移動手段の確保がネックだが・・。

このバスで廻るコースを組んでいたら、路線バスで廻るのも良いかもしれないと思った。

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2008年12月30日 (火)

池島

港から郵便局までバスで5分だった。郵便局を出ると帰りの船まで時間はたっぷり有った。ならば港まで歩いて行こうと・・・。

Photo_3 ネクストステージ

郵便局を後にして、港に続く下り坂を歩きながら、これで長崎の訪ねていない離島も、佐世保の黒島、壱岐、そして五島列島の上半分になったなと考えいると、郷集落の先、海の向こうにはうっすらと島影が・・。地図から判断すると五島列島の中通島だろうか。「あの島が私を招いている!」と一人思った。

Photo_4 製炭工場跡

池島は炭鉱の島だった。いつ頃まで炭鉱が操業していたんだろうと調べて見ると、驚いた事に平成13年11月まで掘られていた事を知った。21世紀に成っても、九州で石炭の産出をされていた事を知り衝撃を受けた。

Photo_5 冬の日差しの中で

今回は車移動が多かった事も有り、島猫との出会いは少なかった。最後に池島港の船着場で出会ったネコの写真を・・・。

かなり近付いて撮ったのだが、人なれをして動じない様子に、島民に可愛がられているんだな~。

 この後、瀬戸港に戻り、車のダッシュボードに通帳を発見して一安心。長崎空港に向かうには、大海原を望むながら進む国道202号線を行くか、最短距離なら先ほど走って来た道をハウステンボス近くまで戻り、大村線沿いに国道205線を行くか悩んだが、今日は天気も良くうっすら五島列島も見えるので前者を選択し、長崎市内を通り空港手前のレンタカー店には、日も暮れた6時少し前に到着し、東京行きの最終の全日空便で帰って来た。

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2008年12月29日 (月)

池島郵便局

 池島には13時40分に船が着いた。港を上がった待合所の前にバスが停まっていた。いや正確に記すると、バスではなく10数人乗りのワゴン車だった。この車で良いのかなと少し戸惑いながら、運転手に「郵便局行きますかと?」と、声をかけて乗車した。バスは走り出すと右手にショベルカーで壊している炭鉱住宅をかすめ、人気の無い炭鉱住宅のロータリーを通り、炭鉱開発が始まる前から有ったと思われる古い住宅地を経由し、坂を登った郵便局が目の前のバス停に着いた。これで今回の5島8局に及ぶ郵便局も無事終わりだなと、少し安堵感を感じながら郵便局に入った。しかし・・、リックの中を散々探したが肝心な通帳が無い。前回池島に渡れなかった件と言い、今回の件と言い、どうも池島には呪われているような気がする。仕方なく予備通帳で貯金を果たして事なきをえた。

Photo_2 池島郵便局

池島は港がある低地の部分と、小中学校が有る高台の部分に分かれている。郵便局は坂を登りきった交番の角を曲がった所に有った。

郵便局の奥には商店街が並んでいた。しかし、炭鉱が閉山した今、島の目抜き通りは、残念な事に営業している店は無く、ゴーストタウンと化していた。

船着場が上記の地図では、湾の奥に成っているが、実際はもう少し上の方に着く。

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2008年12月28日 (日)

池島に向かう

 平戸港に10時40分に戻り、今度は佐世保の先の西海市の池島を目指す。ルートは平戸大橋を渡り右折し、国道204号線から妙観寺トンネルを経由で、佐世保駅前を11時45分に通過。その後、西九州自動車道を1区間大塔まで利用して、再び一般道に入り西海橋の旧橋(無料橋)を12時ちょうどに通過し、西海市の大瀬戸郵便局の際の市営駐車場に12時25分に到着した。

 実は池島は今春行く予定だったが、嵐と伊王島・高島に渡る船の欠航で行く事が出来なかった島だ。それだけに思い入れも有る。そして今回のリベンジと成った。

Photo_15 瀬戸港の西海商船の待合所

全回、ここを尋ねた時は池島には渡れなかったが、正面に浮ぶ松島には渡る事が出来た。その時、この港周辺は市営の契約有料駐車場が多く、一般車の駐車するには、ここから10分近く離れた大瀬戸郵便局脇の市営駐車場(1時間80円)しか無い事を知った。

 

Photo フェリー「西海」

帰りに乗船した西海沿岸商船の船。今日の午前中に利用した美咲フェリーと高年齢の船で、同じく各所にお疲れの様子が目立つ。ちなみに就航は昭和55年。今年でおんとし28歳。

今、日本国内で昭和の時代に建造されたフェリーに乗れるのは貴重な体験で、現役船の中では、日本最古参の部類に入ると思う。

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2008年12月27日 (土)

的山簡易局

 大島郵便局で貯金を果たした後、島内のもう一つの局、的山(あづち)簡易局に向かう。この間の移動時間は、レンタカーでわずか13分。

 しかし今回コースを組む上では、この区間の移動が一番の難問だった。この区間の移動の足が確保出来れば、島までフェリーに車を積んでくる必要が無く、航送料と人だけの乗船料の差額4,000円以上が浮く。そこで色々と考えてみた。まずは旅館で送ってもらう方法。島には数軒の宿が有ったが、いずれもダメだった。

 次に海上タクシー。昨日最後に訪ねた度島(たくしま)には平戸からのフェリーは15時過ぎに着いた。そこで貯金を済ました後、上タクシーで的山大島の神浦に移動する手。度島から神浦の距離はさほど遠くなく16時に着く事は可能だと思い、海上タクシーに電話をし料金を尋ねると7,000円との事。う~んチョット高い。

 最後に島内のバス会社に電話してみた。しかし神浦から出る時間は9時少し前の回答で、神浦で貯金する時間が確保出来ない。しかも島内にはタクシーは無いと言う返事。万策つきた。仕方ない。「フェリーに車に積み込むしかないか」と諦めた次第。

 しかし、旅館に張り出されているバスの時刻表を見て愕然とした。なんとバスの時間が、この春から変わり神浦を出る時間が9時5分・的山到着9時25分に成っていた。なんてこった。昨日のタクシーと言い、どうも島内移動が上手く行かず高い船の航送料を払う結果に成っている。

Photo_11 的山(あづち)簡易郵便局

全国には難読な郵便局名は多い。さすがに的山と書いて「あづち」と読ます程の難解な地名は数少ないと思った。

地面の感じからして、昨晩は結構雨が降ったようだ。しかし青空が広がってきた。今日も良い天気に成りそうだ。

Photo_12 フェリー美咲

平戸から的山大島に行くには、市営船と美咲フェリーの2社が運航している。平戸の乗り場は一緒だが、的山の乗り場は多少ずれている。局の前から乗れるのが市営船。少し神浦に寄った場所から乗るのが美咲フェリーに成る。今回は時間の関係で、行きは市営船、帰りはフェリー美咲を利用した為、往復料金が適用に成らず、往復で航送料が5,600円かかってしまった(痛かった)。

船はダンプ1台と、私の車入れて乗用車が2台、そして数人の乗船客を乗せて平戸に向かった。これじゃ赤字だよなと思った。

地図の船着場は、両方の船の中間地点に有った旧乗船場所を示している。

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2008年12月26日 (金)

大島郵便局

 キャンプ場で景色を堪能した後は、今朝ほど旅館の目の前の見えていた大島郵便局に向った。

Photo_9 大島郵便局

朝日が眩しく、良い構図の絵は撮れなかったのが残念。

Photo_10 神浦(こうのうら)集落の朝

郵便局から1本内陸に入った道沿いには、昔ながらの街並みが広がっていた。

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2008年12月25日 (木)

的山大島

せっかく車で来ているのだから、島の中を散策して見ようと8時過ぎに宿を後にして、島の東端の大貫キャンプ場に向かった。

Photo_7 大貫キャンプ場

島の東端の大貫キャンプ場には、芝生が広がっていた。この景色は、隠岐の西ノ島の景勝地の摩天崖に似ているなと思った。

Photo_8 これも又良い眺めだ

芝生広場の近くに展望台に続く道が有った。さっそく上ってみると、先程と反対側の景色が広がった。こちらなかなかの眺めだった。

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2008年12月24日 (水)

的山大島の宿

 フェリーを的山大島(あづちおおしま)の神浦港で降りて、港に面した旅館に向かう。もう外は真っ暗の上、外灯も無い岸壁沿いの道を海に落ちないよう慎重に車を進めて、宿に到着した。

Photo_3 美味かった~ 夕食

島に宿泊した時の一番の楽しみは、なんたって夕食。しかし的山大島の宿の情報は、インターネットを始め、色々と調べたが今ひとつ判らなかった。最後は勘を働かしての宿選びに成った。

 そして勘は当たった。ご覧の様に、いさきの焼物、地魚のさしみの3点盛り、湯引き、鯨ベーコン、青いか、海老の刺身、お茶づけ、ホタテの揚げ物と、ところ狭しとテーブルをかざる夕食に。この宿で正解だったと心から思った。

Photo_4 今日のナンバーワン

写真の奥に写っている鯨ベーコンを始め、どれも新鮮で美味しく甲乙付けがったが、島の郷土料理と言うことで、このお茶漬けをナンバーワンに。そして今宵もビールは進んだ。

これで、1名1部屋1泊2食7,500円(税込み)は安い。

Photo_5 朝、窓を開けると・・・

部屋の窓を開けると、眩しい朝の光が差してきた。今日も良い天気だな~、あれ、地面が濡れている夕べ雨が降ったのかなと、外を見渡すと正面に大島郵便局が・・・。そう言えば昨夜も遅くまで局に灯りがつしていた事を思いだした。

Photo_6 昨晩怖かった道

昨晩、宿に向かう時に通った道。外灯も無く、真っ暗な中、ガードレールも無く岸壁沿いに進んだ。しかも、おじさんが立っている辺りに、車が停まっており、どこまで左に寄せて良いのやら・・。ハラハラドキドキの岸壁の道。

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2008年12月23日 (火)

平戸にて

 乗ってきたフェリーに再び乗船して平戸桟橋に戻ってきた。次は度島の後ろに浮ぶ的山大島(あづちおおしま)に向かうのだが待ち時間が50分有った。薄暗くなってきたが、ちょっぴり観光を楽しもうと、平戸桟橋からも見える平戸カトリック教会に向かった。

Photo_10 平戸カトリック教会

(聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂)

均整のとれた形とデザインが素晴らしいなと感じながら、夕焼け空に映える聖堂をしばし見上げた。

そして聖堂内に入ると、観光客の立ち入りは正面入り口付近に限られていた。観光と宗教のバランスの難しさを感じた。

この記事を書いている今日は12月23日。つまり明日はクリスマスイブだ。年内に今回の旅行記書き終えるかな・・。とチョット心配。

Photo 教会の庭から

教会の庭から平戸の港を見下ろすと、お寺が見えた。この構図どっかで見たような気が・・。思い出して見ると、函館山から見た、ハリストス正教会・東本願寺・函館港の景色を浮んできた。

 そして、どちらも似た雰囲気を持つ街並みに気が付く。

Photo_2 スマイルムーン

的山大島行きのフェリーに乗り、デッキから平戸の町を振り返った。

素晴らしい夜明けの景色から始まった今日の日の光も、見事な夕焼け空を残して、ゆっくりと沈んでいった。そして空には数年に一度の金星と木星が月とかなでるスマイルムーンが。しかし、よく見るとウインクしているような片目だ・・。

(写真をクイックして下さい。拡大出来ます)

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2008年12月22日 (月)

度島簡易郵便局

平戸から度島簡易郵便局の有る度島の本村までのフェリーの所要時間は、飯盛経由で45分。

Photo_7 度島(たくしま)本村地区

集落は、浜辺と一段上の丘陵部分に分かれて点在していたが、簡易郵便局は海辺の集落に有った。

森の中からすらっと伸びた黄金色に輝く銀杏の木が目を引いた。後で見に行きたいと思う。

Photo_8 度島簡易郵便局

船を降りて、左手に進むと程なく簡易郵便局が現れた。

長年、海風に当たり痛々しい姿に成った電話ボックッスが、厳しい島の生活を語っているようだった。

Photo_9

目を引いたイチョウ

船上から目を引いていたイチョウを、簡易郵便局を訪ねたあと見に行った。黄色に染まったイチョウは立派で見ごたえ充分だった。近くに立つ案内看板を読むと樹齢300年と有った。

度島簡易局の位置は・・

船着場の位置は郵便局前ではなく、もう少し診療所側に寄った防波堤の中。

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2008年12月21日 (日)

度島に

 阿翁浦港から慌しく船に乗り込み、今朝素晴らしい夜明けの風景を見せてくれた御厨港に戻る。そして平戸大橋を渡り平戸桟橋に。

Photo_4 ちゃんぽん

御厨港から平戸桟橋までの移動時間は、レンタカーで約30分だった。度島行きの船の出航時間まで、まだ時間が有ったので、桟橋前の食堂で遅い昼食をとった。

数軒有った店から、ここが美味しそうな感じと選んだのだが、味は今一つだった。

Photo_5 竹山運輸

度島(たくしま)行きの船に乗り、デッキで景色を楽しんだ。船の煙突には、竹山運輸のマーク?が描かれていた。

Photo_6 飯盛港

度島には二つの港が有る。最初に着いたのが飯盛港。港という感じがしなかった。船はこの後、簡易局が有る本村港に向かった。

船着場の上に有る焼物釜を思わせるレンガ煙突が気に成ったが、見に行く時間は無かった。

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2008年12月20日 (土)

阿翁浦簡易郵便局

 鷹島の郵便局を出ると、時間はちょうど11時。島を出る船の時間まで1時間以上有る。せっかく来たんだからどこか見ていこうと思い、地図を広げると鷹島郵便局のそばに「鷹島歴史民族資料館」が有った。ここに行けば島の様子を知る事が出来るかなと思い、軽い気持ちで行ったのだが・・。凄かった。

 まず資料館の場所が判らず、隣接している公民館に声を掛けると、「今日は月曜日で本来は休みですがよか(良い)ですよと」案内されて、その方の後について資料館に向かった。館にたどり着くと、偶然にも資料館の女性職員の方がいられてラッキー。資料館に入ると、弘安の役(蒙古の襲来)を示す貴重な遺品の数々が展示して有った。「その遺品が何故ここに?」と、最初疑問を感じたが、職員の方の懇切丁寧な説明によると、その時の大嵐により蒙古軍の多くの船が、島の東側の近海に沈み、その海底遺跡から発見された遺品だそうだ。船の部品に限らず、船に積んであった多くの生活用具の品々など展示されており、その当時(800年前)の中国・蒙古の生活様式を感じ取る事が出来た。さらに元軍の青銅印まで展示されており、この資料館がただ者ではない事に気が付かされた思いだった。しかし、ゆっくり興味深く見ていると、時間の立つのはアッと言うまで、船の時間まで残り30分を切った。あと残り1局の郵便局に行かねばの思いから、後ろ髪を引かれる思い出で資料館を後にして、慌しく牧ノ岳史跡公園に立ち寄り、阿翁浦簡易郵便局に向った。

Photo_2 阿翁浦(あおううら)簡易郵便局

阿翁浦の集落に着いた時、出港まで15分を切っていた。局は見つからなかったが、ゆっくり探している時間は無かった。そこで、郵便配達している方に声を掛けると、ちょうど、これから局に向かうとの事。その方の後に着いて行くと、港から一歩奥まった位置に有った無事郵便局にたどり着いた。

Photo_3 牧ノ岳史跡公園

公園から、西側に広がる阿翁浦集落。そして鷹島に隣接する島々を望む。

方角が違うので、この写真には写っていないが、霞みながら壱岐の島も望めた。

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2008年12月19日 (金)

鷹島郵便局

 続いて行ったのが、鷹島島内3局有るうちの唯一の簡易局以外の郵便局(ややこしい言い回しだな・・)。ここはバスターミナル(ターミナルと言うほど大きくは無いが・・)の先、左折のイメージで進んでいったら、1本手前で曲がってしまい小学校が見えてきてしまった。しまった道を間違えてしまったようだ。そして引き返し、県道をもう少し進むと、反対側の路地からなんと!タクシーが・・。今日は島外に行っていたのでは・・・。愕然とした。そして、少し沈んだ気持ちで旧道との分かれ道を左に入ると、右手に郵便局が見えてきた。

Photo 鷹島郵便局

なんかピントが今一つの写真で撮れてしまった鷹島局。

2005年の国勢調査によると、島民は2,500人あまり。その島内に3局も郵便局が有るとは(うち2局は簡易局)凄い。それとも過疎化の表れなのだろうか。

今日15,000アクセスを越えました。本当に多くの方々に見ていただき有難うございます。又、繰り返し何回も訪ねていただいた方々に感謝いたします。10,000アクセスから4ヶ月で達成出来るなんて驚きです。これからもよろしくお願いします。

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2008年12月18日 (木)

三里簡易郵便局

 鷹島で一番最初に訪ねたのが三里簡易郵便局。船唐津港から、そう遠くない場所に有った。

Photo_14 三里簡易郵便局

島の中心部に向かって進むと、進行方向右手に有った。郵便局で預入作業をしてもらっている間に、船唐津港を後から出た路線バスが追い越していった。

Photo_15 島の路線バス

このバス路線は、島の背筋のように伸びる、船唐津から阿翁浦間の県道を、船に接続しながら走っている。郵便局3局も、総てこの沿線に有る。そこで、費用を安く上げる為に、車で渡らずに徒歩で渡り、島内はバスで移動するは出来ないだろうかと検討したが、阿翁浦は終点なのでOK、鷹島局は乗り継ぎバス停近くで時間も有るので大丈夫だ。しかし三里塚郵便局は預入中バスを待たしておく訳にもいかず却下となった。次にタクシー利用を考え、島に1台のタクシー会社に電話したが、この日は島内に居ないと言われたが、しかし・・・。

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2008年12月17日 (水)

鷹島

 再びフェリーを利用して、鷹島の船唐津(ふなとうづ)港に渡った。この島は来春に佐賀県唐津市肥前町と橋が架かり、離島で無くなる島だ。それならば橋が開通してから行けば良いだろうと言う考え方も有るが、そうなれば船のダイヤが変わる可能性が有る。つまり今まで青島・鷹島・度島と1日3島廻れたのが、ダメに成る可能性が有ると言う事だ。そこで、橋が架かる前の今のうちに行っておこうと思いった。

Photo_12 船唐津港

待合室は、奥の建物でまるでバス停のよう。乗船券売り場等は無く、手前のトイレの方がずっと立派な感じがした。

 

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2008年12月16日 (火)

青島簡易局

 島をひと回りして、時間も9時を廻ったので簡易局に向かう。この簡易局には、魚港から車で進んでいったのだが、道は狭く今回借りたコルトがやっとの道幅。局を抜けた先の学校の前の田んぼの曲がり角も狭かった。船着場からの1本道を歩いて来たほうが、判り易く楽だっと思った。

Photo_11 青島簡易郵便局 

 長崎県には色の付く島が多い。郵便局の有る島だけでも、昨年の今頃に行った五島列島の黄島(おうしま)、まだ訪ねていないが佐世保には黒島、そしてここ青島の3ヶ所も有る。郵便局の無い島だと、福江と黄島の間にも黒島が、又同じ五島では小値賀島の近くには無人島の赤島等が有る。

上記の地図は実際と船着場の位置と違っている。船は神社下に着く。

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2008年12月15日 (月)

青島

 船は数台の車とわずかな客を乗せて、約20分ほどで青島に到着した。青島での滞在時間は2時間以上有る。しかし郵便局はまだ開いていない。せっかく車で来たんだから、島内を走って見ようとまずは北部に進めた。

Photo_8 浜の風景

港と反対側の学校裏の宝ノ浜の風景。正面に今晩宿泊を予定している風車の島「的山大島」が望めた。

Photo_9 港の風景

南側の山から北側の山とその間の集落と港の風景を望む。遠くに見えるの島影は福島と鷹島。

Photo_10 集落と田んぼを望む

青島に伝わる伝説によると、青島は大昔は二つの島だったようだ。その島(山)の間の低地に集落と畑が広がる。

あくまで素人考えだが、地球温暖化による海面上昇が叫ばれている昨今、ツバルに限らず日本でも、このような両側が海に囲まれた低地では、異常気象等による高潮と相まって、浸水の危険があるではないかなとふと思った次第。

このように、地形図で青島を見てみると、両方の山の間に集落が広がっている様子が判る。

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2008年12月14日 (日)

御厨

 翌朝は5時50分に起床(早い!)、6時20分過ぎホテルを後にした。当然の事ながら外はまだ暗い。空を見上げると日の昇る方向がかすかに赤く色づいている程度だ。しかし車を進めていくと、佐世保方向に向かう車の列は途切れる事無く流れている。地方都市の朝は早いなと感じつつ、松浦市の御厨(みくりや)に向けて、最短ルートの国道204号線から皆瀬を右折して県道40号線に入り、妙観寺峠をトンネルで抜けようとすると、そこでチョットしたハプニングが・・。私は前を走る車の列に続いてトンネルに入るルートを進むのだが、カーナビはつづら折りの峠越え旧道を示している。仕方なく一旦旧道に入り、車を止めて地図で確認する。やっぱりトンネル経由の道の方が正しい。しょうがない~ナ。このカーナビあんまり信用できないと感じた。

そして、御厨港には所要時間40分で7時過ぎに到着。

Photo_4 御厨(みくりや)港

西九州の朝は遅い。7時過ぎに港に着いて早速撮った御厨港の朝の風景。良い感じの空の色だ。

Photo_5 乗船場

7時20分過ぎに朝日は、ゆっくりと桟橋の真正面から昇ってきた。日が昇り行動開始。まずは乗船場の後手にあるスーパーに行って、朝食のおにぎりを購入し、そのあと乗船手続きをすました。

Photo_6 フェリーが到着

鷹島や青島に寄港しながら、多くの高校生と少しの通勤客を乗せて7時35分に船が着いた。

この日はラジオによると、九州ではこの冬一番の寒さを記録した場所が多く、佐世保の最低気温は4度だったそうだ。その寒さで、フェリーの後方では海霧が発生していた。そして船員も寒そうだ。

Photo_7 ここをバックで・・

車の乗船開始に成り誘導が始まった。まずは乗船場から前進して赤い桟橋を渡り浮き桟橋に。ここで(トラックの止まっている場所)からバックで、手前に少し写っている白い桟橋から船に乗船。船の白い桟橋の手すりに車をぶつけないよう、海に落ちないよう慎重にゆっくりとハンドルを切って船に車を載せた。

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2008年12月13日 (土)

私とっての佐世保

 佐世保って私にとって憧れの町で、いつか訪ねて見たいと思っていた町の一つだった。まず日本離れした地名の音の響きが良い。それだけでは無い。遠くはるか昔から憧れていた気がする。何故だろうと、遠く記憶の糸をたどって行くと、小学校に上がったばかりの頃だっただろうか、今は亡き父親に弟と幾度と無く連れて行ってもらった一つの光景が浮んできた。場所は大井町駅近くの東海道線路際。横須賀線などが行きかう中、しばらく眺めていると、電車とはあきらかに違う列車の音が遠くから聞こえてきた。やがて機関車に引かれた寝台特急、栄光の1列車「さくら」が汽笛を鳴らしながら近付いて来た。青色の車体が目の前に現れ、大きな音を響かせる電源車、独特な窓配置が印象的だったA寝台、食堂車、そして長々とつななるB寝台車と走り去っていく。これだけでも魅力充分なのだが、さらに最後部のバックサインが桜色の光の中に浮ぶ「さくら」の文字がより強く幼心を印象付けた。この列車の目的地を父親に訪ねると、はるか九州の長崎駅と佐世保駅と教えてくれた。この時以来、心の隅でいつか佐世保に行きたいと思い続けていた気がする。

 そんな思いを抱いて訪ねた町「佐世保」、私の想像以上の魅力的な町だったなと思い、ホテルの床についた。

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2008年12月12日 (金)

佐世保ナイト

 教会でゆっくりした後は市場街を抜けてホテルに。部屋に入り、駅構内に有った観光案内所で貰った市内散策パンフレットを広げて、今夜は何を食べようかと思案した。しかし、なかなか決まらない。なぜなら、佐世保にはおいしそうな地元料理が多すぎるのだ。佐世保バーガー、ビーフシチュー、九十九湾で取れた牡蠣料理、お汁粉、レモンステーキと、みんな私を招いている。どう、どうしよう・・。散々迷った結果、食いしん坊な私の結論は、最初にレモンステーキ、その後ハンバーガー屋さんに立ち寄り、テイクアウトとして部屋で2次会と成った。    

 さ~あ、佐世保をさるく(歩く)ぞと、レンタカー屋さんに行き車を借りて、すぐホテルの駐車場に収めて、夕食に向かった。

Photoきらきらフェスィバル

まずは佐世保の冬の風物詩「きらきらフェスィバル」を見にメイン会場の一つの島瀬公園に向かった。噂通りの華やかな飾り付けに圧倒され、その後、直線距離日本一の四ヶ町アーケード(写真手前)に足を進めた。そこを行きかう人々の数は多く、久しぶりに地方都市の活気を感じた。この感じ、中野のブロードウェイみたいだと思った。

Photo_2 レモンステーキ

柔らかい豚肉の下は、ごはんに合う醤油ベースのタレが潜んでいた。肉とタレどちらも美味しく大満足した一品

Photo_3 噂の佐世保バーガー

ホテルまで持ち帰る途中で、崩れてしまい余り美味そうに撮れなかったが、パンは勿論、具の肉、卵、ベーコン何れもおいしく、今回一番感激した味だった。

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2008年12月11日 (木)

聖心天主堂

 九州本土の郵便局を廻っていた時は、1日に目指せ45局、出来たら50局を超えようと、緻密なコースを組み、1日中走り回っていた。ゆえに観光はほとんどしなかった。それだけに、いつか九州に来たらゆっくり観光をしようと思っていた。それが今回実現した。まず最初に目指したのは佐世保駅を出て、左手に空高くそびえ立つ聖心天主堂に。

Photo_9 聖心天主堂

真っ青な空にそびえ立つ白い教会。印象的だった。引かれるように階段を上っていくと、信者さん達が、クリスマスのイルミネーションの飾りつけの準備をしていた。

Photo_10 西日が祭壇に

教会の扉を開け、中に入るとハットと息を呑んだ。ちょうど西日がステンドガラスを通して祭壇を照らしていた。とても荘厳な感じがした。

私はキリスト教信者ではないが、イスに座り祭壇を見つめていると、不思議と落ち着いた気持ちに成ったのは何故だろう。

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2008年12月10日 (水)

みどりを観察する

 列車は終点佐世保駅に着いた。今日この後やる事は、ホテルでチェックインする事とレンタカーを借りるだけで、後は予定なし。したがって時間は有り余るほど有る。せっかくだから「みどり」を観察して行こうと思った。

Photo_6 かえる顔

この車両はJR九州初の特急車両として、デビューして20年が経過するが、古さを感じさせなかった。メンテナンスが行き届き、デザインが優れている証だと思う。なお、このかえる顔のライトは製造当初には無く、後に付けられたもの。

Photo_7 エンブレム

車体側面に付いているエンブレム。よくよく見るとSINCEの後の年号が、先頭車両は1990年、中間車両は2000年に成っている。何故だろう。そもそも博多・佐世保間の特急「みどり」が誕生したのが1975年7月。「かもめ」と併結でデビューし、需要の少ない佐世保編成の「みどり」はボンネットグリーン車を含む4両で構成され短編成特急のはしりになった。「かもめ」併結側は増解結が容易な先頭部分にも幌を内蔵した485系200番台が用意されたが、期待Photo_8 された幌の使用は無かった。       又、当初「みどり」は、新幹線博多開業と同時デビューのはずだったが、新幹線工事の遅れにより、長崎・佐世保電化の工事要員を新幹線に廻した結果、新幹線開業より3ヶ月遅れての運転開始に成った。

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2008年12月 9日 (火)

みどりを楽しむ

 しばらく列車を眺めた後、駅弁を購入して13時20分発の「みどり13号」に乗車。指定席を取り旧ビッフェ室が付いた車両に乗った。列車が走り出して「この編成の最後部は自由席だが展望の利く席だったよな」とふと思った。そして、駅弁・お茶・ジャンパー・かばんを両手にかかえて最後部の車両に移動。たどりついた展望席付近はガラガラだった。指定席は必要無かったと思った。先頭車両ほどの迫力感は無かったが、広がっていく風景に九州を感じていく。

Photo_3 展望席

過ぎ去っていく風景が楽しめる後部の展望席は、自由席に成っていたが、客はほとんどいなかった。

Photo_4 後部車両は先頭車両にも

「みどり」は早岐駅で「ハウステンボス」を切り離すと共に、向きを変えて終着佐世保駅を目指す。したがって、今まで後部展望を楽しんでいた席は、一転先頭車両の景色に変わった。

Photo_5 列車の旅のお供に

やはり列車の楽しみの一つは駅弁だ。時間のない中、博多駅で色々迷ったが、選んだのは「折尾のかしわ弁当」。時間が立って少し冷めていたが、味がしみこんで美味しかった。

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2008年12月 8日 (月)

博多駅で想う

 今回の郵便局旅行は郵便局とプラスαを楽しむ旅。「今日は日曜日で郵便局の窓口業務は休み。したがって今日はプラスαを堪能するぞ」と、福岡空港から地下鉄で二つ目の博多駅で降りて在来線ホームに向かう。新幹線ホームでは、今日で定期運行を終了する0系が到着した頃だが、さすがにこちらは閑散としている。しかし、駅に並んでいるメンバーが凄い。博多口(博多郵便局側)から、ダークグレーに輝く「リレーつばめ」、「ハウステンボス・みどり」、「かもめ」、「ソニック」と九州特急の面々が揃っていた。

Photo 特急の陰にも特急がいた

特急があふれかえっている博多駅の光景は、往年の上野駅を思い出した。いや個性的な特急車両たちが並ぶ光景はそれ以上だった。

Photo_2 ハウステンボス・みどり

JR九州の特急は、姿・形で列車名称を表している。「みどり」と併結している「ハウステンボス」の先頭部分は、車体は「ハウステンボス」のイメージカラーの赤、スカート部分は後ろにつながっている「みどり」をイメージした緑色にラッピングされていた。

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2008年12月 7日 (日)

まずは福岡に

 郵便局目的で、飛行機を利用する時は平日の早朝が多い。日曜日、しかもこの時間に利用するのは異例だ。そんな事を考えながら、搭乗手続きを済まして、左手後部の窓側の座席に着いた。

 やがて、快晴の空に向けて離陸すると、富士山から筑波山まで関東平野を取り囲む山々が一望できた。そして機種を西に定めると、すでに訪ねている大島・新島が見て、その近くには未だ訪ねていない利島・御蔵島、そして天気が良い日でないとなかなか見えない三宅島までもが見えた。そして冬化粧を始めた富士山が見え、駿河湾が銀色に輝いて見え始めたが、残念ながら雲が広がりだした。関東地方が晴れ渡る典型的な冬型の天気がだなと、機内サービスのコーヒーを飲みながら思った。

 暫らくして雲が切れてきたようなので、再び眼下に目をやると、くもの隙間から大きなつり橋が・・。明石海峡大橋だ。その先が淡路島。島の左手には沼島。逆に進行方向に目を向けると家島諸島、更にその先には頭島。ここら辺の離島もまだ訪ねていない。この島たちはどんな光景が広がっているんだろうと想像が膨らむ。早くもネクストステージを考えている私って・・。

  やがて、福岡市内の上空にさしかかり、いよいよ離陸。通常朝便だと吉塚駅付近から直線で福岡空港に入るのだが、この便は海の中道から西にそれて、博多港の赤いタワー、カラフルなキヤナルシティの上空を飛んでいく。さらに博多駅では今出発したばかりの特急電車が、そして通勤電車がすれ違っていく。まるで鉄道模型のジオラマを見ているようで楽しい風景でワクワクしてくる(なにしろ原寸大だもんな)。さらに色々な車両たちがまどろんでいる南福岡電車区をかすめるように旋回(鉄道フアンにはたまらない眺めだ)。そして福岡空港に着陸した。

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2008年12月 6日 (土)

これで行こう

最終的に決めたコースは下記の内容に成った。

  • 11月30日 日曜日

羽田空港10:30発(全日空)12:25福岡空港13:20(特急みどり)15:07佐世保

  •  12月1日 月曜日

佐世保6:20(レンタカー)7:10御厨港8:10(鷹島汽船)8:10青島10:22(鷹島汽船)10:37鷹島・船唐津港(レンタカー)鷹島・阿翁港12:10(鷹島汽船)13:25御厨港(レンタカー)平戸港14:20(竹山運輸)15:05度島16:05(竹山運輸)16:40平戸港17:30(平戸市フェリー)神浦港18:15

  • 12月2日 火曜日

神浦港(レンタカー)的山港9:40(フェリー美咲)10:40平戸港(レンタカー)瀬戸港13:18(西海沿岸商船)13:29池島港13:47(さいかい交通)13:54新商店街通り14:20(さいかい交通)14:28池島14:35(西海沿岸商船)15:05瀬戸港(レンタカー)長崎空港19:10(全日空)羽田空港20:40

え?場所が良く判らないって、下記の地図でご確認下さいませ・・・。

上記の地図は移動が出来ます。

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2008年12月 5日 (金)

ツアー会社は・・・

 コース詳細を煮詰めて行くと共に、ツアー会社が選んでいく。駅の旅行会社からたくさんのパンフレットを貰ってきたが、わりと多いはずの九州1泊3日のオプションレンタカー付きプランだが、探してみると意外と少ない。そして日程も悪かった。11月30日だと、まだ秋の料金帯。翌日12月1日出発だと冬の料金帯。ちょうど端境期。そう言えば、一瞬検討したJALのマイル特典航空券もこの日までが15000マイル必要だが、翌日の12月1日出発なら12000マイルで行ける。

 ツアー会社のパンフレットを色々と見比べてみたが、往復航空券に佐世保1泊それにレンタカー3日間組み込んで45000円以上が相場だった。「ワァ~高い・・」が印象だった。次にネット販売のツアー。こちらも4万円ぐらい。手が出ない。色々と考えた末、そういえば全日空のネットツアー商品の「旅作」にレンタカー5,000円引きのキャンペーンが有った事を思い出し、当たってみると同じく4万円チョット。「他のネット商品と同じか」と思いつつ、レンタカーの利用時間を11月30日17時から12月2日17時までに設定し直して見ると、35,200円の魅力的な数字が出た。これで行こうと即座に決定し、予約締切日の11月20日に予約をとった。

 あと島の宿の手配や、島内の移動手段など細かい部分が未決定だったが、おいおい詰めていくかと思った。

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2008年12月 3日 (水)

コースを詳細に検討

 明後日が11月30日出発のツアー締め切り最終日に成った11月18日に、慌しくコースを組み立てていく。今回訪局を予定している島は、南が池島で北が鷹島。北から入るか南からせめるか。行く以上は郵便局以外の楽しみを加えたい。そして費用は極力抑えたい。時間が無くて仕事も忙しいなか、自分に無理な注文をかせる私って・・・。

 まずコースだが、いずれの案でも佐世保で1泊しての翌日月曜日からの訪局めぐりになる。

 北上案の池島スタートだと、8時10分瀬戸港発の便が有り、帰りは島を9時15分に出る便が有る。島の滞在時間は僅かで訪局がきつそうだが、幸い往復ともフェリーなので費用はかさむが車で渡る手もある。そして午後に的山大島に渡り、松浦発電所の近くの以前宿泊した地魚盛り沢山の夕食が楽しめた民宿に1泊。翌日は青島から鷹島と廻り、最後度島まで終了。しかし平戸に戻ってくる時間が16時40分で、長崎空港から東京行きの最終が19時10分なので、レンタカーの返車時間を考えると無理だ。したがって福岡から帰ってくるしかない。

 次に南下案だが、北上案の2日目を初日を持ってきて、度島から戻ってきた後、最終の船で的山大島に渡って島で1泊。翌日は的山大島の2局を朝一番で巡って、的山港を9時40分発で戻り午後に池島に。

 いずれもメリットデメリットの有る甲乙付けがたい内容だが、北上案の大きな問題点は、最後に平戸から福岡に出るところに有った。レンタカーで福岡まで出るのはチョット面倒くさい上に有料道路代もかかる。レンタカー店の閉まる時間までにたどり着けるか心配だ。もう一つの方法として佐世保で返車して、JRやバスで福岡に出る方法も有るが、こちらだと費用がかさむ。

 一方南下案では、2日目の平戸から池島に渡る瀬戸港まで移動時間が2時間半しかない。大丈夫だろうか。

 色々と悩んだ末に離島宿泊と、レンタカーのメリット(詳細は後日)を選んで、南下案に決定。

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2008年11月30日 (日)

九州で探る

消去法で絞っていった結果残った場所は、九州に成った。

九州は、2泊3日行程に成る上五島や鹿児島の三島村やトカラ列島を除いても、まだ3プランほど離島めぐりのコースが残っていた。

 まずは、東九州の大分・宮崎県の離島をめぐるコース。こちらはお昼過ぎに大分空港入りをして、陸の方の局は完局しているので、わき目もふらずに一路南下して、両県の県境部付近のどっか魚の美味い民宿に1泊。翌朝は宮崎県延岡市の島浦局から訪局スタートし、大分県を北上しながら離島局を訪ねていき、翌々日姫島で終るプラン。初日は郵便局を訪ねないので日曜日でも良いわけで、今回の日程にピッタリ。それだけに今回最後まで候補に残った。最終的に選ばなかった理由は、訪ねる5島5局がいずれも昔で言うところの特定局に当たり、簡易局だとやっていない可能性が有る12月30日でも開局しており、このコースは年末に使えるので、もう少し取っておこうと思った。

 次案は未だに手付かずの天草と玄界灘の島を訪ねるコース。落としていた瀬高の簡易局と、最近貯金扱いを開始した福岡県の簡易局を含む内容で、そそられるものは有ったが、天草の北御所浦簡易局がいつの間にか貯金扱いをやめており、離島の訪ねる数としては4島4局ではちょっと寂しいので見送る事に。

篠原様からご指摘戴いた様に、横浦島の北御所浦簡易局は貯金扱いをしておりました。又、御所浦島は橋で結ばれている牧島を含めて、3局(御所浦・嵐口・牧島簡易)有ります。したがって、天草周辺の未訪島局は、御所浦島3局、横浦島1局、湯島1局の計3島5局で、それに福岡県の玄界灘に浮ぶ相島と大島を含めた総計5島7局の離島と、本土側の未訪局2局を含めた9局を廻るコースになります。(12月7日追記)

 第三案は長崎県。初日に壱岐、2日目に青島からスタートし、そして来年橋が開通する鷹島と平戸の度島を廻るコース。このコースは、平日の早朝に羽田出発で1泊2日で充分廻れるコースなので、わざわざ前日(日曜日)に出発するメリットは無かった。

 どれも今一つだなと、ぼやきながら、それぞれのコースの一長一短を見比べる日々が続いた。

 そんな行き詰ったある日「そうだコースを組み直してみよう」と思った。いつの日にか行こうと思い組んであった「壱岐と五島の離島めぐり2泊3日コース」の最終日に入れて有った、西海の池島と平戸の的山大島を第三案に組み込み、壱岐を抜くのはどうだろうと思った。確かに平戸の沖合いに隣接して浮ぶ度島と的山大島を別々に行くよりは効率的だ。よしこの案で調整して行こうと思ったのが、大手航空会社の飛行機を利用した個人向けツアーの締め切り2日前。

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2008年11月29日 (土)

そろそろ局に行きたいな~

 お久しぶりです。

先月から今月にかけて連日仕事が忙しくて、郵便局に行くどころか、ブログに書き込む時間さえない日々が続いていた。そして、この仕事の山を越えたら局巡りに出掛けようと、はるか先を見つめながら夢が描いていた。なんとか11月も中旬に成った頃に、やっと仕事の目鼻がつき、来月はいつごろ平日連休が取れるだろうと予定を調整してみたところ、なんと年末を除くと12月1・2日しかない事が判明。曜日を見ると月曜・火曜日だ。会社の公休日の土曜・日曜を含めると4連休か。「休みづらいな~」と思いつつも、今度はどこに行こうかと早くもお出かけモードの私。せっかくだから日曜日含めて3日間で行く行程で考えてみよう。出来たら日曜日の晩には目的の島か、その近くで泊まりたいなと、ふと空いた時間を見つけては構想を膨らましていった。

 以前から暖めていたのが、土曜日出発で火曜日に帰ってくる、この日程にピッタリの3泊4日の南北大東をメインにした沖縄離島訪局プラン。コースは土曜日の朝に東京を飛びだって昼前に沖縄到着。昼過ぎ乗船手続きを取って、船中泊で翌朝に北大東又は南大東で下船(どっち先に成るかは船のルートによって)。島でゆっくり過ごし翌日残りのほうの島に渡り、再び船中泊で戻り、最終日は慶良間諸島の2島を廻って夕方の飛行機で戻ってくるプラン。もし船の出航日が1日延期になっても南北大東で余裕を取って有るから大丈夫。なかなか良く出来た内容だった。しかし、ポイントと成る大東海運にこの週の沖縄本島の泊港の出航日を聞いてみるとあろうことか、前日の金曜日出航。ダメだ。

 次に持っていたプランが、三原から岡山にかけての未訪の離島8島10局と、岡山の未訪局を組み合わせた案。経費を安く上げる為に往復とも夜行バスを利用する案なのだが、帰りのバスの割引料金が僅かの差で締切日が過ぎており通常料金に成ってしまう。申し込みの日の数日の違いで、バスの隣の席の人は3,000円引きに成っていると思うとしゃくだ。それに日曜日出発のメリットもほとんど無いのでパス。

 第三案として考えたのが伊豆諸島だった。コース的には日曜日の夜に東京の竹芝港から船に乗り、船中泊で翌朝全局訪問済みの八丈島に到着。そこから船を乗り換えて青ヶ島に渡り1泊。翌朝ヘリ利用で御蔵島に渡り、訪局後、東京行きの船で戻ってくる案。このコースはマニアックな島にいけるのは魅力だが、2島2局じゃ寂しい。

 そのほか、山口県の柳井から徳山の離島も検討してみた。このコースも基本的には往復夜行バス。しかし東京から徳山まで半日もバスに乗っているもツライが、現地においては様々な乗り物を屈指して島巡りを楽しむプランだけに、コース全体が変化があって面白い内容。それだけに、いつか嫁さんと離島めぐりに行く時に使おうと思っている場所なので、もう少し温存しておきたい。

 それ以外にも色々と候補を挙げてみるが今一つしっくりこない。四国西部の八幡浜から宿毛も良いが平日3日必要だ。また北の方や日本海側だと12月だけに風雪の心配の有る。仮に島に渡れたとしても帰りの船が出なかったら5連休以上に成ってしまう。さすがにヤバイ。したがって北海道・東北は無理だ。隠岐も危ない。萩の離島も本数が1日1便じゃ行きにくい。

 どこか良い場所はないか~なと、思い悩む日々が続いた。

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2008年3月15日 (土)

小川島

 馬渡島から戻って、桟橋近くのイカ料理専門店でイカ丼の昼食をとった。そして、今回の訪局旅行最後の局、小川島の「小川簡易局」に向かう。

 島は、午前中に行った馬渡島と反対方向に有る為、呼子大橋に背を向けて、昨晩お世話に成った国民宿舎の呼子ロッジを眺めながら、一路小川島を目指して進んでいく。しかし相変わらず玄界灘は荒れており激しく揺れた。

小川島に上陸後、簡易局を向けて歩いて行くいったが、この局は集落の中に埋もれており見つけ難かった。歩き出して10分チョット細い路地の先に局を見つける事が出来た。

2002_129 小川島簡易局

島特有の狭い道に面した郵便局。淡いピンクの建物の色が印象的だった。

2002_139 島には祠が多っかた

自宅の敷地内に祠をまつる民家が多かった。

2002_132 ニャンコ

昨日の悪天候で疲れたのだろうか。一同お日様の方向に向かってリラックス中。

島民がすぐ脇を歩いても、私がカメラを向けても動じる気配は無かった。

 この後、呼子港に戻り、レンタカーで唐津市内を抜け、二丈浜玉バイパス等の有料道路を乗り継いで、福岡空港目の前のレンタカー営業所に20時に到着。20時45分初のJAL便で帰宅の途についた。

 

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2008年3月13日 (木)

イカ いか 呼子

 イカといえば呼子。呼子といえばイカ。と連想するくらい、関サバ・関アジ、城下カレイと並んで九州の海産物の代表格として有名に成っている。それでは呼子で見かけたイカを・・。

2002_090 スミイカ 

呼子港の製氷施設の建物には、真っ黒のイカを描かれていた。馬渡島に行く船から撮ったものだが、遠くから見ても一目瞭然なのはすごい。

2002_123 乙女チックなイカ

目に星が・・。駐車場で見かけた看板。確かに新鮮なイカは目が光っているが・・。

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2008年3月10日 (月)

馬渡島

 神集島からの船が湊港に着くのが10時28分、次に呼子港から馬渡島に行く船が出る時間が呼子港10時55分と、移動時間が27分しか無い。この区間は、コース設定時からタイトな移動時間に気を揉んでいた部分だった。そこで、安全策として馬渡島に行く船が、本州側からもう一つ立寄る乗船場所の名護屋港から乗る事を考えていた。ここだと、船が出る時間が11時10分で余裕が持てる。

 湊港からレンタカーを走らせて10時42分呼子港の入り口に差し掛かる。この時間だと「間に合うぞ」と、急いで車を市営駐車場に入れて、一番遠い乗り場に止まっている馬渡島行きの船に向かって、船着場を歩いて行き、出港5分前の10時50分に乗り込んだ。

 船は、加部島が自然の防波堤に成っている呼子港から名護屋港間は、波も穏やかで船も揺れずに快適だった。しかし名護屋港を出て玄界灘に出ると荒波に揉まれ激しく揺れ、30分の乗船時間がとても長く感じた。

 馬渡島に上陸すると、外海の荒れる海と対照的な穏やかな光景。郵便局までは湾をなぞりながら、約10分のんびりと歩いて行く。春の日差しが気持ち良かった。

2002_118 呼子港から乗船

イカ干しの先に馬渡島行きの郵正丸が待っていた。奥の島影が加部島。

2002_110 郵便局発見!

馬渡島に着き船着場から、早春の柔らかな日差しを楽しみながら、湾をなぞりながら進んでいくと、船溜りの先に郵便局(正面の建物)を見つけた。

2002_098  昔の繁栄をしのぶ

納屋に立派な漆喰の壁模様が有った。残念ながら長年の風雨にさらされ色あせてしまっているが、立派な飾り物にしばし立ち止って鑑賞させてもらった。

馬渡島始め、佐賀県・長崎県の島は昔は捕鯨で賑わっていたようだ。昨日訪ねた西海市の瀬戸港近くには鯨肉店が有ったのは驚いた。

2002_106 ハイジぶらんこ

島猫の写真を撮ろうと思って、猫を追っかけて路地を曲がると、木にぶら下がったぶらんこを見つけた。

アルプスの山ならぬ馬渡島の海を眺めながら漕ぐぶらんこは気持ち良いだろうな。

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2008年3月 9日 (日)

神集島

2日目に最初に向かった郵便局が、佐賀県唐津市の神集島に有る神集島簡易郵便局。

国民宿舎を7時50分に出て、船が出る唐津市の湊町に8時過ぎに到着。車を待合所のそばの駐車場に入れて15分発の船を待つ。人影が無く「まさか今日も・・」と、少し心配になったが、船の出る時間が近付くと人が集まってきて、島に向かう小さなの船は10数人のお客を乗せて出港した。

湾を出ると結構揺れる。今日も波が高そうだ。乗船時間10分で8時25分に島に到着。そして、まず島に着くと携帯電話で、この後に利用する馬渡島航路の郵政丸と、小川島航路の川口汽船に運行の確認。どちらも平常運行との返事。これで一安心。

 帰りの船は10時20分で島の滞在時間は約2時間も有る。今日は風こそ強いが日差しが有る。せっかくだ。ゆっくり島を見ていこうと思う。まずは集落の外れに有る小学校を抜けて砂洲の道を歩いて行く。左手に穏やかな湾が広がり、右手からは荒れる玄界灘の海鳴りが響く。その対比を感じながら島の突端にある住吉神社に到着。その神社には元寇の戦いの折、蒙古軍が落としていった碇が置いてあった。玄界灘の島々には遣唐使以前からの大陸との繋がりが有り、この手の遺構や産物が多い。そして、鳥居をくぐり本殿から振り返ると、鳥居の先に湾を挟んで今歩いて来た集落が見える。面白い構図だと思った。

 再び来た道を戻り、郵便局の開局時間の9時を過ぎたので簡易郵便局に。局の場所はチョット判りにくかったが、島の路地に迷い込みながら探すと、時には思わぬ発見が有ったりして楽しい。

 そして船着場に。船着場と言っても桟橋のたもとにベンチが置いてあるだけの簡素なもの。日が差しているが北風が強く寒く、船の出る時間が待ちどうしかった。

2002_069 第八ほうめい丸 

昨日の度重なるコース変更を思うと、雲の隙間から射す日の光は、後光のように感じた。

本土側の湊港にて、

2002_071  道に迷うのも旅の醍醐味だ

真ん中の極彩色の神様は不動王だろうか。ふと迷い込んだ先に思わぬ発見が有ったりする。

赤い帽子を被ったお地蔵様は、この島の沖に有る壱岐の「はらぼけ地蔵」を連想させる。

2002_082_2 神集島簡易郵便局

少し判りにくかったが、道に迷ったぶん島の普段着の風景に触れる事が出来て楽しかった。

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2008年3月 8日 (土)

国民宿舎 呼子ロッジ

 旅行に行ったらその土地のものを食べる。それが私の旅の鉄則だ。呼子だったら当然イカ料理に成る。何処にしようか~なと、行く前にインターネットで色々と調べた。どれも美味しそうだ。目移りした。そして出した結論。安い宿に泊まって夕食はイカ料理専門店に出掛ける事にした。そこで選らんのが1泊朝食付き4500円の「国民宿舎 呼子ロッジ」。しかし、前もって組んでいたコースが大きく崩れてしまい国民宿舎に着いたのは19時過ぎ。田舎町ゆえ、もうこの時間じゃ徒歩圏内のイカ料理の店はオーダーストップの時間。予定を変更して国民宿舎で夕食を取る事に成った。

2002_054 国民宿舎の夕食 

失礼ながら1泊朝食4500円に、2,000円アップの夕食は余り期待していなかったが、予想を裏切り内容も味も良く大満足だった。

これにカサゴの揚げた煮物と茶碗蒸しが付いた。

2002_055 この夜の一番のお気に入りに成った・・

鯛とはまちをちょうど好い加減のたれで味付けされていて、物凄く美味だった。

2002_058 別注料理で頼んだイカ料理

国民宿舎に着き、宿泊の手続きをしていたら別注料理のメニューが目に入った。迷わずにイカ揚げとイカ焼売を頼んだ。

それぞれ525円だったので、イカ揚げの量はさほど多くないだろうと思っていたのだが、ご覧の様な大量のイカ揚げの皿盛りが並んだ。これを一人で食べると成ると・・。

2002_063 呼子の朝の風景

部屋は残念ながら海と反対側だった為、眺めは良くなかった。

朝、廊下の窓から外を眺めると、本土と加部島を結ぶ呼子大橋が見えた。右手の加部島が外海に向かった横たわり、呼子の町の防波堤に成っている。島のお陰で呼子港は波が穏やかな天然の良港に成っている。

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2008年3月 7日 (金)

松島郵便局

 時刻表を見ると、大瀬戸港から松島は15分に成っていたが、実際は10分かからずに到着。西海沿岸商船は欠航に成っているせいだろうか結構利用客は多かった。

 松島到着後、残念ながら今日最後の訪問局と成ってしまった松島郵便局に向かう。場所は桟橋からまっすぐ1分。上り坂にかかる手前の右側。

 局で貯金を済ますと後はもうやる事は残っていない。桟橋に戻り、指をくわえる気持ちで、佐世保から池島に向かう高速船を眺めた。駄目元で、「この船で池島に渡って次の船で戻る事は出来ますか?」と、訪ねると今日の最終便との事。そして今度は神社に行き、西彼杵半島を眺めたりしているうちに、帰りの船の時間に。

 そして、大瀬戸港に戻り、再びレンタカーで、西海橋、早岐、伊万里大橋、玄海町と一般道を約100km走って、呼子の国民宿舎に19時過ぎにたどり着いた。

2002_037 松島の桟橋より

郵便局は正面の1階が白、2階がブルーのツートンカラーの建物。

2002_040 松島の桟橋にて

手前が西海市営船(実際は民間に委託)の「NEW松島」。奥が西海沿岸商船の高速船。西海沿岸商船はフェリーは欠航だったが、高速船は動いていた。

大瀬戸から池島に向かうには、大瀬戸15時30分発市営船に乗り、松島で3分(実際は8分程度有る)接続で、池島に渡れる効率の良い接続ダイヤが組まれている。(帰りや朝間時も同様パターン有り)

2002_045 神社から望んだ島の風景

この島には、石炭を原料とした発電所が有り、送電線が本土に向かった延びている。

そして、発電所関係の来島者も多いようで、本土側から市営船、西海沿岸商船、江崎海陸運送と、3社の航路が就航している。

2002_051ユニークな乗船券販売機 

キップの購入時にボタンを押す手順は同じだが、キップが舌のように出てきて、引きちぎる仕組みに成っている。

郵便局窓口の整理番号発見機と同じ仕組み。

2002_052

 

地図の緑印が桟橋。

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2008年3月 5日 (水)

松島に

 高島・伊王島の2局を廻って、長崎の大波止に戻ってきたのは13時過ぎ。最初の予定より3時間遅れ。九州本土の局巡りだったら、9時から廻りだしていたら25局程度は行っている時間だ。いかに島の局巡りは船のダイヤに左右されるかを感じる。

 そして、大波止から歩いて5分程で、今朝ほど手続きをしておいた五島町のマツダレンタカー営業所に行き車を借りる。車種はアテンザ。ファミリアのモデルチェンジ車だが3ナンバーで幅が有り、今回は無かったが路地裏の郵便局に行くには手こずりそうなサイズだ。でけな~。

 路線バスや市電が込み合って走る長崎市内から、県道28号を経由してアップダウンが多い国道202号線に。晴れていれば眺めの良い道なのだが、この雨じゃ残念。そして大瀬戸郵便局の脇に有る地方では珍しいコインパーキングに車を止めて、歩いて3~4分の西海市営船乗り場に。ここでも事件が・・・。売店の女性に「西海沿岸商船のフェリー乗り場は何処ですか?」と声を掛けると、なんと今日は時化で欠航しているとの事。トホホ。今日は何処までついていないのだろう・・・。諦め切れず教えてもらった船乗り場に行って見ると、待合室に欠航の文字と、波にもて遊ばれて浮んでいるフェリーが居た。重い足取りで市営船乗り場に戻り、15時30分の船待ち松島に渡った。

2002_029 今日はお休み

恨めしい気持ち眺めた、係留されていた西海沿岸商船のフェリー「おおしま」。

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2008年3月 3日 (月)

南欧風の伊王島

 伊王島に降り立って驚いた事は、視界総てが南欧風の建物だった事だ。 伊王島ホテル、船の待合室、そして郵便局までも・・。すげな~。

2002_024 伊王島郵便局

まるで、どっかのテーマパークのような景色だ。

2002_028 うぁ~! 飛ばされる 

相変わらず雨は降り続いていた。船の待合室を出るとご覧の様な強風。カメラを構えて撮ろうとしていたらと飛ばされそうになった。

局は、待合室出て目の前。迷う事は無い。

地図上の緑印が桟橋。

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2008年3月 2日 (日)

嵐の高島郵便局

 船着場を出て一路郵便局を目指して走る。しかし島は豪雨。最初は走るのに邪魔と傘を差さなかったが数歩で全身ずぶ濡れ。仕方ないと傘を差して走る。しかし、気は焦るが重すぎる身体が付いて来ない。日ごろの運動不足が・・。濡れ鼠に成りながらやっとの思いで郵便局到着。先客が終るのを待って今年最初の旅行貯金を果たした。局を出て帰り道、港が見える場所で立ち止まって、かすかな望みを抱きながら船を捜す。しかし、そこには船はいなかった。いや視界を広げ、湾内、防波堤の先と見渡したが、どこにも船を確認する事は出来なかった。そして全身脱力感で船乗り場に戻った。さ~あどうする。この後。リックに入れておいたのに、びしょびしょに成った持ってきた資料をめくりながら答えを探す。ちなみに、

  • 初案 
  • 長崎港8:20(竹島丸)8:57高島9:10(竹島丸)9:30伊王島9:47(長崎汽船)10:06長崎港(レンタカー)瀬戸港11:50(市営船)12:05松島13:10(西海沿岸商船)13:29池島(島内バスにて郵便局に訪問)14:35(西海沿岸商船)15:05瀬戸港

このコースが出来上がった時、コースにロスタイムが無く我ながらのなかなかのベスト案だと思った。

  • 代案 その1
  • 長崎港8:50(長崎汽船)9:24高島9:30(長崎汽船)9:47伊王島11:10(長崎汽船)11:29長崎港(レンタカー)瀬戸港13:18(西海沿岸商船)13:29池島(島内バスにて郵便局に訪問)14:35(西海沿岸商船)15:20松島16:30(市営船)16:45瀬戸港

竹島丸の運休に伴い、長崎港で急遽作ったコース。コースの流れはまあまあの出来だが、高島の滞在時間6分で訪局出来るが鍵に成っている。しかし、その課題が果たし無かった今再度コースを作り直したのが下記の案だった。

  • 代案 その2
  • 長崎港8:50(長崎汽船)9:24高島10:55(長崎汽船)11:10伊王島12:55(長崎汽船)13:14長崎港(レンタカー)瀬戸港15:10(市営船)15:20松島15:48(西海沿岸商船)16:00池島(島内バスにて郵便局に訪問)16:35(西海沿岸商船)17:10瀬戸港

高島・池島訪局に時間が取られてしまった結果、池島局が機械預入に成ってしまい余り納得行かないコースだが仕方ない。

 そして、次に今日の宿泊予定の呼子の国民宿舎に電話して夕食の用意をお願いする。ここは1泊朝食で予約を入れて有って、夕食は近くのイカ料理専門店に行く予定だったが、船が瀬戸港17時着だと呼子に着くのが早くても19時半頃に成ってしまい、店が閉まってしまう事による変更。コースの変更は色々な場面に影響を与える。国民宿舎に、イカは別注でも良いので食べられないか聞くが、用意出来ないとの事。残念だが今回は諦めるか・・。その後、レンタカー会社に貸し出し時刻が遅くなる旨の電話をしているうち激しく降っていた雨が小降りに成って来た。

 さあ、船の時間まで1時間近く有る。気分を変えて島内散歩に出掛けるかと、待合室を出て撮っていなかった郵便局の写真を撮影後、ま~あ時間もたっぷり有るし、雨で冷えた身体を温めていくかと高島石炭資料館に立寄る。しかしこの資料館、見ごたえ充分で詳しく書かれた説明文を興味深く読んでいたら、あっという間に船の時間に成り、慌てて船着場に向かい、船に乗り込んだ。

2002_013 高島郵便局

今年最初の旅行貯金目的の郵便局。今回のエピローグとずぶ濡れに成った事は、忘れられない思い出に成った。

2002_015 高島石炭資料館

炭鉱の様子が詳しく解説されており、興味が尽きなかった。手前が坑道内の軌道を走るバッテリカー(機関車)で、奥の建物が資料館。場所は港と郵便局の中間地点。

地図上の緑印が桟橋

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2008年3月 1日 (土)

まずは高島郵便局に・・。しかし

 予定通り、25日月曜日の長崎行きのJALの最終便で旅立った。長崎空港からバスに乗り換え、新地近くのビジネスホテルに22時前に到着。いくら近くに中華街が有ると言っても、さすがにこの時間じゃ人通りも無くひっそりしていた。そして曇天だが雨の降り出す気配は無く一安心していたが、予報では明日は降水確率80%。寒気も来ている様だが荒れなければ良いなと思いつつ23時半に就寝。

 翌朝6時半に起床。外は雨、しかし暖かさを感じる春の雨が降っていた。バイキングの朝食を取って7時半にホテル出た。長崎の中心地である大波止(おおはと)から高島・伊王島に渡るには、長崎汽船がメインルートで有るが、もう一つ時刻表に出ていない竹島丸と言う海上タクシー会社の船が有る。今回はこれの二つの会社の船を組み合わせて、効率良く長崎湾の先に浮ぶ二島を廻ろうと言う算段だ。まずはレンタカー会社に寄って先に手続きを済まして8時20分発の竹島丸で伊王島に向かう事に。そして事務所も無く桟橋が架かっているだけの竹島丸の船乗り場に着いたのだが、そこで事件が。なんか雰囲気が変。出港10分前にだと言うのに人がいない。乗船場所は確かここ、「長崎食糧倉庫の前で間違い無い」と、出発前東京でプリントアウトしてきた地図と照らし合わせみる。合っているよな・・。携帯で電話して見るが出ない。困ったなと辺りを見渡すと桟橋の入り口に小さな立て看板。しかし画鋲だけが残って肝心な掲示物が無い。そして地面を見ると、今朝の雨でぬれた紙が落ちていた。拾い上げると暫く欠航の文字が・・。ど・どうしよう・・・。困った。数ヶ月がかりで作ったコースが崩れていく音が頭に響いた。しばし呆然。時折強く降る雨に濡れながら立っていてもどうにもならない。とりあえず歩いて数分の長崎汽船のキップ売り場が有る長崎旅客ターミナルビル1階に移動。

 旅客ターミナル内に張り出されている長崎汽船の時刻表の前に立ち、なるべくこの後の行程に支障を影響が出ないよう必死にコースを考える。出した答えが、長崎港8時40分発高島着9時24分で6分の折り返しで伊王島9時47分。そこで約1時間20分滞在して次の船11時10分発で長崎港着11時29分。伊王島滞在時間は僅か6分。果たして港から郵便局まで行って戻って来られるか、かなり不安だがこれしか無い。

 船は伊王島迄は順調に航行した。その後外洋に出ると激しく揺れだしスピードも抑え気味。そんな中、必死に港から局までの道順を頭に叩き込む。「いいか港を出たら左、軍艦島の模型が有る一つ目の角を右真っ直ぐ行くと郵便局だ」。「距離にして160メートル。走れば1分だ」。「頑張るんだ。頑張るしかないんだ。この一瞬の為に何ヶ月も前から準備してきたんだ。」と、自分を勇気付けて励まして行く。高揚していく自分と裏腹に船はますます遅れ気味。到着予定の24分過ぎても伊王島の湾内に入る気配は無い。気持ちはあせる一方。やっと到着の案内放送が入り27分に着岸。一番に船から飛び出し雨風強い中一目散に郵便局目指して走る。走る。

2002_006 祈るような気持ちで乗った長崎汽船

船名「コバルトクイーン」。長崎港から伊王島・高島を結んでいる。高速船なので長崎湾を出ると結構早いはずだったのだが・・。

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2008年2月24日 (日)

西九州の島を目指す

 此処のところ、東急の話題を中心に書いてきたので、作者の勝手の思い込みだが、こいつは「郵便局に興味が無くなったのか?」と思われている方もいたと思う。実際のところ今年に成って平日が忙しくて、まだ1局も未訪局を訪ねていない。しかし、土曜日、日曜日はしっかり休みが取れていたので、ここ1、2ヶ月で大きく変化していく東急に目が行きがちだった。しかし、やっとここに来て休みが取れて、明日から西九州の離島の郵便局を訪ねる事が出来る。

 今回はJAL系の旅行会社がやっているツアーを利用する事にした。このツアーがビックリするほど安かった。往復の航空券に、長崎のホテル1泊して朝食が付いて、更にレンタカー2日間利用で、JALカードの支払いにしたら3万円を切った。スゲー安い!その上、空弁のクーポンと、お土産券2枚付きと来た日にゃ・・。対抗馬で検討していた、今月末まで12000マイルで九州往復出来るディスカウントマイルキャンペーンに勝ち目は無かった。

 そして今回目指した島は、長崎湾の入り口にに浮ぶ伊王島と高島、西彼杵半島に沿うように有る松島と池島、更に佐賀県唐津市の神集島・小川島・馬渡島の7島7局。コースは、月曜日の長崎行き最終便で長崎入りして、翌日に長崎県内の4島4局、翌々日に佐賀県の3島3局を廻るスケジュールで組んでいる。そして、もう一つの楽しみが火曜日の晩、呼子に宿泊してイカ料理を食べる事だが、昨日から寒波の影響を受け、全国的に時化ている。「漁船が出られれば良いのだが・・」心配だ。オイオイ・・。肝心なのは離島に渡る船の方だろうに・・。

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2007年12月30日 (日)

玉之浦局

 最初の予定では飛行機の時間を考慮して、貝津港を出た後、荒川局、二本楠局、幾久山局、中須簡易局、玉之浦局、大宝簡易局から富江方向に抜けて、空港を目指すルートだった。しかし、午前中の訪局ペースから推測して、貝津港から後半の9局は1時間半程度で行けると判断し、福江島の突端の玉之浦局で終了するルートに急遽変更。

1912_126 五島市最後の訪問局 「玉之浦局」

県道の突き当たりに有り、終点と言う感じがして、この局を最後にして良かったと思った。

1912_128 井持浦教会

玉之浦局には15時過ぎに到着し、本日の郵便局巡り終了。レンタカーの返却時間まで2時間あり、ルルドの泉が有る事で知られている井持浦教会に立寄った。

1912_130 井持浦の集落

集落の中に、ごく自然に教会が溶け込んでいる、いかにも五島らしい風景だと思い、車を止めて撮影。

写真ほぼ中央に写っている塔の有る建物が、上記の教会。

そして福江に戻り、地元スーパーでお土産を買って17時にレンタカーに返却し空港に。オリエンタル航空を利用し、長崎経由で東京に帰ってきた。

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2007年12月29日 (土)

福江島 その5

 富江局から山下簡易局、五島黒瀬局を廻り大宝簡易局に。大宝集落に向かう道は、とても国道とは思えない山道だった。ただ道幅はある程度確保されているので、すれ違いで苦労する場所は少なかった。

1912_120 山下簡易局

福江島内において唯一の農協簡易局。バス通りから少し海の方に入った所に有った。

1912_079 大宝簡易局

最近場所が移動に成った。写真は民宿を出てすぐの8時過ぎに撮影したので、まだ閉まっている。

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2007年12月28日 (金)

福江島 その4

 嵯峨島から貝津港に戻り福江島の後半の局巡りに。荒川局、中須簡易局、幾久山局、二本楠局から富江局と廻ったが、山影に有る荒川局、細い路地の奥に有る中須簡易局、そして入り組んだ町の中心部に有る富江局が解りにくかった。

1912_118 荒川局

国道から一本奥に入る。入り口に看板が有るので目印に成ると思う。あと目印として、写真に写っているレンガ色の時計台。貝津港方面から来た場合は、その建物手前を左に。

1912_082 中須簡易局

最近場所が変わった。新しい場所は、荒川方向から来て、新中須橋を進んで行き、県道合流付近を左に。入り口の道がやたらと狭いので注意が必要。

写真は、今朝下見時に撮影。

1912_084狭いでしょ!

見通しの悪いS字カーブの上、民家が道方向にせり出している。借りたレンタカーが軽自動車で良かった!!

簡易局から土手道方向を見た写真。

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2007年12月27日 (木)

嵯峨島局

 今回六島目の島、嵯峨島には貝津港から定期船で渡った。10人弱のお客と、島の小中学校の給食を乗せて20分で嵯峨島に着いた。船を降りると一団に成って同じ方向に向かって歩き出した。島の局の場所が判らないので、みんなの流れに乗っていけば見つかるだろうと思って、私もその流れに乗った。そしてその集団は、集落から畑に入り学校を横目に見る山道に入っていた。やばいぞ!違う方向だ。慌てて戻り、集落の方に局の場所を尋ねると、そこは全然違う見つけにくい場所だった。

1912_107 この便のメインのお客様

給食の積み込み風景。昨日の空の容器を下ろして後、今日の給食を積み、一般客の乗船に成る。軽自動車には三井楽教育委員会の文字が入っていた。

この船、燃料費の高騰に伴い今月(12月)から運賃が上がっていた。

1912_113 嵯峨島簡易局

チョットと言うより、かなり判りにくかった。局の場所が集落の外れに有る上、広い庭の奥に立つ民家の片隅に有って、自力で見つけるのはかなり厳しい。

1912_117

嵯峨島の港で

小さく写っているいるので解りにくいと思うが、山の中腹に茶色い嵯峨ノ島教会が見える。

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2007年12月26日 (水)

福江島 その3

 奥浦局から土岐集落を抜けて岐宿局に向かう道は、とても県道とは思えない農道の様な道だった。そして判りにくかった。まず堂崎集落と分かれる角で、道が立派な堂崎方向に進んでしまいUターン。よく見ると角に案内看板が・・。そして、戸岐大橋を渡り観音平までは比較的走りやすい道だったが、その先はまるで農道。畑の中を右左に曲がりながら進んでいく道で、曲がり角に案内看板が有ったから良いものの、無かったらお手上げだ。

 そんな県道とは思えない道を進み、苦戦する事10数分国道に出た。その後は道幅も有り、線形も良い国道を進み、右折して岐宿局、旧道に入って岐宿川原局、道の駅の手前を右折し三井楽局、その先の五島柏局と進み、長崎鼻灯台に立寄って貝津港に11時過ぎに着いた。昨日と同じように特色の有る局をあげていくと・・。

1912_099 岐宿川原局

県道の裏手旧道に面していた。曲がり角の目印は、五島南高校の先を左折。

この他、三井楽局もチョット手こずった。

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2007年12月25日 (火)

福江島 その2

 福江吉久木局をから、福江島のシンボル的な山「鬼岳」に沿うように、本山局、大浜局、崎山局と進めて行き、福江の中心部を通って、奥浦局に10時前に到着。注意が必要な局と印象が残った局をあげると・・。

1912_092 大浜局

バス通りより、一本海寄りの集落の中に位置しており見つけにくい。行く前の下調べしている時から、判りにくさを感じていたので、昨日、民宿に向かう途中にチェックしておいたので、スムーズに行く事が出来た。

1912_069 福江城山町局 

ここも昨日に事前チェックした局。県道から入る時一方通行に(県道方向から)成っているので注意が必要。写真は下見時に撮影。

1912_096 奥浦局

タイル張りの目立つ外観。この局から堂崎方面に少し行くと、久賀島に渡る海上タクシーの乗り場が有った。施設の様子から判断すると、船は頻繁に出ているようだ。

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2007年12月24日 (月)

福江島 その1

 大宝の民宿を8時過ぎに出て、最近移転に成った中須簡易局の場所を確認しながら、二本楠経由で、福江の郊外に位置する福江吉久木局に8時45分に到着。今日はこの局からスタート。

 福江島内には21もの郵便局が有る。玉之浦局が出っ張っている以外は、かなりいびつなコースだが、島を一周する感じでほぼ一筆書きで廻る事が出来る。所要時間は貯金だけが目的なら4時間半程度で廻ると思う。ただし、福江島を廻る上でポイントに成ってくるのが、簡易局が有る嵯峨島に渡る船の時間といかに噛み合わせて行くかだ。船は福江の反対側の三井楽の貝津港から1日4便出ている。ベストな便は貝津港11時30分に出て、嵯峨島に11時50分に到着し、島を12時50分に出て貝津港に13時10分戻ってくる便だ。これを利用すると、島の滞在時間も少なくて済むし、福江の訪局ルートとも組み合わせもしやすい。しかし、この便嵯峨島の小中学校の給食運搬船も兼ねているので、学校の休校日は運休だ。つまり夏休み等は運休に成るという事だ。

 そして、貝津港到着11時を目標に訪局ルートを作成した結果、福江吉久木局を出発点にする事に。

1912_090 福江吉久木局

局の位置は県道27号線に面しており、わかり易かった。9時前に貯金扱いをして頂き早めのスタートを切る事が出来た。

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2007年12月23日 (日)

民宿にて

 福江から明日廻る予定の郵便局のうち、今ひとつ場所が判らず不安な局を確認しながら大楽集落の民宿に。

 私の離島の民宿を選ぶ基準は、その土地でしか味わえない地魚を食べたいので、漁師さんがやっている民宿を選ぶようにしている。ちなみに調理方法としては、刺身が一番好きだ。

1912_070 この日の夕食

見ず知らずの土地で、一日郵便局を探して訪ね歩いたのち、夕食でその土地ならではの料理とビールは、至福のひと時だ。

1912_071 祝い海老

名前を尋ねると、宿の方が「余り食べる所は無いけど、珍しい品」だからと、説明してくれた一品。味は淡白だったが美味しかった。

1912_074_2 部屋から夜明けの風景

東京と比べると日没は50分遅いが、日の出は30分位の差だ。7時に起きたが、まだ外は薄暗く、この写真撮った7時10分過ぎ水平線の先が赤みを帯びてきた。

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2007年12月22日 (土)

初日の局巡りを終えて

 黄島で本日の局巡り終了し、定期船を利用して再び福江の戻って来た。この記事を書いている今日は12月22日冬至だ。今日の東京の日の入り時刻は16時32分。ちなみにこの旅行日の12月5日の東京の日の入り時刻は16時28分(冬至より12月上旬の方が日の入りが早い)。福江だと17時18分。さすが西だ。貯金の窓口扱い終了時刻の16時を過ぎると、瞬く間に暗くなってしまう東京と比べて日の入りが50分も遅い。ここ数年、この時期の郵便局巡りは西に向かう傾向が有るのは、こんなところにも理由の一つだ。さて、この50分間をどう有効に使うおうか。

 話しは飛ぶが、検討して行く中で一番問題に成ったのがレンタカー料金だった。レンタカー代が24時間内と超えた時間では大幅に料金が異なる。例えば福江港到着後レンタカー会社にお願いして港まで向かいに来てもらう事は可能だ。しかし、そうすると安く上げる為には明日の16時30分迄に返す必要が有る。だが、福江から遠い場所で最後の一局が終った場合や、廻りきれず機械預入に成った場合、16時30分迄の返却だと心もとない。そこで、時間調整をかねて福江市内を観光しながら、レンタカー会社に向かい17時から借りる事にした。

 レンタカーを借りて、途中郵便局の所在状況を確認しながら、今日の民宿が有る大宝集落に向かって走らせた。

1912_065 五島邸

「福江城内に有り、心の字を形どった池を囲む庭園が素晴らしい・・」とガイドブックに有ったので見てみようと思ったが、あいにく水曜が定休日で見る事が出来なかった。

 そして入り口には猫の門番がいた。

1912_066 福江武家屋敷通り

石垣の上に、攻撃用の小石を積んだ作りが特徴有る塀が左右続いていた。

しかし、折角の石畳は地元の迂回路になっており、昔ながらの家は余り残っていなかった。

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2007年12月21日 (金)

福江黄島簡易局

 福江から、途中赤島に寄りながら37分で、今日最後の島、黄島に着いた。

 この島の人口はわずか52人。郵便局長いわく、「島民が少ない上、高齢者が6割以上しめる限界集落」だそうだ。もっとに悲惨なの手前の赤島。島民わずか10人。以前は特定局も有った島が、いつ無人島に成っても不思議では無いくらいの人達しか住んでいない。急激な過疎化に驚く。

 そして、黄島の感想はと聞かれれば・・。離島は猫が多い。五島列島は猫が非常に多い。黄島は猫があふれかえっていた。と、三段活用したくなる位の猫の多い島だった。

1912_046 福江黄島簡易局

カウンターに立ち預入をお願いし、ふと正面の窓に目を向けると、美しい五島列島の島々の景色が広がっていた。それはまるで一枚の絵を見ている感じだった。

1912_057 猫だまり

私がカメラを向けると、猫達は物珍しい物を観るかのように一斉に振り返った。この写真には、数匹の猫達しか写っていないが、実際は20匹以上の猫達がたむろしていた。たまたま通りかかった、手押し車を押した女性に、「この島猫が多いですね」と、話しかけると、「この島は人間より猫が多い」とにこにこしながら答えてくれた。

1912_061 「おおしま?」それとも「おうしま?」

簡易郵便局の読み方は「おおしま」。船の名前や集落名は「おうしま」。

1912_063 ザル猫

今世間では猫鍋が流行りだが、波止場にザルに詰まった猫達がいた。面白い絵だなとカメラを向けると、1匹を残して逃げ出してしまった。

この日は日も余り射さず、薄ら寒い日だった。そして、1匹残ったこの猫は体調を崩して風邪をひいてた。そして周りの猫達は、この子猫を囲むように身体をすり寄せあい温めあっていた。

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2007年12月20日 (木)

福江局

 福江港簡易局を後にして、大銀杏を見ながら商店街を抜けて福江郵便局に向かった。途中通り抜けた商店街は、クリスマスソングが流れ、人も歩いており、久しぶりに地方の生きている商店街を見た気がした。嬉しかった。そして福江局に入ると、人が多く、窓口の待ち順番のカードは7番目。時間は黄島行きの船が出る30分前。港までの歩く時間と待ち時間を考えると、間に合うか不安に成ったが、窓口を三ケ所開けている事も有り、意外とスムーズに順番が廻ってきた。帰り道の途中でお弁当を買って、船には出港5分前に乗り込むことが出来た。

1912_039 福江局

二つの盛り上がりは、波をイメージしているのだろうか。

1912_134 活気を感じた福江の商店街

写っているのはチャンココ人形福江島の盆供養の念仏踊りの衣装。鐘のチャンと太鼓の縁を叩く音のココが語源だそうだ。後ろに公衆電話を背負っていた。

1912_044 今日のお昼「トルコライス」

サフランライスの上に豚カツがのり、デミグラスソースがかかり、ナポリタンが添えてあるのが、長崎の郷土メニューの「トルコライス」。サフランライスはパサパサで今一つだったが、カツは柔らかく美味しかった。

「トルコライス」の名前の由来は諸説有るようだ。

 

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2007年12月19日 (水)

福江港簡易局

 伊富貴港から12時30分発の定期船に乗り、今日の四島目の福江島の福江簡易局を目指す。途中、椛島局の本窯港を寄り13時10分に福江港に着いた。この次に訪ねる黄島に行く船は、同じ福江港を14時に出る。待ち時間50分。普通なら昼食等とって、ゆっくり待つ処だと思うが、この時間を利用して福江港簡易局と福江局の2局を訪ねた。明日の福江島内の訪局の負担を少しでも軽くするためだ。

1912_034 福江港簡易局

奥に見えるのは、昔福江城の有った場所に立っている「五島観光歴史資料館」。この城郭の中には、五島高校もある。

1912_037 大銀杏

福江港に降り立ち、町方向に歩いて行って、一番最初に目に付いたのが、遠くに有りながら充分に存在感をアピールしていた、この鮮やかに色づいた大銀杏だった。まるで手招きしているようだった。福江港簡易局から福江局に行く途中、立ち止まって見上げ、そして写真を撮っていると、近所に住む方が訝しげに近付いてきたので、「立派な良い色した大銀杏ですね」と声をかけると、「昨年は色づく前に風が吹き散ってしまったが、今年は艶やかに色づいたと」と雄弁に話してくれた。

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2007年12月18日 (火)

伊富貴簡易局

  そして、椛島局を後に椛島島内のもう1局の伊富貴簡易局に海上タクシーで向かう。船だと約10分、陸路だと約6キロだがタクシー等は無く、歩くか地元の車をヒッチハイクするかだ。定期船で来た場合は、次の便で帰るのが一般的なパターンなので、歩く気に成れば充分時間が有って良いのだが、今回のように海上タクシーを利用し、椛島局の有る本釜港に11時に着いた場合は微妙だ。定期船は伊富貴を12時半出るが、歩いた場合伊富貴簡易局まで、果たして一時間半でたどり着くか妖しい。そこで時間の心配の無い海上タクシーが選択。(しかし、この事が海上タクシー代で揉める原因にも成った。)

1912_026 伊富貴簡易局

五島列島の郵便局の特色は小島にも複数の局が有る事だ。人口4000人前後の宇久島は2局有っても不思議は無いが、人口500人満たない久賀島や椛島に2局有るのは驚きだ。

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2007年12月17日 (月)

糀島局

 再びタクシーで蕨集落に戻り、待たしていた海上タクシーに乗り込み糀島に。奈留島と久賀島の間を船は進んでいくが、それ以外に小島もある上、それぞれの島々の海岸線も複雑で、「今見えているこの島は・・・」と地図で確認してみるが判りづらかった。そんな島々を眺めながら約25分で糀島の本窯港に着いた。

1912_022 糀島局

海上タクシーの船長は、私が郵便局巡りをしている事を理解してくれて、郵便局のすぐ近くの岸壁に着岸してくれた。おかげで、海上タクシーから局までは、十数歩で行けた。

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2007年12月16日 (日)

久賀島局

 久賀島内の移動の鍵を握るのが、島に1台しかないタクシーの確保だった。幸い1週間前の依頼で予約することが出来た。蕨簡易局にたどり着いた時、すでにタクシーは来ており、運転手は局内のストーブにあたりながら局員と世間話をしていた(待たして御免なさい)。預入後、タクシーに乗り込み久賀局まで往復してもらった。

 タクシーの車中では運転手と、急に冷え込んだ今週の寒さの話しや、先月ほどんど雨が降らなかった事などの話をしながら局に向かったが、なかなかたどり着かない。そこで「蕨の集落から久賀局まで」と訪ねると、片道約5kmとの事。歩くと1時間の上はかかるとの事。タクシーの欲しい距離だ。

1912_020 久賀島局

島の中央部に有る「久賀島局」の若い男性局員は、元気が有って感じよかった。局名の入ったゴム印を、メモ用紙に何回も丁寧に試し押ししてくれた後、いざ本番「ヨイショ」の掛け声と共に通帳に押印。こんな明るさが、高齢者の多い島民を元気にしているのかも知れないと思った。

 

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2007年12月15日 (土)

蕨簡易局

 海上タクシーが待機していた旧桟橋には、約束の時間に10分遅れで到着。車の引き取りに来たレンタカー会社に、レンタカー料金を支払った後、船に乗り込み慌しく奈留島を離れた。海上タクシーが港を出た所で、船長が船を一旦止めて、契約料金を聞いてきた。電話に依頼した時に確認した料金、「奈留から久賀までが5,000円、久賀から糀島が12,000円」を伝えたところ、腑に落ちない様子。仕方なく料金を聞くと、20,000円との事。暫く押し問答の末、「これ以上揉めても・・」と思い、20,000円支払って、久賀島に船を進めてもらった。

1912_017 蕨簡易局

農協いや農協と併設されている蕨簡易局です。この局、昨年11月から郵便貯金の扱いを開始した。女性の局長さんは「慣れていなくて」と恐縮しながら、貯金扱いをしてくた。「そんなに恐縮しないで」と思った私。

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2007年12月14日 (金)

奈留島局

 大串簡易局から来た道を戻り、漁船がたくさん係留されている相ノ浦漁港を横目に見ながら、突き当たりを今度は右折し港方向に。そして奈留局手前の奈留教会に。教会を眺めていると携帯が鳴った。海上タクシーの船長からだった。電話の内容は「約束の9時40分だが・・」。慌てて教会見学を切り上げ、奈留島の最後の一局の奈留局に。

1912_011 奈留教会

入り口には「メリークリスマス」の文字が。横文字ではなくカタカナなのが素朴で良い感じ。聖堂からイルミネーションのケーブルが四方八方に張られ、夜がきっと綺麗なんだろうと思った。

1912_014 奈留島局

奈留島のメインストリートに面していて、判り易かった。海上タクシーを待たしている事に気を取られ、写真を撮り忘れしまい戻って撮影。

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2007年12月13日 (木)

大串簡易局

 船廻簡易局から、今度慎重に曲がり角を探しながら走り、港の終った処から、湾を囲むように右に分かれる道に入った。暫く走ると上り坂に成り、新しいトンネルに進んでいった。これで間違いないと一安心。しかし、トンネルを出て、正面に久賀島を望みながら下っていくと、海が少し荒れており、岩に白波が立っている様子が見えてくる。「まずいな。結構波が立っているが、船出してくれるだろうか」と不安が横切る。海上タクシーが出なきゃ、これだけ苦労して作ったコースと休みが、一瞬にしてパーに成る。坂を下りきり、突き当りを右に少し進むと大串集落に入った。ほどなく旧局舎は右手に見つかったが、肝心な現行局舎が見当たらない。集落を過ぎて、引き返してもう一度丹念に探してみるがダメだ。人影が動く、納屋を見つけ声をかける。漁師さんが手を休め、集落内の鉄筋住宅のすぐ脇だと教えてくれた。局の場所が判って一安心だが、漁師さんが船を出さないで、網の手入れをしているのが気になった。そう言えば、漁船が出ていないな。

1912_009 大串簡易局

海辺の道から集落に入り、洗濯物等が干してある生活道路の先、右手に有った。

島の局らしい場所だと言えば、それまでだが、集落の人に尋ねなきゃ判らない場所だった。

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2007年12月12日 (水)

船廻簡易郵便局

 それでは、今日から上五島の訪局記を書いていきます。

 12月4日火曜日、JALの最終便で羽田から福岡に、そして地下鉄で中州川端駅まで行き徒歩で博多港に。定刻23時30分に博多港を出港したフェリー「太古」は、途中若松港の荷扱いに時間が掛かり、奈留港には、予定より15分の遅れの8時25分に着いた。前もって予約して有ったレンタカー会社の人はすでに来ていてくれていた。早速その場で手続きを取ってくれて、スムーズにレンタカーをスタートする事が出来た。奈留高校の荒井由実の「瞳をとじて」の石碑を眺めた後、奈留島の一番奥に位置する「大串簡易局」を目指した。いや目指したはずだったのだが、気が付くと船廻集落。どうやら大串に向かう曲がり角を見落としてしまったらしい。時計を見ると8時50分を過ぎている。仕方ない「船廻簡易局」から始めるか(しかし、初っ端からこの調子だと先が思いやられる)。

1912_006 船廻簡易局

8時55分過ぎに局内に入り、貯金をお願いすると、「9時前ですが機械の操作、できっとですかね」と、訪ねられた私。戸惑いながら「大丈夫だと思いますが・・」と答えて、今回の下五島訪局のスタートを切った。

1912_005 奈留レンタカー

島民の自家用車?いいえ、2750円で借りた奈留レンタカーです。車体後部には「奈留レンタカー」の文字が入り、レンタカーとしては、今時珍しいマニュアル操作の車だった。私は違うが、オートマ限定免許だったら困るだろうな。

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2007年12月11日 (火)

下五島を目指すコース案 その4

 「コース案は判ったから、早く局巡りの話しに入れ」の声が聞こえてきそうだが、もう一日お付き合いを。

 中通島と九州本土の間に、崎戸諸島という島々が有り、そのうち江島と平島に各一局ずつ郵便局が有る。佐世保からその二島に寄港しながら中通島に行く船が、一日一往復運航されているのだが、本土から行って本土に戻った場合、そのダイヤが恐ろしく郵便局巡りに適さない。

友住          平島        江島       崎戸     佐世保

07:25発  → 07:45/07:50 → 08:30/08:35 →09:27/09:32 → 10:40着

16:51着 ←16:33/16:26 ←  15:43/15:37 ←  14:45/14:38  ← 13:30

 上記がそのダイヤだが、初日に佐世保から乗船し、江島で下船して郵便局立寄りをして宿泊。2日目午後3時過ぎまで江島に滞在し、船で平島に渡るが、4時を回り局は閉まっており移動だけで1日かかっていしまい終了。3日目終日平島滞在で郵便局行って同じく平島宿泊。4日目朝に船で佐世保にと。本土側から窓口預入を望むなら最低4日、機械預入でも3日かかる。ものすごく時間のかかる事になってしまう。

 時間のロスが大きいので、崎戸諸島の訪局は最初は考えていなかった。しかし「やる以上はやれる所まで突き詰めていこう」という方針で、再度検討する事。結果、中通島の友住港から渡る事にし、定期船で江島まで渡り、預入後船をチャターし、平島を立ち寄り友住港に戻ることにした。このパターンだと、本土発着で3~4日掛かっていたのが、江島から平島を立ち寄りし、友住港まで1時間程度で廻る事が出来る。そして、下記が最終案になった。

(上五島の行程)

初日 羽田空港20:00(ANA271便) 21:55 福岡空港 (地下鉄 路線バス) 博多港23:30(フエリー太古) 船中泊

2日目  5:00青方中通 (バス)友住港(連絡船)江島(チャーター)平島(チャーター)10:00頃 友住港 (レンタカーにて中通、若松島局巡り)有川 「宿泊」

3日目  有川6:20(高速船)7:00小値賀島「島内バス移動」柳港(連絡船)神浦港 宇久島「島内タクシー移動」11:50 宇久平 11:10(高速船)12:32佐世保15:05(連絡船)15:48松島港16:17(連絡船)17:00佐世保港(乗り合いタクシー) 長崎空港19:30(ANA670便) 21:00羽田空港

(下五島の行程)

初日 羽田空港20:00(JAL1743便) 21:55 福岡空港 (地下鉄 路線バス)博多港0:01(フエリー太古) 船中泊 

2日目 8:10奈留 (レンタカー)奈留港11:30(海上タクシー)久賀島(海上タクシー糀島本窯 (海上タクシー) 伊福貴12:30(連絡船)13:10福江港14:00(連絡船)14:37黄島15:30(連絡船)福江港16:05  

3日目 福江 (レンタカー)貝津港11:30(連絡船)11:50 嵯峨港 12:50(連絡船)13:10貝津港(レンタカー)福江空港17:55(オリエンタルエアーブリッジ)18:25長崎空港19:00(JAL1840便) 20:30羽田空港

で、明日から下五島の局巡りの話しに入ります。

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2007年12月10日 (月)

下五島を目指すコース案 その3

 今春に五島と思っていたのだが、春に青春18きっぷがJR発足20周年価格の割安料金で売り出され、それならば佐渡島と行き先変更、夏は去年の残りの奄美群島に行き、それぞれ完局した。そして、今度こそは五島と準備を進めていった。しかし職場が忙しい。とても3日の平日休暇は難しい。なんとか2日なら。という感じだ。五島市内6島に跨る30の郵便局を2日行程で廻る事が出来るか。いや、やるしかない。

初日 羽田空港20:00(JAL1743便) 21:55 福岡空港 (地下鉄) 福岡市内泊

2日目 福岡市内(地下鉄) 福岡空港7:50(ANA4915便) 8:30福江 (レンタカー)貝津港11:30(連絡船)11:50 嵯峨港 12:50(連絡船)13:10貝津港(レンタカー)16:00 

3日目 福江7:10(福江バス)7:28奥浦7:30(フエリー)7:49久賀島(海上タクシー) 糀島本窯 「徒歩」 伊福貴12:30(連絡船)13:10福江港14:00(連絡船)14:37黄島15:30(連絡船)福江港(福江バス)福江空港18:55(ANA4920便)19:30福岡空港19:50(ANA270便) 21:20羽田空港

 色々と考え抜いた末、糀島の滞在時間の長さに着目し、隣の久賀島から海上タクシーで渡る案を思いついた。費用はかかるが、それにより1日短縮出来るメリットは大きかった。又、福岡福江間を飛行機で往復する事により、滞在時間が充分に確保出来て、2日目に万一福江島内19の郵便局が廻りきれなかった場合は、最終日に黄島から帰ってきた後、機械預入により廻る事も出来る。

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2007年12月 9日 (日)

下五島を目指すコース案 その2

今年(平成19年)に入り、1月31日~2月1日で対馬に廻り、次は五島という気持ちに成って来た。下五島を廻るに当たっては、同じ地域内の上五島も考慮して行かなければならない。

そこで上五島の行程を考えてみた。

初日 羽田空港20:00(JAL1743便) 21:55 福岡空港 (地下鉄 路線バス) 

2日目 博多港0:01(フエリー太古) 5:00青方中通 (レンタカー)9:00津和崎 (レンタカー)13:30土井浦13:50(連絡船)14:20 奈留島 16:30(連絡船)17:00土井浦(レンタカー)有川18:00 

3日目  有川6:20(高速船)7:00小値賀島「島内バス移動」柳港(連絡船)神浦港 宇久島「島内タクシー移動」11:50 宇久平 11:10(高速船)12:32佐世保15:05(連絡船)15:48松島港16:17(連絡船)17:00佐世保港(乗り合いタクシー) 長崎空港19:30(ANA670便) 21:00羽田空港

 早朝の行動が二日続いたりして、決して出来の良いコースとは言えないが、船の便数が限られているので仕方ない。9時に最北端の津和崎局からスタート出来れば、若松島の土井浦局には13時過ぎには着きそうだ。そうすれば五島旅客船の船で奈留島に渡る事が出来る、それにより下五島の行程から奈留島を外す変わりに、新たに伊王島を組み込む事が出来た。試行錯誤を繰り返し、チョットしたアイデアにより、ものすごく充実したコースが見つかる。ここがコース作りの楽しさだ。

(下五島の行程)

初日 羽田空港20:00(JAL1743便) 21:55 福岡空港 (地下鉄 路線バス) 

2日目 博多港0:01(フエリー太古) 9:00福江 (レンタカー)貝津港11:30(連絡船)11:50 嵯峨港 12:50(連絡船)13:10貝津港(レンタカー)16:00 

3日目 福江港7:30 (連絡船) 8:00 糀島本窯 「徒歩」 伊福貴12:30(連絡船)13:10福江港14:00(連絡船)14:37黄島15:30(連絡船)福江港16:05  

4日目  福江(福江バス)奥浦7:30(フエリー)7:49久賀島9:35(フエリー)9:55福江港 13:10(ジェットフォイル)14:35長崎港 大波止場15:30(長崎汽船)15:49伊王島17:26(長崎汽船)17:46長崎港 大波止場17:58(空港連絡バス)18:39長崎空港19:30(ANA670便) 21:00羽田空港

ほぼ、これで決定版に出来上がって一安心していた。しかし新たな問題が・・。

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2007年12月 8日 (土)

下五島を目指すコース案 その1

 12月4日の夜から6日にかけて、五島列島の福江島とその周辺の5島の計30局の郵便局を廻ってきた。今回はコース作成の話しから入っていこうと思う。

 五島列島は、九州西部の長崎沖合い100キロに浮ぶ島々で、北端の宇久島から南端の嵯峨島まで長さ80キロにつななる島々。郵便局の数は51局(うち簡易局が17局)。五島列島は平成大合併迄は1市12町にわかれたいたが、現在は、宇久島と小値賀島が佐世保市。中通島と若松島が新上五島町。奈留島以南が五島市に3行政区域に分かれている。そして、地域的には以北の上五島と、奈留島以南の下五島に区分される。そして、今回目指したのは、その下五島地域。

 さて、その五島列島の訪局計画だが、最初は平成2年、長崎県訪局に当たって、県内全域の局の点在状況を調べたのが最初だった。その後、五島列島に目が向くことも無く時が流れ、北海道本土の完局の目途が立った平成17年夏に、郵便局の有る島の洗い出して、その島の魅力や訪局に当たっての船の利便性など加味しながら、実現性の可能性を検討した。その結果、五島列島は、奄美群島、屋久島・種子島、対馬等ともに、次の訪局地の最有力候補に上げた。その時の行程が下記の内容だった。

初日 羽田空港20:00(JAL1743便) 21:55 福岡空港 (地下鉄 路線バス) 

2日目 博多港0:01(フエリー太古) 8:10奈留島 (レンタカー)10:50奈留港 (五島旅客船)11:20福江港14:00(連絡船)14:37黄島15:30(連絡船)福江港16:05 

3日目  福江9:00(レンタカー)貝津港11:30(連絡船)11:50 嵯峨港 12:50(連絡船)13:10貝津港(レンタカー)16:00 福江港 

4日目  福江港7:30 (連絡船) 8:00 糀島本窯 「徒歩」 伊福貴12:30(連絡船)13:10福江港13:15(フエリー)13:49久賀島14:20(フエリー)14:39奥浦14:48(福江バス)15:07福江港 16:05(ジェットフォイル)17:30長崎港 大波止場17:58(空港連絡バス)18:39長崎空港19:30(ANA670便) 21:00羽田空港

特別なひねりも無く一般的な行程だ。初日に奈留島と黄島、2日目に福江島と嵯峨島、3日目に糀島と久賀島を廻る。総て公共交通機関で廻る為、待ち時間が多かったり、逆に久賀島では時間が足りないような気がする。

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