旅行貯金の日々
隠岐の島ユースホステル
数年前の昼下がり、文化放送聞いていると、みうらじゅん氏が「先日、30数年ぶりに島根のユースに行ってきた」と感慨深かげに語りだした。え?島根のどこのユースだろうと耳をダンボにして聞いていると、ここ隠岐の島ユースホステルことだった。
そして、私もお世話に成った事のあるユースだけに懐かしさ一杯で聞き入り、その時、もし隠岐に行く事が有ったら私も尋ねてみようと思った。
ユースホステルは、もう10年以上前にやめてしまったたが、郵便局の先の道路標識には今でも、浄土ヶ浦の文字の下に残っていた。
このユースを舞台にしたみうらじゅん氏の自伝的小説「色即ゼネレーション」が映画として今夏封切らて、隠岐から帰ってきて1ヵ月後の9月の連休時に映画館に見に行った。少しだけ上の世代の話だったが、とても懐かしく感銘した。
島後にはここ以外にも、水若酢神社もユースをやっており、隠岐4島にそれぞれユースホステルが有って、使い勝手が良かった。
しかし、時代の流れ、利用者や運営者の事を考えない協会の方針により、隠岐の島どころか、島根県、いや山陰全域からユースは無くなってしまった。寂しい限りである。
ユースのスタンプ帳
久しぶりに広げると、懐かしいユース名がずらりと。 隠岐の島ユースを探してみると平成4年5月3日に泊っている。翌4日は知夫ユースに。そう言えば、知夫ユースに泊って翌日同宿者と赤壁を見に行ったっけ。そして一緒の船に乗って、山陰線も途中まで一緒だったな・・・。
17年以上前の記憶が新鮮によみがえって来た。
中村郵便局
郡簡易局から中村局に移動する国道485号線は、山林の中を抜ける道で時々木々の間から海が見えるのどかな走りやすい道だった。その道の雰囲気は、その先道路名が県道に変わっても、時々狭い部分も有るものの西郷の町まで続いていた。
9時39分着 久見局から21.6km
最近移転した局で、国道から用水路を挟んで場所に建ち、広い駐車場が印象的だった。
中村小学校に行く時、住宅街の中に残る旧局舎の跡地の前を通ったが、今の局の用地は、その土地の倍以上広さが有るだろうか。
水木しげる氏が、魂に囲まれて踊る像が建っていた。しかし、なぜここに有るのだろうと疑問に思って、東京に帰って色々と調べると、この中村集落は水木しげる氏の父親の出身地だそうだ。
水若酢命神社
今日から暦の上では11月。早い~な。
しかし、このブログ上では8月の世界。隠岐の訪局記の最終日のことを今日から書き綴ってい来たいと思います。
それでは、よろしかったらお付き合いの程を・・・。
今日はレンタカーで、島後島内の15の郵便局を廻る予定だ。そして3時過ぎの船で、島を離れて東京に帰る予定だ。
島後の局の場所を確認すると、だいたいが海岸線沿いに点在し、訪局ルートを結んでいくと円を描くような感じで成る。そうなれば、一番隣りまでの局が間が離れている区間で切るのが効率が良い。そして西郷港の反対側の久見局スタートし時計回りで進んで行くことに成った。
そして、ここまで来て郵便局廻りだけで終わってしまうのは勿体無い。そこで最初の久見簡易局に行く途中、水若酢命神社に立寄って少し観光を・・・。
隠岐の一の宮と有って規模は大きく、境内も広く、本殿は隠岐造りと呼ばれる独特な社殿。
朝の空気の中、凛とした雰囲気が漂い気持ちの良い場所だった。
西郷の宿
港を出て、西郷郵便局を写真に収めて宿に向かった。港から少し離れていて、直接歩いてきても10分ぐらいかかる距離だった。
一人部屋の造りになっていて、縦方向(長い方向)で横になっても、壁と壁に挟まれるような感じだった。
しかし、風呂は広く、廊下に有った共同の冷蔵庫も持ち込み自由で、セルフでインスタントコーヒーの用意も有った。
まあ少ない予算の宿泊代で、何を優先するかと言う所だ。
海鮮物を期待していたのだが・・・
今日も昨日と同じような感じの料理だった。隠岐に来たら海の物をドッサリのイメージが有っただけに残念。
朝から盛りだくさんの食事が出た。
今日の郵便局廻りのコースは、お昼が遅くなりそうだったので、有り難いボリュームだった。
島後に
外浜海水浴場と船引運河で1時間くらい遊んだあと、バスで別府港に戻った。そしてフェリーに乗って今晩の宿がある島後の西郷港に。
本土の境港から島前の別府港を経由して島後の西郷港に向かう、「フェリーしらはま」に乗船。
別府港で待っていると本土から乗ってきた方々がそろぞろと降りていく様子を見て、空いてるかも・・・。微かな期待をもって乗船。しかし、島後まで通しのお客さんも多くて、空席は思ったより少なかった。どうやら短い時間で移動できる高速船より、時間がかかっても安いフェリーのほうが人気が有るようだ。
別府港は左舷からの乗船だったが、西郷港では右舷からの下船だった。
この船は鬼太郎フェリーと呼ばれ、船の両側に水木しげるのアニメ画が描かれている。一見すると同じ絵が描かれているに見えるが、左舷側はねずみ男が水上スキーで格好良く、右舷側ではたらい舟と微妙に異なっていた。
凝っているな・・・。
夕日が輝く島後の沖合いで、昨日乗った高速船とすれ違った。船を見かけ慌ててカメラを取り出し構えると、時速70kmの高速船ははるか向こうに。
船引運河
今年の東京は夏らしい日は少なかった。そこで、青い空に入道雲そして夏色の海に砂浜、そんな夏らしい光景を見たくて、美田郵便局から約1km歩いて外浜海水浴場に。
外浜海水浴場
浜では地元の高校生が楽しんでいた。そして私は隠岐の透き通った海と幾重にも重なる岬を眺めながら、おだやかにながれる時間を楽しんだ。
海水浴場のはずれには、船引運河の入口があった。説明の看板を読みながら暫らく眺めていると、モーターボートがゆっくり通り過ぎていった。
説明看板によると、外洋と内海の美田湾(写真奥)の往来をしやすくするために、島の一番狭い部分を大正時代に開削し、それ以前は船を引きながら内海から外洋に出ていたので、この名が付いた事が書かれていた。
荒々しい岩肌を見せる景勝地の國賀海岸から戻ってきた観光船もここを通過していった。
西ノ島のバス
島前三島を廻るにあたって、印象深い局巡りにしようと思い、それぞれの違ったスタイルで廻ってみようと思った。すなわち、知夫島は徒歩、中ノ島はレンタカー、そして、ここ西ノ島の移動には路線バスを利用した。
ノンステップの中型の路線バスで、運賃はどこで乗降しても均一200円。夏休み期間中と言うことも有るのだろうか、お客は少なかった。
町営バスになっているが、町で運行していくのは厳しいようで、実際は神奈川県で路線バス運行している会社に運行委託している。
中ノ島を運行している海士交通。行き先表示にはスクールバスと有ったので、この日は学校が有ったのだろうか。(学生は余り見かけなかったが・・)
逆光になってしまって上手く撮れていないが、こんな感じの車・・・。
島前最後の島に向かって、
金光寺山で隠岐の地形を感じて、次は知々井簡易局に訪ねて、そして菱浦局近くの商店でパンを買って港に滑り込み内航船に飛び乗った。
そう言えば、平成始めに来た時、この中ノ島と西ノ島を橋で結ぶ計画が有ったが、今は立ち消えに成っている。そこ頃島もバブル経済に踊らされていたのだろうか。今は本土を結ぶ隠岐汽船の経営危機、隠岐4島合わせて2万人以上住んでいる島々でお産が出来ない話など、どうも隠岐では明るい話は少ないようだ。
この島々で生活をして行くには大変な苦労が有ると思うが、逆に言って、それが島の素朴さを保っているかも知れないと、島前最後の島に向かう船の中でふと思った。
中ノ島をチョットだけ観光を
せっかく中ノ島に渡って慌しく郵便局を廻って帰るのはつまらない。そこで郵便局プラスアルファで観光しようと思っていた。寄りたいなと思っていたのは、隠岐に流された後鳥羽上皇を奉った隠岐神社、西ノ島を望む北分大橋、そして金光寺山の3ヶ所だ。
しかし、思わぬ簡易郵便局のアクシデントで3ヶ所寄る時間が無くなってしまった。せめて1箇所だけでもと思い、海士局から知々井簡易局に移動時に通りかかった金光寺山の展望台に立寄った。
島の様子を知りたくて、車で展望台近くまで行ける金光寺山展望台に。
本州側を見渡すと、さすが大山や本州は見えなかったが、手前の高石漁港とその奥に延びる知々井岬が見え、中ノ島の急峻な地形と複雑なリアス海岸を感じ取る事が出来た。
地形にアップダウンが有るものの農耕地が広がる。そして、ほんおわずか海が見えるがその先には西ノ島が見えた。
こうやって高台から眺めると、島の外側は急峻な崖、島の内側は平地になっており、ガイドブックに書いて有った隠岐は太古の昔は火山で、中央のカルデラ湖が埋没し、外輪山が4つの島に成ったという説明が、手に取るように判った。
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海士郵便局
知々井簡易郵便局の昼休み中に海士郵便局に向かう。
ここで、一つ心配事が・・・。
午後は1時菱浦港から対岸の西ノ島別府港に渡りたい。
船の時間は13時27分。
訪局後、これから走る道を進み車に燃料を入れ、返車の手続きをして、出来たらお昼御飯を手に入れて船に乗りたい。かなりタイトな時間だが、一番のポイントはこれから走る山越えの道だ。勾配はどうだろう?道幅?そして所要時間は?と心配事のオンパレードだ。
そんな不安な気持ちで山越えしたが勾配は厳しかったが、10分程度でぬける事が出来た。このタイムなら、なんとか知々井簡易郵便局から港まで20分弱で行きそうだと一安心し、海士局にたどり着いた。
8月18日 12時22分訪局
正面窓の上に、ステンドグラス風の明り取り窓が着いたちょっとしゃれた局舎。
しのはらさんのホームページでは、ロビー内をウサギが走り廻っていたと書かれており、楽しみに局に入ったのだが、ウサギとの出会いは無かった。(決して、しのはらさんが悪いわけでは有りませんので)
ブログでは、知々井簡易局、海士郵便局の順で、書いてありますが、実際は知々井簡易局が昼休みだった為、海士郵便局、知々井簡易郵便局の順で廻っています。
知々井簡易郵便局
隠岐は海が綺麗だ。まるで南の海のように透き通った明るい青色をしている。
木々の間から、そんな景色を楽しみながら車を進めて知々井簡易郵便局に。ここで一つの大きな事件が・・。
県道から集落を走る道に入り、突き当りの港に有る簡易局に車を着けると、1台の軽自動車がすれ違うに出て行った。何気なく、その運転している人の服装を見てみると、どっかで見た事の有る服装だ。そして正面の局の入口はカーテンが引かれていた。しまった!局員さんがお昼ごはんを食べて局から出て行ってしまった・・・。
さっきは知夫島であと一歩のところで船に乗れなかったりと、今日はどうもあと少しのところで逃している。タイミングが・・・が悪いみたいだ。
さあ~どうしよう。
しばし、地図とにらめっこの末、隣りの保々見集落から山越えで海士にぬける道を発見。先に海士局に行ってから、この局に戻ることにした。
8月18日 12時58分預入
結局菱浦局を先に行き、その後この局で中ノ島(海士町)完局となった。
局は、バス?の待合室の奥に入口が有るチョット変わった造りだ。
ここも素朴な港の風景で、見ていて飽きなかった。
御波簡易局
崎郵便局を後にして、次は御波簡易局に。
「御波簡易局は・・・確か、しのはらさんが作られている郵便局と消印のページでは、貰い火で局舎が全焼してしまい局舎を立て直した局だったな・・、と言うことは新しい建物を探していけば言いと言う事か・・・」と、詳しく丁寧に書かれているホームページをついつい頼りにしてしまう私。
自分の力で探さなくてはと集落に入り、局舎を探しているとバス停の近くに海をバックに最近建った感じの郵便局を発見。
8月18日 11時54分訪局
局のそばに有ったバス停を見ると、なんと1日に3便。局廻りにバスが使えないと言うより、車が無くバスを生活の足にしている人は、どうやって生活しているのだろうと思ってしまった。
写真は集落の感じを表現したく、来た方向(崎集落方向)に向かってシャッターをきった。
崎郵便局
今回の隠岐訪局は、このブログにもコメントを頂いている、しのはらさんが作られている「郵便局と消印のページ」を参考にさせて頂いていた。その中で、隠岐の郵便局中もっとも見つけにくく苦労した様子が幾つの写真と共に書かれていたのが、私が次に訪ねる崎郵便局だった。
そのホームページの隠岐の部分を印刷し、行く前に自宅で読み返しイメージをふくらませて行った。さらに隠岐汽船の中、そして宿で、何回も読み返し文章を頭の中に叩き込んでいったつもりだったのだが・・・。
そして本番。ポイントは崎のバス停を曲がるだったな・・・。と右折して集落の路地の入っていく。そして右左注意深く探していったのだが、見つからない。そして突き当たりを左に曲がると運良く、郵便局の配達のバイクに出会った。局の場所を聞くとこの裏との事。そして一旦港に向かう坂を下り、引き返し言われたとおり行くと局が有った。
バス停の右折が一つ目のポイントなら、曲がった崎を進んで行ったここが二つ目のポイント。バス停から来た道は暫らく走ると右カーブしていく。そこの左側にカーブミラーが立っている。その角を左に入っていくと、すぐ右側に郵便局が有る。
決して、しのはらさんが悪いのでは無く、自分で探そうとしなかった私いけないのだ。そして、こうやって迷った局は妙に印象に残る。
11時34分着
菱浦から崎郵便局までは、道が細い上にアップダウンも有り、地図で見るとさほど大きく感じてなかったが、30分もがかかり、この時間に、島の大きさを実感させられた思いだった。
島前の島々に向いてる菱浦港に対して、この港は反対側に位置し本土側に開けている。
局の位置はだいたいこんな感じ。え!よけいわかりにくい?
絵は上手な方ではないので、ご勘弁を・・・。

知夫郵便局
港から歩くのはちょっと勾配のきついループ橋を登り、そしてトンネルをくぐって島の反対側に下って行くと、もう一つの港と集落が見えてきた。坂を下りきり右手の学校の先の三差路を右に向かって歩いて行くが、郵便局らしい建物は見えてこない。少し不安な気持ちに成って、道を変え岸壁沿いの道を歩くと右手に局を発見。ホッとした。
8月18日 9時8分訪局し、隠岐の最初の1局を通帳に記した。
港から峠越えの歩いて25分。距離を地図で計ってみると2kmチョット。結構な道のりだったが、景色を楽しみながら歩いたせいか、あまり遠いという感じはしなかった。
局内の待合室からは、港を囲むように広がる集落を望む事ができた。
行きは楽勝と思えた道も、普段の運動不足に体の重さが加わって、集落を過ぎて坂道を上り始めた頃から疲れを感じ始めた。帰りの船の時間は迫ってきて、急ごうと思うのだが足がついて来ない。そんな時救いの神が・・・。
ここの湧水はやわらかな感じの水質で、ひんやりして美味しかった。全身汗だくの身に、冷たい水は心地よく身体にしみわたり、何杯もお代わりをしてしまった。
命拾いした感じだった。
後でパンフレットを読むと、島根の名水100選に選ばれているそうだ。どおりで美味しいはずだ。
元気を取り戻し峠の頂点にあるトンネルをぬけて港に。しかし、あと一歩のところで9時35分発の旅客船は汽笛を鳴らし岸壁を離れて行ってしまった。仕方なく待合室に。そこには今春まで放映されていた「だんだん」のこの島の撮影シーンの写真を展示してあった。季節風が強く吹き、海が荒れる冬場の撮影だけに色々と苦労があったようだ。そして9時57分のフェリーで再び中ノ島の菱浦港に戻った。
知夫島
知夫島は島後を含めた隠岐四島の中で、もっとも人口も面積も少なく、肝心な郵便局も1局しかない。しかし、この1局がよりよって港から山をはさんだ反対側に有り、距離を測ると港から2km以上。タクシーも有るのだが頑張れば歩ける距離なので、徒歩で向かう事にした。
そして、島前3島のコースを色々とシュミレーションしながら組んでみると、郵便局の開いている時間の中、歩くのは時間が勿体無いと思った。そこで、郵便局の開く9時前に港に着き局に向かって歩いて行き、9時過ぎに局に着く案を選ぶことに。
平成の始めに赤壁を見に行こうと観光目的で訪ねた時は、港から山道を歩いて集落に向かったような記憶が有るが、今は港にループ橋が出来ており、この橋を歩き山の中腹にあるトンネルをぬけて集落に向かった。
せっかく来たのだから、島の風景をもっとスナップで収めておけば良かったのだが、時間が無く、数枚しか撮る事が出来なかった。
内航船
隠岐の島前(どうぜん)には人が住んでいる島が、中ノ島、西ノ島、知夫島と三つある。その島を結んでいるのが内航船で旅客船とフェリーの各1船づつ就航している。運航時間帯も朝の7時から22時過ぎまで有って使い勝手は良い。
今日はこの内航船を活用して島前3島9局の局廻りを楽しんでいきたいと思う。
この船を利用して、今日はまず菱浦港(中ノ島)から、来居港(知夫島)に渡った。
菱浦港のそばには、高校が有るので普段なら8時過ぎのこの時間、高校生の登校でにぎあうところだと思うが、夏休みと有って学生の姿は見かけなかった。
真新しい船で、最近代替したばかりだのようだ。
知夫島から再び中ノ島に戻る際に利用したが、朝の時間を過ぎた時間だったせいか、利用客は車を含めて殆んどいなかった。
朝、知夫島に向かう船の荷物には、お客さんの荷物、生活物資に混じって郵袋も乗っていた。
菱浦の民宿
隠岐の民宿選びは色々と悩んだ。一番の原因は情報量の少なさだった。私としては、美味い海産物を食べさせてくれて、宿や部屋がそれなりに綺麗なら充分なのだが・・・。しかし、宿の名前や規模は隠岐汽船から送ってもらった資料で判るのだが、料理や建物を紹介した資料は無く、インターネットでも探したが見えてこなかった。
最初、翌日の行動を考えて知夫島に泊ろうと思い、魚料理の評判が良さそうな民宿に電話したがあいにく満室で断られた。その後島内の数軒の民宿に電話したが、電話の受け答えからすると今一の感。更に西ノ島等を当たってみたがピンと来なかった。その結果この宿に成った。
宿泊代は沖の協定料金1泊2食7,350円税込み。
港から数分で利用しやすかった。
角部屋で風が通り抜け気持ちよかった。外はどんな感じと?と、窓から眺めると先ほどのスカイブルー色の菱浦郵便局が見えた。
隠岐の民宿イコール新鮮な海のモノ。そう思って食膳につくと、残念ながら期待していた海産物は少しだけだった。残念。
昨晩石見では、駅前のコンビ二より明るく漁火を照らしながらイカ釣り船が出ており、それなりに期待していたのだが・・。
隣りのテーブルでは、それぞれ違う場所から来たおじさんグループとおばさんグループが意気投合。楽しげに会話が弾んでいた。そこに民宿のお上さんが、「チョット値が張るけど隠岐牛の良いお肉が有るんだけど」と声を掛けた。おじさんグループはおばさんグループの手前、値段など野暮な事は聞かない。上手いね。お上さん。この後どうなったかって。食べ終わって私は席を立ったので・・・。判らない。
隠岐汽船
島根県七類港から出る夕方の高速船で隠岐の菱浦港に向かった。
ここまで乗ってきた自宅の車で隠岐に渡る事もコース作りの段階では考えたが、何しろ隠岐までの航送料が・・・。なんと5メートル未満の車が片道2万1830円。高~い。そしてフェリーのダイヤも使いやすいものでは無かった。そこで七類港の無料駐車場に車を置き、島内のレンタカーを借りる事にした。
隠岐までフェリーだと2時間以上かかるが、この船だと1時間チョットで渡れる。しかし料金がフェリーの倍の5,600円。島の民宿1泊分近い値段だ。
以前は高速船を二隻使って運航していた時代も有ったが、隠岐汽船の経営危機以後一隻になってしまった。
高速船は、最初に島後の西郷港に寄った後、島前の菱浦港に午後6時42分に到着。
東京だと暗くなる時間だが、東京より西に位置する隠岐では7時過ぎまで明るかった。
今夏東京では、ぐつついた天気が続いていた。しかし、島根では今日は一日中晴れ。久しぶりの夏空を堪能した上、ステキな夕焼けも見る事が出来た。
局巡りの後で・・・
局窓口終了時間の4時まで1時間以上の時間を残して今日の局巡りは終了した。隠岐に向かう船の時間は16時50分、移動時間を含めて2時間以上余裕がある。さ~あどうしょうか。そう言えば、まだお昼を食べていない。七類の船乗り場に向かう途中、少し回り道をして大きな漁港がある境港に立寄って海のものでも食べようか。そう決めて、鳥取県境港に車を走らした。
境港と言えばやはりこれでしょう。水木しげるロードにかかる橋でのんびりとうたた寝するねずみ男。
この方、妖怪の世界ではバッチイ事で知られているが、この世ではあちらこちら触られテカテカニに。
今日のお昼
民間がやっている大型鮮魚店の一角にある食堂に入ると、今日までお盆メニューだった。チョット高いなと感じながら、800円の鯵どんぶりを頼んだ。味は値段を考えるとまあまあかな。
持田簡易郵便局
いよいよ島根県本土の最後の未訪局、松江市の持田簡易郵便局に向かう。中海大橋を使って距離・時間を短縮して、井尻郵便局から50分で到着した。
53706
8月17日 14時38分着・42分発
江津のスタンドより266.7km
平成17年3月から一時閉鎖していたが、平成19年6月1日に現在地に移転再開し、同時に貯金扱いを開始した。
郵便局のホームページには、住所欄にカッコ書きで、コーポだけみ1-2と記載が有った。そのヒントを元に、アパート又は集合住宅を目印に探すと、角地にアパートが有りその建物の1階に局が有った。
国土地理院の地図には郵便局は記載されていなかった。おおよその位置は地図中央の十字印のある当たりの角地。
井尻簡易郵便局
次に目指さす井尻簡易郵便局に行く途中に走った県道9号線には、「NHK朝の連続ドラマ ゲゲゲの女房決定」の横断幕が・・。今春「だんだん」が終わったばっかりなのに・・・また島根県が舞台なんだ。と驚く。どうやら水木しげる婦人の出生地はここら辺のようだ。そして、この道が県境を超えると鳥取県日南町。そこは松本清張の父親の出生地。どうやら、この道沿いには著名人のゆかりの地が多いようだ。
そして目指す簡易局は、旧街道筋を思わせる町並みの中に有った。
53733
8月17日 13時46分着 48分発
江津のスタンドより233.8km
古い町並みだが、ここでの局の歴史は新しく、先月(7月21日)に営業再開と同時に貯金扱いを開始したばかり。
局に入ると窓口には若い女性、奥にはもう一人女性が座っていた。親子の局員さんだろうか。通帳を出すと、窓口の女性からこの趣味の方始めて来ましたと言われたが、通帳に押されたゴム印の扱いは慣れた様子だった。
先月再開したばかりと有って、さすがに国土地理院の地図には反映されておらず上記の地図では旧局舎の位置が示されている。今の局の場所は、南(下方向)に進んで、一つ目の川の先の右側。
石見大屋簡易局
石見山間部の都賀行郵便局を後にして、次は大田市の石見大屋郵便局に。
都賀行局から江の川を渡り川沿いを走る国道375号線に。この国道は山陰道が米子から松江・出雲市まで開通する以前、石見に行く時に結構使った道だ。その当時と比べると結構整備されてきているなと粕渕のバイパス区間を走りながら感じた。
更に進み大田市入る手前を左折。ここは以前見つけにくい曲がり角だったが、今は大森銀山入口の大きな看板と、以前の対向車が来ると交わすのがやっとの道だったのが、完全二車線の大型観光バスも余裕で通れる道幅に。ここら辺も随分変わったよと感慨にふけながら銀山のわきを通る新バイパスをぬけて、石見大屋簡易局に。
53704
8月17日 11時27分着・11時32分発
江津のスタンドから121.7km
この局は
以前は農協簡易で貯金は扱っていなかった。農協が撤退後、平成12年6月1日に農協の建物を利用して貯金扱いを開始後、平成17年1月11日に農協に隣接する現在営業している地元の公民館に簡易局が移った。
都賀行郵便局
次に目指したのは江の川(ごうのかわ)沿いの都賀行郵便局。
江津から川本までは国道261号線を進めていった。この区間の景色は、深い緑の山に囲まれた谷を走り、国道、川幅の広い江の川、対岸の三江線と並びながら変化の少ない景色が延々と30分ほど続いた。
そして、やっと町らしい景色が広がり川本に。ここは、かつては林業で栄えた町で今でも製材店などが目立つ。
問題はここの町から都賀行局までのルートだった。よっぽどの事が無い限り、郵便局間の移動は最短距離または最短時間で無駄の無いルートで行きたいと思っている。江津からここまで走ってきた国道を進んでも良いのだが、江の川が大きく蛇行しており、それに沿って走る国道も大きく蛇行し三角形の二辺を走るような遠回り道だ。もう一つの行き方は県道を使ってショートカットするルート。しかし、この道を地図で見ると狭い上迷い易そうな道だった。そこで異例だが、前日実際に車を走らせて見た。結果は行ける事は行けるが五分五分だなと思った。
川本からの県道31号線も完全2車線では無くそれなりに狭かった。それはまだ序章だった。矢谷集落から都賀行に行く県道298号線は、入ってすぐに狭くなり離合可能な場所も少なく、場所によっては片っ方のタイヤが路肩を走る程の対向車が来ない事を願った久々の印象に残る狭路だった。
8月17日 10時38分着 19時43分発
江津のスタンドより83.6km
島根県を集中的に廻った平成7年夏にうっかり落としてしまった局。
独身のこの頃、島根県には頻繁に行っていたので、いつでもチャンスは有ると思っていたのだが・・。しかし行く機会はなぜか無く14年の時間が立ってしまった。いつでも行けると思うとなかなか行く事は出来いと感じた1局。
宇野簡易郵便局
いいよ今日から、島根県の訪局記を書いていきます。
お世話に成った石見の知人宅を8時前に出発し、快晴の空の下国道9号線を西に向かい江津で給油して、8時50分浜田市の宇野簡易郵便局に到着。
8月17日 8時50分着・9時3分発
江津のスタンドより16・8km
少し早めに着いたので、色々な角度で局舎の写真を撮り、9時少し前に局舎に入り、貯金を果たして局を出るとちょうど9時だった。
以前は貯金を扱っていなかったが、平成18年12月11日に貯金扱いを開始した局。
未訪局が出来たことは知っていたが、東京から1000km以上離れた場所に出来た1局の貯金扱い開始為に、行くににも成れずある程度貯金開始局(未訪局)が、たまったら行こうと思っていた局。
さんべ温泉
郵便局巡りの話はまだ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、もう一回だけお付き合いを。
16日(日)は、川本から三瓶山そして大田の鳥居海水浴場を車で廻った。天気にも恵まれなかなかのドライブ日和だった。
今日訪ねた温泉は、三瓶山中腹の三瓶温泉国民宿舎「さんべ荘」。
入湯料500円で、内風呂、露天風呂のほか樽風呂、釜風呂など趣向を凝らした浴槽が幾つもあり、なかなか楽しかった。
お湯は鉄褐色。源泉の湯にも入ったが、源泉は37.5度とあってチョットぬるい感じがしたが、出た後は体が温まってポカポカ気分。
写真は、建物の外に有る無料施設の足湯にて。
温泉を出て、駐車場を向かおうとすると通りの反対側に、変わったバス停を発見。
細長い時刻表の隣りに、このタヌキの説明書きが書いてあった。それによると、このタヌキ「ホンドタヌキ」と呼ばれる種類だそうだ。(良かったら写真をクイックしてください。写真が大きくなります)
有福温泉
14日は仕事を普段より早めに終えて帰宅。家では慌しく風呂に入って夕食をとり、21時15分に家の車で出発した。
15分ほどで東名に入り一路西を目指す。伊勢湾岸道、東名阪、新明神、名神、中国道と走り、岡山県の勝央サービスエリアで給油し米子道に。そして対面通行の長い三平山トンネルをぬけるといよいよ山陰、鳥取県。道はここから一路日本海に向かってのほぼ下り坂。やがて、空に赤みが差し、大山の輪郭が浮かび上がってきた。やがて空全体が明るさが増していき山肌が色をつけだす。この刻々と変わって行く朝焼けの大山の景色は何度見ても感動ものだ。
東京から7時間10分、15日午前4時40分米子インターを出て山陰道に。更に出雲市から国道9号線を走り、多伎の道の駅の先に広がる日本海を眺め、仙山峠を越えて石見に入ると、もう気分は高揚しっぱなし。そして6時半前に知り合い宅に着いた。
朝ごはんを頂きしばらくすると眠くなったきた。以前は夜通し走ってきても平気だったのに・・。年かなと思いながら1時間半くらい寝た。
目覚めて外をぼんやり眺めながめてみる。そこにはゆるやかな時間と柔らかく流れる空気を感じながらた。そして、あらためて今、自分が島根いや石見にいる事を嬉しく実感する。暫らくこの心地よさに浸ったのち、そうだ!温泉に行こうと思った。
石見で最近人気を呼んでいるのは温泉津温泉。しかし、湯船も狭く洗い場もほとんど無いので、ゆっくりは出来ないだろうな。そこで江津の奥に有るひなびた温泉地の有福温泉に向かうことにした。
昨年の暮に訪ねた時は新駅舎の工事中だった。どうなったのか見たくて足を運んでみた。
駅は半分以上出来上がっている様子で、奥のほうが工事中という感じだった。
色合いやデザインが、この町に似合っていている。
共同浴場は2ヶ所有るが、駐車場の上にある「さつき湯」に向かった。
お湯は、最初に足を入れたときは熱いと感じたが、慣れてくるとぬるっとした感触と共に良い感じに。
古い温泉街は、お盆中とあって地方ナンバーが多く、駐車場に入りきらない車が通りにあふれていて大賑わい。
島根に向けて
南東北を廻った翌週、8月14日の夜から家の車で島根県の局巡りに向かった。
今回の行程は、8月15・16日の週末を島根の知り合いのところで過ごし、お盆明けの17日から局巡りをスタート。初日は島根県の本土側の未訪局8局を廻って、夕方の高速船で隠岐の島前に。18は島前の3島9局、19日は島後の1島16局を廻って島根県完局を果たし、午後のフェリーで本土に戻って東京に帰ってくる予定だ。
それでは、明日から島根の訪局記を書いて行こうと思いますので、お付き合いの程を・・・。
平成20年8月14日現在 島根県未訪局一覧
| 局 名 | 町 村 名 | 局所コード | ||
| 1 | 宇野 | うの | 浜田市 | 53715 |
| 2 | 敬川 | うやかわ | 江津市 | 53710 |
| 3 | 都賀行 | つがゆき | 邑智郡大和村 | 53231 |
| 4 | 石見大屋 | いわみおおや | 大田市 | 53704 |
| 5 | 城蓮 | じょうれん | 大田市 | 53797 |
| 6 | 井尻 | いじり | 安来市 | 53733 |
| 7 | 安田 | やすだ | 安来市 | 53770 |
| 8 | 持田 | もちだ | 松江市 | 53706 |
| 9 | 知夫 | ちぶ | 隠岐郡知夫村 | 53069 |
| 10 | 菱浦 | ひしうら | 隠岐郡海士町 | 53064 |
| 11 | 崎 | さき | 隠岐郡海士町 | 53071 |
| 12 | 御波 | みなみ | 隠岐郡海士町 | 53755 |
| 13 | 海士 | あま | 隠岐郡海士町 | 53139 |
| 14 | 知々井 | ちちい | 隠岐郡海士町 | 53820 |
| 15 | 別府 | べっぷ | 隠岐郡西ノ島町 | 53073 |
| 16 | 浦郷 | うらごう | 隠岐郡西ノ島町 | 53035 |
| 17 | 美田 | みた | 隠岐郡西ノ島町 | 53137 |
| 18 | 久見 | くみ | 隠岐郡隠岐の島町 | 53741 |
| 19 | 五箇 | ごか | 隠岐郡隠岐の島町 | 53060 |
| 20 | 郡 | こおり | 隠岐郡隠岐の島町 | 53835 |
| 21 | 中村 | なかむら | 隠岐郡隠岐の島町 | 53099 |
| 22 | 布施 | ふせ | 隠岐郡隠岐の島町 | 53072 |
| 23 | 大久 | おおく | 隠岐郡隠岐の島町 | 53160 |
| 24 | 東郷 | とうごう | 隠岐郡隠岐の島町 | 53764 |
| 25 | 西郷東町 | さいごうひがしまち | 隠岐郡隠岐の島町 | 53807 |
| 26 | 西郷有木 | さいごうあらき | 隠岐郡隠岐の島町 | 53813 |
| 27 | 中条 | なかすじ | 隠岐郡隠岐の島町 | 53162 |
| 28 | 磯 | いそ | 隠岐郡隠岐の島町 | 53224 |
| 29 | 今津 | いまづ | 隠岐郡隠岐の島町 | 53790 |
| 30 | 津戸 | つど | 隠岐郡隠岐の島町 | 53828 |
| 31 | 都万 | つま | 隠岐郡隠岐の島町 | 53106 |
| 32 | 那久 | なく | 隠岐郡隠岐の島町 | 53829 |
| 33 | 西郷 | さいごう | 隠岐郡隠岐の島町 | 53007 |
飛島郵便局
船を降りて右に向かって海岸線を10分くらい歩くと、遠くに郵便局の看板が見えてきた。
そして、突き当りを右に折れて郵便局に。
山形県の完訪局なので、本当はもっとしっかりした写真で示したかったのだが、なぜか写真を無くしてしまったいた。
仕方なく、最後の局を見つけた感動の絵を・・・。
この後、船で酒田港に戻り、途中空が夕暮れ・大雨・月夜と目まぐるしく天気が変わる中、山形道・東北道で運転し日付が変わった翌8日午前0時半に自宅にたどり着いた。酒田みなとインターから浦和本線料金所までの通行料金がETC利用で通常9750円が1700円に。8月6・7日の休日割引期間延長時の通行料金割引を含めて10,000円以上特にした計算に。まあ選挙がらみの気がしないでもないが・・。メリットは大きかった。
そして全走行距離は1,230kmで、おおよそ東京から青森の往復分。予想よりチョット多めの走行距離だった。
これで今回の南東北の訪局記を終了します。長い間多くの方に読んで頂き有難うございまhした。
次は、この翌週に行った島根県の完局記を予定しています。
飛島の風景
飛島まで所要時間は1時間半だった。
天気に恵まれれば鳥海山を望む事ができるらしいが、日は差してきているが、残念ながら見る事は出来なかった。
船から島の様子を眺めていると細長い島だなと感じた。そして港周辺には木造2階建てが多く、そのなか三角形の乗船ターミナルが目を引いた。
さ~あ、これで山形県も完局だと思いを抱いて上陸し局に。
日帰りの私には関係ないが、金曜日の午後便と有って島での滞在客も多いみたいで、民宿・旅館の何人かの女性が、歓迎の旗を持って出迎えていた。
港の出迎え風景は、空港みたいにお客様の名前を紙に書いたもの、マジックボードを使ったもの、色々と見かけたが、こんな少し古い日本らしい出迎え風景を見たのは久しぶりだった気がした。
船が着き、島が活気づくターミナル前にて。
飛島航路
今回の日程の鍵を握っていたのは飛島に向かう船だった。以前は結構の本数が出ていたように記憶するが、今は平日でも往復2便運航するのは6・7月の金曜日と夏休み前半だけ。よって終日飛島に縛られてしまうのではなく、効率よく午前中別の局を廻って午後に飛島を往復しようとすると、おのずと日程が縛られてきてしまった。
需要規模や予算等から、フェリーと高速船の2船維持出来ないこの航路では、高速船にクレーンを搭載した特殊な形の船が就航していた。帰り道は島の軽ワゴンをデッキに載せており、この船は貨物輸送も兼ねていた。
行きも帰りも半分くらい席が埋まっていた。客室は、このフロアーの下に横になれる部屋が有った。
今年で就航20年になるこの船は、座席に痛みが有るものの、手入れが行き届いており離島の飛島と本土を結ぶ大切な足として、大切に使われている様子が感じられた。
今日のお昼
郵便局廻りをしていると、お昼時に食事を取ることは少ない。夢中に成って腹が減らない?事もあるが・・・。
今回は、ちょうどお昼時間に、酒田港の飛島行きの船乗り場に着いて、ターミナルの2階の食事場所で食事を取ることが出来た。
しかし、店に向かう階段を登りかけると、飛島から船が12時30分に着いたところで、13時45分発の飛島行きが船の乗客と重なり、更に近くに食事場所も無いとあって食堂は大混雑。食券を求める人々の列はお店をあふれ階段中程まで並んでいた。ゆうに50人は超えていただろうか。
船には間に合うだろうかと少し不安な気持ちで並んでいたが、思ったよりスムーズに列は流れ15分ほどで箸を持つことが出来た。
焼魚定食だけだとチョット寂しかったので、単品のイカの刺身を追加した。味は刺身は美味しかったのだが、焼魚は少しパサついていた。
この食堂ですごかったのは、約80名の客席を調理場含めて5人の従業員の連携プレーで、次々に注文をこなしテーブルに案内していくスピード感だった。
小岩沢簡易郵便局
花笠まつりの夜が明けて、今日は山形の未訪局の残り5局を廻って山形県完局を目指したい。
まずは、先月17日に貯金扱いを開始した小岩沢簡易局に向かった。
局は山形のホテルから27kmも離れていたが、国道13号線バイパスが順調に流れ40分程で着いた。
85805
局は山形方向から来て中川駅の先、国道13号線と山形新幹線の間に位置していた。
先月貯金扱い開始したばかりの局。この趣味のお客は初めてだろうと思って訪ねると、「うちは国道わきで目立ちますから、毎日のように来てますよ」との返事だった。
なんだよ・・・。一番乗りじゃなかったのか・・。
そして、局を出て山形方向に戻ると程なくポケモンが描かれた東京行きの新幹線とすれ違う。もうチョット。いや、あと2分ずれていれば、局舎の裏を走るポケモン新幹線と郵便局の写真が撮れたのに・・。と思うと、なお残念な気持ちがつのった。
家から582.9km 8時52分訪局
地図は旧局を示している。実際は国道を挟んだ反対側。
今宵の食事
第一グループ終了後、祭り会場の終点の公園で行なわれている縁日に向かった。東京でも見かける物が多かったが、そのなか地元名産品を扱ったお店もあった。
山形セット
芋煮と玉こんにゃくを買ってみたが、どちらも美味かった。
お代わりしたいところだったが、他にも気になる品々が・・。
公園を後にして会場を通ってホテルにむかった。そして少しだけ祭りを鑑賞するつもりで立ち止まった。しかし、次々に現れる鮮やかな踊りに魅せられ、その場から離れることは出来なくなってしまった。気が付くと道路の縁石にすわり夢中に成って見ている私が・・。
そして、ついには祭り終了まで見入ってホテルに向い、部屋で今日2回目の夕食を取ることに成った。
祭り終了後、ホテルに向かう道すがら沿道の屋台には地元の名物をはじめ色々な品々が売られていた。
どれもそそられた。しかし私は一人。手は2本。そうそう買うことは出来ずに残念。
山形霞城セントラル郵便局
今日最後の訪問局に予定していた菅生簡易郵便局には、予定より約1時間早く15時過ぎに着いた。
と、なればもう1局行きたい。
さ~あ、どこに行くか?
宮城県なら県北部の栗原市の富野簡易局だ。ここからの距離数は約80km。かなりシビヤだ。目の前の東北道に、すぐ近くに有る菅生パーキングから高速に入れれば勝算あるのが・・・。しかし、そこにはスマートインターは設置されていなかった。北に向かった場合、一番近い仙台南インターまでは8km。そこから高速利用で65kmか・・・。無理だ。
仕方ない。
明日行く予定の山形駅の西口近くの霞城セントラル局にするか。そこだったら間に合いそうだが、今晩の花笠まつりに向かう車の渋滞がチョット心配だ。
そして、村田インターまで県道を走り、そこから東北道、山形道を使って、山形蔵王インターで降りる。ここから山形駅まではほぼ一本道だが、県庁などが有って普段から混んでいる印象が有った。しかし、今日は何故か空いている。そして山形市内中心部も順調に流れている。嵐の前の静けさだろうか?
そして山形新幹線を跨線橋で越え、すぐ左折して局が入っているビルに着いた。
ビルにたどり着いた時、すでに3時50分を廻っていた。そこで問題が・・・。局がビルのどこに有るか判らない。とりあえず車で外周を廻ったが等間隔に柱が立っており、中の様子を伺い知ることは出来なかった。
仕方なく車を降りて、ビルに駆け込み受付で局の場所を尋ねた。そして局に走りこんだのは4時2分前だった。
局名が・・・
普通に読めばかすみじょうだろう。しかし「かじょう」と読む。城の愛称から来ているのだろうか。
8月6日15時58分訪局。家より533km
城南一丁目の文字の下の点が局の場所。
岩沼土崎局
赤井畑簡易局の後は、計画では万一時間が間に合わない事を想定し、窓口が4時で閉まりそれ以後貯金が一切出来ない菅生簡易郵便局を先に行き、その後最悪機械預入で妥協するとして岩沼土崎局で考えていた。
しかし、時計はまだ2時前。たっぷり時間が有る。もしかしたらもう1局追加も可能な時間だ。
そこで、迷わず岩沼土崎局を先に行くことに。
ルート的には、こちらが先の方が楽で、その後の展開も楽だ。
さて道順だが、赤井畑局のすぐそばを走る国道113号線で白石に出て、国道4号線に入り、岩沼市に入ったら県道39号線に入り、左手にAコープがある信号を右に曲がったら、局だ。道順が判り易く単純だった上に、その上どちらの国道も流れがスムーズで、苦労する事無くたどり着いた。
東京近郊と同じく、仙台市内と周辺部では90年代には特定局が相次いで開局した。
ここは、その流れの中の1局。
8月6日14時39分訪局 家より489.2km
赤井畑簡易局
玉野簡易局を後にして、今回一番ルートが複雑な宮城県白石市にある「赤井畑簡易局」を目指した。まずは国道115号線からしのぶ食品の先を右折し、ショートカットの道を使って国道349号線入っていく。国道をしばらく進むと保原市内に。阿武隈急行の線路をくぐって、国道は右折に成っている二つ目の信号を直進し生活道路に入って進むと正面に神社が有る。境内を右手に沿う道に入り真っ直ぐ行くと国道4号線に当たり右折。国道を北上し桑折警察の先の信号を左折し、クランクを繰り返し東北線をくぐって、桃畑を見ながら小坂小学校の先を右折すると、赤井畑簡易局につながる県道46号線(七ヶ宿街道・羽州街道)に出る。
このように頭の中でデザインし、車を進めて行き、描いたとおりに景色が次々に展開していくと、もう嬉しくて仕方ない。小躍りしたい気分になってくる。そして自然とにやけて来る。もっともすれ違う車や人々にとっては、何でこの人は、こんな田舎道をニヤニヤしながら運転しているんだろうと思われるが・・。
ここは特定局時代の平成6年10月4日に貯金済みだが、その後平成15年3月に簡易局に降格にともない、局所コードが変更なり再訪対象に成った。
8月6日13時45分訪局 家より444.1km
先日局めぐりの話がテレビで取り上げられていた。姉妹で廻っている様子で、チラッと写った通帳の局名印には、この局名が・・・。
玉野簡易局
大倉簡易局から少し戻って林道に入りショートカットしたルートで、玉野簡易局を目指した。
林道の入口には、大型ダンプとのすれ違い注意と書いて有ったが、ちょうどお昼休み時間ですれ違うことは無かった。道の感じとしては対向車とのすれ違い場所は限られているものの、ほぼ舗装されており林道としては走り易い道だった。
林道を抜けると県道31号に出た。ここを右そして少し走って、また小道に入っていく。この入り口には目印は無く見落とさないか不安で、走行距離を見ながら進めてて行く。地図上で計った1200mに、メーターがかかろうとすると、入口に標識が出た道が左手に現れた。なんだよと思いながらも、この標識は有り難かった。
後は国道115号線(中村街道)に出たら、左そしてすぐ左に入っていけば良い。楽勝だと思った瞬間、その分かれ道を見落としてしまい、反対側から局に向かうことに。
そして、局の有る集落にたどり着くと、あろうことか、国道に入った時後ろを走っていた路線バスは、のんびりとお昼休み中だった。なんとも・・・。
今回福島県最後の局。これで福島県の未訪局は残り7局となった。
8月6日12時39分訪局。家より396.7km
局舎は、小中学校の反対側の少し下がった場所に位置した。
集落や道の感じからして、一山向こうを走る福島市内から相馬を結ぶ中村街道(国道115号線)は、以前はこの集落を抜けていたのでは無いだろうかと推測した。しかしインターネット等で調べて見たが、確証を得ることは残念ながら出来なかった。
大倉簡易局
次の大倉簡易局は、今までの比較的平坦な浜通りからはずれ、阿武隈山地の中に有る簡易局になる。
ルートは北海老簡易局で折り返し、相馬市内の西を走る県道34号線に入り、突き当たりで左折し県道268号線に入った。この県道は乗用車同士難なくすれ違える部分が大半なのだが、場所により離合困難な場所もあったりと道幅が定まらない。しかし、真野川ダムを眺め、はやま湖まで行くと付け替え道路になっているのだろうか、道幅も広がって走りやすくなった。しかし、湖面の周りには深い森が広がり、果たしてこんな場所に郵便局いや、集落は有るのだろうかと不安に成る場所だった。
半信半疑の気持ちを抱きながらも地図に従い進み、湖の奥に架かる渡戸橋から局に向かって下っていくと、人家が少なく落ち着いた集落に不釣合いな大きな体育館が見えてきた。
そして、その体育館のわきに局は有った。
ここはうっかり落としていた局。
8月6日12時2分訪局。家から373.6km
12時少し廻って局に到着。お昼休みで閉まってなければ良いが・・。と思いながら局に近付くと、ネコは気持ち良さそうに入口の前でゴロンとしていた。そして私に気が付くと、やれやれと言う感じで走り出した。
そして、局の裏手では母親(局長さん)と子供が家事をこなしており、その風景に、なんともゆっくりした時の流れを感じた。
北海老簡易局
ここも結構離れていた。高速を使って時間短縮したい所だが、残念ながら常磐道は富岡インターの先はまだ開通していなかった。いや工事も進んでいない状況だった。仕方なく国道6号線を進んで行き、原町の先で、一本海沿いの道に入っていく。天気はどんよりしたはっきりしない天気だったが、この海沿いの道は濃霧がかかっており、走りながらふと霧多布の風景を思い出した。
昔は庄屋さんだったのだろうか?そんな歴史と格式を感じる門の前に位置する簡易局。郵便局マークもおしゃれな感じ。
この局は私が依然ここら辺を廻った時に、うっかり落としていた局
8月6日10時59分訪局 家から330.1km
一面青々とした田んぼが広がっていたが、海霧が流れてきており、見通しはあんまり良くなかった。
夫沢簡易局
いわき中央台局を出て、次は大熊町の夫沢簡易局。距離は40キロ以上離れているので、いわき中央インターから富岡インターまで常磐道を利用した。
いつもそうだが、効率よく廻る為には、事前に局の場所を調べて訪局順番を決め、徹底的に地図を読み込み、頭に叩き込んで行く。
例えばこの局の場合だと、
高速を降りたら左に進み真っ直ぐ進み国道6号線に出る。出たら左、暫らく走り左右に農協が有って、その先にセブンイレブン。その次の信号を右。
と、まあそんな具合だ。
知らない、あるいは殆んど通った事の無い道の景色が、想像していた通りに展開していくと、思わずニヤケテしまう。「やったね!」と感動してしまう。
今回は、その先が難しかった。
地図をみると、東電の福島第一原発を目指していき、その手前を右。しかし、この右折する道が発電所構内とも取れる細く頼りない道。果たして、この道沿いで良いのだろうか。不安に成った。しかし、インターネットで色々な地図を検索したが、いずれもその頼りない道を指していた。
そして最後の手段。インターネットで航空写真を見て見る。便利な世の中に成ったものだと、感心しながら写真を明細にチャック。やはり地図どおりの場所だった。
そうか。ここで良いのか。半信半疑の気持ちで発電所の手前を右に曲がった。発電所関連企業の会社が立ち並ぶ道を走って行くと、左手にコンビ二に併設された郵便局が有った。
そして、地図は信じるものだと改めて思った。
民営化に伴い平成19年10月1日に貯金扱いを一旦廃止したのち、翌春の平成20年4月28日に再び貯金扱い開始という、ちょっと複雑な経歴を持つ簡易局。
8月6日10時3分訪局。家より291.2km
いわき中央台郵便局
8月6日(平日)にETC利用で、どこまで走っても1,000円だったらどこを目指すだろうかと考えてみた。
海?少し早い帰省?それとも夏祭り?
色々な行き先が浮んで来る。
そして、なんとこの日は東北4大祭りでは、青森の「ねぶた祭り」の最終日である上、仙台「七夕」の初日でもあり、秋田の「竿灯」、山形の「花笠」もある、4つのお祭りが重なる唯一の日だった。
となれば、東北道はかなり混雑し、その余波で常磐道も混雑する事が予想出来た。そこで、早起きをして首都高の三軒茶屋を6時前に入り、都心部を抜けて常磐道を進めていった。
しかし、予想に反して道路混雑は無くそれどころか首都圏全体で渋滞は無かった。その結果、最初の目的地の「いわき中央台郵便局」には、予定より30分も早い8時30分に着いた。
福島県は平成6年10月に会津でほぼ完局している。その後この局が平成10年7月21日に開局したが、この1局のために行くのは・・・、チョットキツイなと感じ、近隣にいくつか未訪局が溜まったら行こうと思っていた局。
8月6日9時に訪局。 家からの距離 241.1km
県道から入ってくると・・・
バスターミナルの先を左折して入ってくると、こんな感じで見えてくる。
ニュータウンの商業区画の角地に位置し、局専用の駐車場も有る。
さ~あ 南東北を目指すぞ!
今日から8月6~7日に行った南東北(福島・宮城・山形)の訪局記を書いていきたいと思う。まずは6月も一部書いたが、福島・宮城・山形各県の私が訪ねていない局をリストアップする事から始めよう。
福島県
- いわき中央台局 いわき市
- 浮金簡易局 田村郡小野町
- 石上簡易局 相馬市
- 町北町簡易局 会津若松市
- 北海老簡易局 相馬郡鹿島町
- 渡瀬簡易局 東白川郡鮫川村
- 夫沢簡易局 双葉郡大熊町
- 大倉簡易局 相馬郡飯舘村
- 相馬玉野簡易局 相馬市
- 宮本簡易局 石川郡古殿町
- 西本簡易局 大沼郡会津高田町
- 昭和簡易局 大沼郡昭和村
宮城県
- 岩沼土ヶ崎局 岩沼市
- 菅生簡易局 柴田郡村田町
- 赤井畑簡易局 白石市
- 富野簡易局 栗原市
- 網地島局 牡鹿郡牡鹿町
- 田代島簡易局 石巻市
- 出島簡易局 牡鹿郡女川町
- 江島簡易局 牡鹿郡女川町
山形県
- 飛島局 酒田市
- 八栄島局 東田川郡藤島町
- 寒河江島局 寒河江市
- 天童駅西局 天童市
- 霞城セントラル局 山形市
- 小岩沢簡易局 南陽市
(場所を判り易くする為に町村名は平成の大合併以前のもの)
大まかに書くと、福島県は阿武隈山地から浜通りの簡易局が多い。宮城県は離島部、県南、県北と分かれている。そして山形県は庄内の2局以外は新設局だ。
2日目は夏場しか日帰りが出来なくなってしまった飛島を絡ました山形県で決定だ。問題は初日。ETC1,000円を活用して、新潟県に先月貯金扱いを開始した五泉市の巣本簡易局スタートし、会津・阿武隈山地を廻る磐越道活用ルートも考えたが、今一つピンとこなかった。色々とルートを組んで試行錯誤の末、いわき中央台から始めて、浜通りを北上し宮城県3局を廻る案で行く事にした。
古川数河簡易局
岐阜・富山案でコースを確認していくと、飛騨大原局の次は富山の県境に近い数河簡易局に行こうと、局の明細な場所を確認すべき郵便局のホームページで探してみると、なんと出てこない。
この局は民営化の直前の一昨年の5月7日に、今まで郵便関係のみ営業していた農協から移転して貯金扱いを開始したはずなのに・・・。
変だな?と色々と調べてみた。
すると驚くべき事実が発覚。
なんと、営業を始めてわずか1年チョットの昨年7月1日に一時閉鎖になった。
この間わずか1年2ヶ月弱。
幻の貯金扱い局と言って良いだろう。
昨日3万アクセスを超えました。2万アクセスから140日目。ただ、ただ驚きです。
本当に多くの方々に見た頂いているんだなと実感しています。
有難うございます。
平日 ETC1,000円!
今夏は8月10日~12日で、島根県本州側の残り局と隠岐島に行こうと気持ちが固まった6月末に、大きく気持ちが揺らぐニュースが流れた。
なんと、8月6・7日と翌週の13・14日の平日に、大都市近郊区間を除いてETCで高速道路をどこまで走っても1,000円。
郵便局の窓口が空いている平日に利用出来るなんて・・・。
最近物凄い勢いで全国各地で貯金開始局が出現している。それを効率良く結んでいこうと思うと高速道路が必要になる。しかし通行料金が高い。更に未訪局の場所が遠く、そこまでの通行料金もバカに成らない。
それが一回1,000円で利用出来る。
なんと美味しい話だろう。
早速検討していく。局移動間にも高速道路の利用が必要なコースを探していくと次の2案が浮んできた。
☆ 岐阜・富山案
越県合併で局所コードが変わった事により、再訪対象に成った馬籠局からスタートし、同じ事情の山口局、訪ねた時に一時閉鎖中で貯金が出来なかった中津川瀬戸簡易局、簡易化時に複雑な動きをした白川赤河簡易局などの奥美濃地方を廻って、最後は今春に扱いを開始した大野大橋局まで。翌日はかなり昔に簡易局成った石川県能登島の東島簡易局からスタートし、最近物凄い勢いで増え続ける富山県の簡易局を廻った後、高速利用で大きく移動し妙高市の長沢分室に行き、最後は長野県の穂波簡易局までいくコースだ。訪ねる局数19局。
☆ 福島案
福島県は今年に成って会津若松市内で簡易局が1局増えた程度で大きな動きは無い。しかし、平成初期にほぼ完局しているので、その後に簡易局に降格している局や、貯金扱いを開始した局や、うっかり落とした局などが有るのでそれらを廻っていこう思う。そして翌日は山形県に。ここでは夏場のこの時期だけ平日2往復に成る飛島をメインに、すっかりご無沙汰して訪ねていない未訪局を廻って山形県を完全完局したいと思っている。行く局数は福島県内のルートが決まっていないので定かではない。
こうして、色々と探っていくと一つの奇妙な局にぶつかった。
今年の夏は・・・
いよいよ大本命の夏到来。
以前は3日かけて郵便局を廻る事は結構出来たが、ここ数年はなかなか厳しい。今夏はなんとか平日の3連休が取れそうだ。この貴重な休みを利用してどこを廻ろうか。
どうせ行くなら、当然3連休じゃないと行けない所に行きたい。
そして、出した候補は第一案が愛媛県宇和海を中心とした5島5局。第二案は沖縄完局を目指す南北大東と粟島の3島3局。第三案が五島・壱岐を廻って長崎県完局を達成させる7島41局、第四案が隠岐と島根本土の最近開局分を含む4島34局。
どれも魅力的で甲乙付けがたい。
そして、局数の魅力に引かれ最終的に残ったのは、島根か長崎。
更に日程で絞っていくと、
- 8月6日(木)~10日(月)
- 8月10日(月)~12日(水)
- 8月11日(火)~13日(木)の3案に成った。
更に簡易局の休業日を確認していくと、長崎県の五島には簡易局の夏休みが無い事がわかった。又島根に行くなら知り合いのところにも寄りたいと思った。
その結果、1・2案の日程で休みが取れれば島根、3案なら長崎だなと考えた。
仕事やその他諸々を含めて考えた結果、1か2の日程で島根で気持ちが傾き始めた時想わぬ事態が・・。
平成21年7月簡易郵便局の貯金開始状況
次回から今夏の郵便局めぐりの話に入ろうと思うので、長々と書いてきた簡易局の開局状況の締めとして、先月の貯金開始状況を書いておこうと思う。
- 7月1日 又重簡易郵便局 青森県 (未訪)
- 1日 松江上口簡易郵便局 島根県 (平成3年10月30日)
- 1日 蜑住簡易郵便局 福島県 (平成15年1月28日)
- 8日 巣本簡易郵便局 新潟県 (未訪)
- 13日 城ケ沢簡易郵便局 青森県 (平成2年8月27日)
- 13日 小川本町 簡易郵便局 埼玉県 (昭和63年10月2日)
- 13日 安都王簡易郵便局 山梨県 (未訪)
- 13日 祖父江山崎簡易郵便局 愛知県 (平成5年1月12日)
- 13日 秋津川簡易郵便局 和歌山県 (平成8年11月25日)
- 13日 湯町簡易郵便局 島根県 (平成3年10月30日)
- 13日 塩路簡易郵便局 宮崎県 (平成12年10月11日)
- 14日 芝生田簡易郵便局 長野県 (平成7年6月29日)
- 14日 松野尾簡易郵便局 新潟県 (平成9年11月27日)
- 17日 小岩沢簡易郵便局 山形県 (未訪)
- 17日 尾張部簡易郵便局 長野県 (平成8年9月3日)
- 17日 安田簡易郵便局 島根県 (未訪)
- 21日 追子野木簡易郵便局 青森県 (未訪)
- 21日 八町簡易郵便局 富山県 (未訪)
- 21日 総社泉簡易郵便局 岡山県 (平成9年4月3日)
- 21日 両三柳簡易郵便局 鳥取県 (平成3年10月29日)
- 21日 井尻簡易郵便局 島根県 (未訪)
- 23日 中谷簡易郵便局 岡山県 (平成9年8月12日)
- 23日 下川簡易郵便局 大分県 (未訪)
- 27日 東大塚簡易郵便局 熊本県 (平成12年11月2日)
先月に銀行業の認可が多数おりたことも有って7月は24局。7月の窓口の営業日は通常22日だから、1日1局以上のペースで貯金扱い局が増えている計算に成る。そして、この局の中で私がまだ貯金していない局は9局。この増え方怖い~な。
安都玉簡易局を想う
同じ局の話題が続いてしまっているが、もう一回だけお付き合いを。
平成21年7月13日に再開した山梨県北杜市に設置された安都玉「あつたま」簡易郵便局。
地図で確認すると八ヶ岳山麓に位置するなかなか良いロケーションだ。今の時期なら、日本一の日照時間を誇る明野のヒマワリ畑まで車で約20分。秋風が吹けば新そばの季節。ここは中央線長坂駅近くの「翁」を始めとする美味しいそばの名店ぞろいの地区。この季節も良いな。そして晩秋の唐松の紅葉の時期も見逃せない。
いつか、嫁さんを誘って行ってみるか。
そしてもう一つの魅力がこの局をスタート地点として、国道141号線を北上し野辺山から長野県に入るルート。安都玉簡易局の再開の翌日(14日)に貯金扱いを再開した小諸市芝生田簡易局は平成7年に訪局済としても、千曲川沿いは今貯金開始局のラッシュだ。坂城町の上五明・中之条の簡易局、山ノ内町の穂波簡易局、そして妖しい動きを見せる飯山周辺。これもつないで行くコースも楽しそうだ。
どうやら、この局の訪局も楽しみになって来た。
始める局・一時閉鎖の局
平成21年7月13日に山梨県の簡易局で大きな動きが有った。
安都玉(あんとたま)局が郵便扱いの営業を再開すると同時に、新たに貯金扱いを開始した。
その一方、奥野田・玉宮・塩山小屋敷・大藤(緑字が貯金扱い局・青字が非扱い局)の4局が一時閉鎖に入った。いずれも塩山市のフルーツ山梨農協内に設置された簡易局。
相変わらず動向が激しいなと感じた出来事だった。
流れが変わったぞ!
これまでの簡易郵便局の新たな貯金開始の流れは、先に郵便業務のみで再開し、数ヵ月後に貯金業務を開始するというのが一般的だった。
しかし、ここに来て流れに変化が・・。
先日書いた山口県の脇田後地簡易局以来、郵便局再開と同時に貯金(銀行業務)がスタートするコースが目立ってきている。
具体的には
山梨県北杜市 安都玉「あつたま」簡易郵便局
平成21年6月23日銀行業許可 ・ 平成21年7月13日再開
島根県安来市 井尻簡易郵便局
平成21年6月23日銀行業許可 ・ 平成21年7月21日再開
いずれも銀行業の許可を受けてから1ヶ月かかっていない。諸手続きや研修期間を考えると、再開に向けての準備はかなり慌しかったのでないだろうか。
そこで、気になってくるのは、春ぐらいに以前どおりのパターンで、郵便先行で開局し貯金業務が準備中の局。具体的には、
島根県安来市 安田簡易郵便局
平成21年3月19日銀行業許可 ・ 平成21年4月20日再開
偶然にも井尻簡易局と同じ安来市内。さらに両局間は車で10分程度しか離れていないの近隣局。春に郵便先行で簡易局を再開し、その前に銀行業務の許可を受けたのは良いのだが、なかなか貯金扱いは開始しなかった。又この局は今まで貯金を扱っていなかった局だけに貯金業務開始が気になっていた。それが6月下旬に井尻簡易局に銀行業の許可を受け、スピード再開が告示されて益々不安になった。結果的には7月の連休前には貯金業務を開始したようだが。
今回は微妙に避けれたようだが、今後は先に銀行取扱い許可を受けて準備を進めている局が、後から再開した近隣局に貯金扱いが先を越されるかもしれない。
短命な分室
簡易郵便局の受託者探しは該当者が少なく大変のようだ。
そこで、近くの郵便局が緊急対策として原則1年の期限付きで、分室を設けて一時閉鎖中の簡易郵便局をカバーする場合がある。
今そのような局は、神奈川県相模原市の「津久井郵便局津久井青根分室」、新潟県妙高市の「新井郵便局長新井長沢分室」、そして北海道羅臼町の「羅臼郵便局岬町分室」と全国に3ヶ所。
その中で最も東京から訪ねるのが困難と思われる「岬町分室」が、受託者が見つかり、先月銀行業の許可が下りた。
いよいよ、一時閉鎖中の「岬町簡易郵便局」は近日中に貯金業務を含めて再開し、昨年10月6日にスタートした「岬町分室」は短い生涯を閉じる事になる。
北海道にも、このような形の分室がかつて存在したという事を、記録に留めておく事は非常に価値が有る事だと思う。
それじゃ、お前は行くのかと言われると・・・。
無理だ。なにしろ東京から遠く離れた北海道。それも知床半島の付け根。道東のはずれ。地の果てだ。となればおいそれとは行ける場所では無い。
でも、だからこそ価値が有るんだけどな~。
変だぞ!東大芦簡易局
前回にあげた6月に銀行代理業者として許可を受けた簡易局の中から、気になる局をいくつかピックアップしようと思う。
まずは栃木県鹿沼市の東大芦簡易局から。
私にとって、この局は平成2年10月19日に粟野町の中粟野簡易局からスタートし、鹿沼市から日光市などを経由して、金精峠を越えて群馬県利根村の利根大原簡易局まで1日がかりで33局廻った時に訪ねていた1局だ。
以前から貯金扱いをおこなっていたこの局がなぜか、先月の23日に郵便局銀行代理業者として許可を受けている。
と言うことは、過去に一時閉鎖等に成り貯金業務を廃止し、今回新たに許可を受けたと言うことだろうか?
まずは郵便局のホームページの「開局情報ー郵便局」で、東大芦簡易局の動向(一時閉鎖・再開)を調べてみたが載っていなかった。
更に、「郵便局をさがす」のページから当たってみたが、それらしい痕跡は無い。
それじゃ別の方法で調べてみようと、「郵便局の出張サービス」のページを見たが、この局名はどこにも出ていない。
郵便局のページで捕まらないなら、YAHOOやGoogleで、「東大芦 一時閉鎖」などのキーワードを入れて検索。しかし、そこでもて何も引っかからなかった。
突き当たってしまった。後は探す方法は思いつかない。
万事休す。
それから、2、3日後ふと、まだ謎を解く方法は有ったと思い出した。
金融庁のページだ。
つまり、平成19年10月1日に郵便局が民営化がスタートした時に、銀行業務を行なう簡易郵便局は、すべて金融庁のページに載った。
その時この局は載っていたのだろうか。ここから答えを見つけ出せるかもしれないと思い、丹念に調べると有った!
しかし、よくよく見ると銀行代理業者名に載っている個人名が、苗字は同じなのだが名前が違う。
そう言う事か・・・。
答えが見えてきた。
つまり、民営化発足時に許可を受けた人間が、なんらかの理由で簡易郵便局の銀行業務をする事が出来なくなり、家族もしくは苗字が同じの親せきが郵便局を引き継いだ。
今回はそれによる許可のようだ。
しかし、簡易郵便局の銀行業務は、家族や子供などに継承出来ないとは・・・。この事情を理解するには約款等を読む必要が有るが・・・。
それに、金融庁のページには許可の項目は有っても、許可取り消しの項目は無いので、ひとつの局が2回も銀行業の許可を受けるという摩訶不思議な事に成っている。
今後は、貯金開始局を見つけた場合、この局は以前行った事が有るのか、未訪局なのか、そして、許可の受けた人間が変わった為の許可なのか、ふるいにかけて行かなければならない。大変だ~な。この確認作業。
財務局のページをのぞくと・・・
6月に郵便局銀行代理業者として、許可を受けた簡易郵便局を許可年月日順に並べえて行くと・・・
認可日 簡易局名 所在地
- 平成21年6月2日 日新 鹿児島県日置市 (平成12年8月11日)
- 3日 又重 青森県五戸町 (未訪)
- 3日 河合西 兵庫県小野市 (平成11年1月22日)
- 5日 小岩沢 山形県南陽市 (未訪)
- 5日 城ケ沢 青森県むつ市 (平成2年8月27日)
- 5日 追子野木 青森県黒石市 (未訪)
- 9日 祖父江山崎 愛知県稲沢市 (平成5年1月12日)
- 15日 大磯 北海道松前町 (平成17年8月22日)
- 15日 中竹野 兵庫県豊岡市 (平成14年5月23日)
- 19日 前田 鹿児島県出水市 (未訪)
- 23日 横沼 埼玉県坂戸市 (未訪)
- 23日 東大芦 栃木県鹿沼市 (平成2年10月19日)
- 23日 松野尾 新潟県新潟市 (平成9年11月27日)
- 23日 安都玉 山梨県北杜市 (未訪)
- 23日 芝生田 長野県小諸市 (平成7年6月29日)
- 23日 尾張部 長野県長野市 (平成8年9月3日)
- 23日 小川本町 埼玉県小川町 (昭和63年10月2日※)
- 23日 御調大塔 広島県尾道市 (平成8年8月8日)
- 23日 両三柳 鳥取県米子市 (平成3年10月29日)
- 23日 湯町 島根県松江市 (平成3年10月30日)
- 23日 松江上口 島根県松江市 (平成3年10月30日)
- 23日 井尻 島根県安来市 (未訪)
- 23日 石見別府 島根県美郷町 (平成7年8月10日)
- 23日 総社泉 岡山県総社市 (平成9年4月3日)
- 23日 堀越 山口県美祢市 (未訪)
- 25日 生見 高知県東洋町 (未訪)
- 25日 香北西川 高知県香美市 (平成15年11月6日)
- 26日 雨晴 富山県高岡市 (平成15年9月18日)
- 29日 岬町 北海道羅臼町 (平成16年8月10日)
- 29日 神山 三重県熊野市 (平成5年12月20日)
所在地の後の日付は、一時閉鎖に成る前の郵政公社・郵政省時代に貯金した年月日。なお※印の小川本町簡易局は、旧局名の青山簡易局時に預入済みで、局所コードが変わらなければ同じ局として扱うマイルールにそって同局扱い。
うわ~認可を受けたが30局も有る。
これまでの流れで行くと、年末迄にはこれらの簡易局の窓口で新たに貯金扱いが始まる。
幸い未訪局は9局だけだが、なかには完局地帯の中に設置された高知県の生見簡易局など、どうやって行くんだと悩む局も含まれている。
今年後半は貯金開始局のラッシュか?
簡易局の貯金開始局の多くの流れは、郵政省・郵政公社時代に簡易局として営業しており、何らかの理由で一時閉鎖をし、再開時に郵便業務を先行的に開始し、のちに貯金業務を開始するといのが一般的だ。
多くの貯金開始局は、以前から貯金業務を営んでいた場合が多いので、このような場合は私は再訪対象としていないので問題は無いのが、中には以前営んでいたのが農協簡易の様な貯金非扱い扱い局が有る。このような局が再開するとなるとチョット厄介だ。
そのような動きを少しでも早くつかむ事が出来れば、ロスが減らせる事が出来る。
なにか、事前に知る良い方法は無いだろうかと思った。
そして色々と調べていくと、、郵便局の民営化によって貯金業務は認可業務として、各財務局のページに公表されてるを知った。
その財務局のページに驚く動きが・・。
次回に続く。
三浜簡易局を想う
この局の貯金扱い開始は、以前コメントを頂いた「たけだ氏」のホームページで知った。
そして、住所を見ると京都府真鶴市。思わず戦りつが走った。
なぜならば、舞鶴市の簡易局では、平成15年9月1日に神崎と高野女布簡易局が貯金扱いを開始し、更に平成17年には布敷と溝尻簡易局が貯金扱いを開始している場所だった。かなり積極的に貯金扱い進めているところだけに、以前から要注意な地区として見ていた場所だ。
そして、平成19年3月にこの地域を廻って未訪を片付けて、今年3月に京田辺松井山手局で京都府を完局している。それだけに、ここに来て万一今まで貯金を扱っていなかった局で、扱い開始と成ればかなり痛い。
そして、恐る恐る自分の訪局リストを開き照合してみると・・・。
有った!平成3年3月28日に訪ねている。
ホッとした。
奈良本簡易局を想う
最近の営業を再開した簡易局は、先に貯金扱いを開始した後に2~3ヵ月後に貯金扱いを開始する流れが多い。しかし、静岡県の簡易局の場合は2~3ヵ月後どころか、半年立ってもいっこうに動きが無い。静岡県内の郵便局先行で再開した多く局は、今まで貯金を扱っていない局が多いだけに不安を感じていた。
その中、去年の10月30日に郵便関係の扱いを先行で再開した奈良本簡易局が、6月5日に貯金扱いを開始した。
地図で場所を調べてみると、伊豆熱川駅からバナナワニ園のわきを流れる川沿いの道を、10分程度登っていった集落の入口に局が有った。
この集落は、学校はもとより公民館やスーパーなどはもとよりバス停まである。つまり熱川の中心地は以前はここ(奈良本)で、昭和36年暮に伊豆急行が開通し駅が出来たことにより、温泉旅館が海岸線に立ち始め、やがて町の中心が山の上の奈良本から駅の下の風光明媚な場所に移っていたのではないだろうかと推測する事が出来た。
地図は色々な事を教えてくるなと感じた。
さて、私なりの奈良本簡易郵便局の訪ね方だが、今伊豆半島で未訪局は西伊豆の妻良簡易局だけだ。そして伊豆半島に新たな貯金扱い開始局が出来る気配は無い。陸続きのたった2局の為に会社を休んでいくのも勿体無い。そこで奈良本の集落から見える伊豆七島に目を付けた。夏場は神津島から熱海まで高速ジェット船が出る。これだと思った。
つまり、前日の夜に竹芝桟橋から東海汽船の船に乗り、終着の神津島で下船し郵便局を行き、次は熱海まで高速船利用。港から20分程度歩いて来宮駅に。そこから電車で伊豆熱川駅まで向かう。タイミングが良ければ伊豆急のリゾート21や以前東横線を走っていたお古にも乗れそうだ。そしてコースをアレンジすれば伊豆七島の最難関の島、利島と奈良本簡易局の組み合わせも可能だ。我ながらなかなかの名案だと思った。しかし、このコースより先にまだまだ行きたい場所がたくさん有るので、実施するのは暫らく先に成りそうな気配だが・・・。
以前は農協簡易郵便局だったため、地図には郵便局マークは載っていないが、駅のわきを流れる川を上っていき、国道の先の橋(旧道)を渡った左側。等高線を見ると、熱川局の上の国道から分岐する道より川沿いの方が楽そうだ。
こうやって見ると、山上部の奈良本の集落にも人家が多数点在している様子がわかる。
平成21年6月 簡易局の貯金開始状況
続いて6月の簡易局の貯金開始状況を見てみよう。
この月は、東京では郵便局の統合や再開、北海道の郵便局では観光名称を取り入れた局名変更が行なわれた。簡易局でも再開も目立ち活発な動きを感じた。しかし一方貯金扱い開始局の延びは先月に比べると大幅に少ない8局に留まっている。
- 6月1日 八日市場飯倉簡易郵便局 千葉県(平成4年8月21日訪局済み)
- 1日 宇都宮上横田簡易郵便局 栃木県 (平成4年4月3日訪局済み)
- 1日 上真玉 簡易郵便局 大分県 (平成12年3月16日訪局済み)
- 5日 東伊豆奈良本簡易郵便局 静岡県 未訪
- 11日 三浜簡易郵便局 京都府 (平成3年3月28日訪局済み)
- 15日 中河内簡易郵便局 岡山県 (平成9年8月12日訪局済み)
- 22日 河合西簡易郵便局 兵庫県 (平成11年1月22日訪局済み)
- 22日 針原簡易郵便局 富山県 (平成13年4月12日訪局済み)
* 緑字は一時閉鎖に成る以前に訪局済み
こうやって並べてみると、月曜日の扱い開始が多いな。
日島簡易局を想う
簡易郵便局の新たな貯金扱い開始の波は離島までおよんだ。
そして、今回新たに貯金開始を始めたのは、なんと!長崎県五島列島の真ん中に位置する中通島。そこからさらに島伝いにかかる橋をいくつか渡って行った先。東京からものすご~く遠い場所だ。
今回の記事を書くに当たって、もういちど日島簡易局を調べてみたらとんでもない事が発覚した。なんと局の有る場所は日ノ島では無く隣りの有福島だった。簡易局の受託者の都合やその他諸事情が有ったのだろうか。こういう場合は、局の名称を変更するのが一般的だが、今回変更は無くかった。
さて、この局の私なりの行き方だが、五島列島の奈留島より南側は平成19年12月に訪ねている。コース案こそ出来ているが、この局を含む中通島はまだ手付かず。想定ルートとしては以前も書いたが、夜行フェリー「太古」で早朝の中通島の青方港に着いて、島を横断し東側に有る友住港から定期船に乗り江島に上陸。朝一で郵便局を済まし、海上タクシーを利用して平島経由で友住港に戻ってくる。その後中通島を東側から北上し突端の津和崎局で折り返し、今度は南下して若松島に入り最後に日島簡易局に行く行程を予定している。
実は今夏に中通島、壱岐、そして佐世保の黒島を含めて2泊3日で廻って、長崎県を全面完局にするか、それとも島根県の隠岐を地道に廻るか今悩んでいる所だ。
涌田後地簡易局を想う
郵便業務関係先行で営業をスタートし追って銀行業務開始するのが、最近の簡易局再開の流れの主流だ。しかし、今回再開した山口県の涌田後地簡易局は、異例なパターンで郵便業務も銀行業務も同時スタートだった。
この局は以前は漁協簡易で貯金は扱っていなかった。そして昨年8月1日に一時閉鎖し、今年5月18日に再開した。
山口県は4月にも、簡易局で貯金扱いが始まった局があったので、続いてという感じだ。
この局の場所をもう少し詳しく書くと、一時閉鎖前の場所は下関市豊浦町(平成の大合併前は豊浦郡豊浦町)の涌田漁協に面した場所にあったが、再開後を場所を郵政グループのホームページで調べると、旧局舎から下関ゴルフ倶楽部に寄った川沿いのようで、大きくは動いていないようだ。
私にとっての行き方は、角島から下関市内の未訪局に行くルート国道9号線から、少し入った場所なので、効率よく訪ねられそうなのでホッとした。
川辺上山田簡易局を想う
川辺上山田簡易局は、鹿児島県薩摩半島の旧川辺町に位置する簡易局だ。ここら辺は郵政省時代の平成12年8月11日に訪ねている。その時この局は貯金非扱い局だったので当然貯金はしていない。
その後、民営化に伴い平成19年10月1日に一時閉鎖。そして昨年暮れの12月22日に郵便業務先行で再開し5月1日より貯金を扱うようになった。
場所的には、九州の突端近くと非常に厄介な場所だが、幸な事に昨年8月に貯金扱いを開始した久々野簡易局からナビタイムで計ると15.9kmと近い。鹿児島県内には近日中に貯金扱いを開始しそうな局も有るので、それらの局と一緒に廻っても良いかなと思っている。
そして、トカラや三島村目指して鹿児島に行った時、万一当日欠航に成った時の代案としても使えそうだ。
ここは、決して苦には成らない未訪局だと思った。
貯金開始簡易局の動きについて
ゴールデンウイークの時に、5月1日に貯金扱いを開始した川辺上山田簡易局までの貯金扱い開始局をまとめたが、今回はそれ以降の貯金扱い開始局を中心に郵便局の動きをまとめてみたいと思う。
まずは5月の貯金開始局から
- 5月1日 鹿児島県 川辺上山田簡易局 未訪
- 1日 岩手県 東長岡簡易局 (平成3年10月14日訪局済み)
- 7日 岩手県 一ノ渡簡易局 (平成6年6月8日訪局済み)
- 11日 秋田県 田沢湖高原簡易局 (平成4年10月14日訪局済み)
- 11日 北海道 風連旭簡易局 (平成16年10月12日訪局済み)
- 18日 山口県 涌田後地簡易局 未訪
- 20日 長野県 北部簡易局 (平成8年7月29日訪局済み)
- 21日 長崎県 日島簡易局 未訪
- 22日 新潟県 東竹沢簡易局 (平成5年6月29日訪局済み)
- 26日 長野県 飯山新町簡易局 (平成8年7月29日訪局済み)
- 27日 福岡県 川子団地内簡易局 (平成13年3月14日訪局済み)
* 緑字は一時閉鎖に成る以前に訪局済み
以上11局だ。相変わらずのハイペースで貯金開始が進んでいる。
そして、5月も3局の未訪局が出来てしまった。
三島村のもっと続きを
昨日も昼休みに、向かいのスーパーで買ってきた天丼弁当298円を食べながら、三島村の魅力をインターネットで探っていった。
しかし便利な世の中に成ったものだ。南海の孤島の情報が日本中どこにいても瞬時に手に入るとは。平成の初めの頃までは、郵便局の場所を探し当てるだけでも、図書館に通って、電話帳や地図を参考に探していたのに。
さて、前回の続きを、
三島村のホームページを見ると、「三島村地域公共交通総合連携計画」の資料を発見。三島航路の枕崎定期就航を目指す80ページにもわたる分厚い内容だが、冒頭10ページにわたり島の事がこと細かく書かれていて興味深かった。その後には就航船の状況や、枕崎延伸に対する方策が明細に綴られていた。
今、島に向かう船は、鹿児島から竹島・硫黄島を経由して黒島迄で行き、翌日逆順序で寄港するパターンで週3回運航されている。それを週2回程度黒島から枕崎まで伸ばそうという計画だ。そして、年数回だが試験運航もすでに始まっており、南薩からのアプローチも可能になっている。この試験運航だが、3島訪ねたい私にとっての魅力は、旅行期間が短く成り行き易くなるという事だ。今の通常運航だと、3つの島を訪ねようとすると最低4日間必要になる。それが本土日帰り便が毎日運航されれば3日間になり、サラリーマンの私でも行ける可能性が出てくる。つまり、現行では
- 鹿児島港 竹島港着 硫黄島着 黒島(大里港着)
- 9:30 → 13:05 初日
- 10:25 ← 9:40 2日目
- 12:20 → 14:25 3日目
- 13:35 ← 8:20 4日目
この行程で東京から行った場合、鹿児島9時30分の船に乗るには羽田発の初便が間に合わず市内に1泊することになり4泊5日の大旅行になってしまう。土曜・日曜・祝日を使ってもさすがにこれだけの休暇は取れない。
そして、今運航されている実証運航のダイヤで仮定してみると
- 鹿児島港 竹島港着 硫黄島着 黒島(大里港着)
- 8:30 → 12:15 初日
- 12:40 ← 11:50 2日目
- 11:30 → 13:45 3日目
- (片泊発)14:45 → 枕崎港 16:45(バスで空港に) 3日目
黒島横断の交通手段が確保できれば、鹿児島前泊が必要になるもの1日短縮出来て3泊4日で行く事が行く事が可能になる。
魅力的だと思った。
島に足を運んだ事は無い私がこんな事を書くのもなんだが、計画書を読んでいて、気になったところが二つ有った。
まずは枕崎の夜間診療の受け入れ体制とそれに伴う宿泊場所の確保だ。この計画だと枕崎港に船が着くのは夕方17時近くになる。この時間に受け入れてくれる病院があれば、黒島の慢性疾患の患者は、14時過ぎに島を出て、翌日の10時前後に戻ってくる事が可能に成り、今までの鹿児島市内の病院往復に要した1日半が大幅に短縮され、この航路に大きな魅力が生まれてくると思う。
次に遠方客や周遊観光客の受け入れしやすいダイヤを組めないだろうか。つまり今の運航体制を変更し週末を控え観光客の利用が見込める金曜日だけ11時の鹿児島出港はどうだろうか。この時間だと、鹿児島空港に東京・名古屋・大阪便からの初便からの乗り継ぎも可能になり、更に霧島温泉・指宿温泉の宿泊客の利用や、九州新幹線全線開通後の岡山辺りからの集客も望めると思う。そして、島に帰る島民も少し慌しいが、当日の天文館やデパートでの買い物も可能だ。
更に土曜日の枕崎発便では、トカラで島の滞在時間が長くなることで人気が有る検診ダイヤのように、硫黄島や竹島では下船して観光が出来るように少し長めの停泊(1時間から1時間半)するのはどうだろう。
う~ん、色々と調べていたら、更に行きたく成ってしまったな~。三島村。
三島村の続きを・・・
前回の続きを・・・。
今すぐに三島村には行きたいというわけでは無い。ただ仕事が忙しい中、いつか訪ねてみたい地名を、インターネットの検索エンジンに入れて、バーチャル旅行を楽しんでいるだけだ。しかし、色々と調べていくと、この島たちの魅力にとりつかれて、行きたいという気持ちが高まってきてしまう。危ない、危ない。
それでは、今回もこの村を探っていこうと思う。
この村の村民の数は?
平成17年の国政調査では467人。集落が二つ有る黒島が一番多くて239人、続いて硫黄島が140人、竹島が83人。つまり鹿児島から出航した船は、竹島・硫黄島・黒島と順に寄港していくが、後に行くほど島民の数が増えていくと言う事か。と言うことは、一番最後にたどり着く黒島から薩摩半島をダイレクトに結ぶ航路が開設されれば、村民の約半数の方々が利便性が増すと事になる。
人口の増減だが、団塊の世代が中学生だった昭和35年は、1,300名以上の村民を数えたが、平成2年の国勢調査で504人だから、この15年の間で37人程度しか減っていない、ほぼ横ばい状態。また年齢層を見てみると、壮年人口も多く、高齢者の数も全村民の3割と少ない。私が今まで訪ねた多くの島々で叫ばれていた限界集落と違う活気のある島なんだろうなと想像できる。
郵便局の数は?
これが私にとっての一番の関心事。竹島に分室が1局、硫黄島に1局、そして黒島に簡易局と分室の各1局の計4局。各集落に1局か。結構有るな。
そして、気に成ったのが分室の振番。普通メイン(中心部)の方が若い番号が振られるが、この二つの分室では、竹島分室が78001A、黒島分室78001Bと、東京に近い方が若い番号が振られている。これって奄美や沖縄の振番に似ている。
村名の由来は?
戦前は、この島々はトカラ列島を含む十島村だった。戦後トカラ列島が米軍の占領下におかれたことにより村を分断する事になり、日本の帰属する3島が三島村として独立したそうだ。え!この村も戦争の影響を受けているんだと思った。
特産品や食べ物は?
特に竹島・硫黄島は島全体が竹で覆われていてタケノコが名産品らしい。タケノコと言えば、関東では春の食べ物だが、竹島では一年中収穫出来るらしい。どんな種類なんだろう。海産物は今ひとつ判らなかったが、南海の孤島だけあって期待は持てそう。
島おこし
この村の特徴の一つに積極的な島おこしへの熱意を感じた。有名な歌舞伎役者を島に招いたり、ヨットレースの行事や、西アフリカの打楽器を使ったジャンベスクール、冒険ランドいおうじま等の永年事業など各種盛んに活発に行なわれているようだ。
島に行くには
鹿児島から定期船が出ている。そして村のホームページで船の情報を探すと、すごい資料を発見。
次回に続く
三島村って
さ~あ困った。嫁さんと長野に行った時に尋ねた栗田郵便局を最後に、新しい未訪問局は行っていない。いや、それどころか仕事が忙しくて、家に帰ってくるのは11時過ぎもざらだ。書く話題が無い。そして時間もない。
仕方ない、昨日昼飯の時にパソコンで、気分転換で探した三島村の事を書くか。
三島村は、鹿児島県薩摩半島沖合いに横たわる 竹島、硫黄島、黒島の主要3島からなる離島の村だ。他の村と大きく違うのは、村役場が行政区域内から外れたに県庁のある鹿児島市内に建っていることだ。このように書いて、ピンと来る人は、地元の人、かなりの物知り、地理に明るい人、そして通?の人だろうか。私も、この趣味をやっていなければ、多分一生知ることは無かったと思う。
三島村は、九州本土から少し離れているので、地図に現すのは難しい。上の開聞岳の文字が有るのが九州本土、そして線路が指宿枕崎線。ちょうど一番下に向かって張り出している付近が、JR日本最南端駅の西大山駅辺り。
そして、下の3つの緑色の陸地が三島村。しかし、これだけ離れているのに、九州本土から見えるらしい。もっとも、開聞岳は鹿児島県の東端の町の志布志からも見えるらしいが・・・。
三島村の位置関係の地図を張ってみた。右が黒島、真ん中が硫黄島、そして少しだけ顔を出している島が竹島。黒島と硫黄島が離れているので、この地図を位置関係を調整しながら載せるのも一苦労。
栗田郵便局
白馬で一泊して翌日は善光寺経由で栗田郵便局に。この局は元々は「長野中央郵便局郵政局内分室」だったところ。平成8年7月29日に訪ねている。
その後民営化直前の平成19年7月30日に分室から特定局(当時)に変更された。それにより局所コードが変わったので、再び訪ねる事と成った次第。
本当は窓口預入したいところだが、今日は残念ながら土曜日で窓口は開いてない。仕方なくATMでの機械預入。
もっとも、平成19年秋に長野県の残局整理で廻った時に、長野市の福井団地簡易郵便局を訪ねているのだから、その時立寄れば問題無く窓口預入出来たのだが・・・。今年に成って、局種が変わっても同じ局舎なら再訪しないから、より完璧に近づける為に、取扱店番号(局所コード)が異なれば、別の局とマイルールを改定したことによる歪みが生じてしまった1局。
「11469」 5月23日 14時20分
やはり人との接点が無い機械相手は味気ない。局名のゴム印も無いし・・。
善光寺は7年に一度の御開帳で、善男善女が集まりご覧のとおりの大賑わい。写真中央の列は、本尊から紐で繋がれた回向柱に触れるために並んでいる人々。ちなみに待ち時間は3時間。さすがに並ぶ勇気は無かった。
いくつか郵便局のマークがついているが、右下の学校(南部小学校)の下が栗田郵便局。さすが元郵政局と有って、敷地が広く建物の廻りに空き地(空間)が目立つ。
長野駅からも近く、頑張れば歩けない距離でも無さそうだ。少し遠回りになるが途中に局も有るし。
甲府二川簡易郵便局
再び過去の話に戻って先月の郵便局めぐりの話に。
沖縄を廻った後、仕事が忙しくて局めぐりを楽しむ時間は無かった。
そして5月22日に、結婚10周年の記念旅行に出掛けた先の山梨県甲府市で、約一ヶ月ぶりの新規未訪局訪問を果たした。
08848 5月22日9時37分
東京から中央道で甲府南インターまで行き、高速を出たら右、2本目の橋のたもとを右折し環状道路に入って行けば、スムーズに行けると頭に描いていたのだが、1本目を曲がってしまい大廻することに。チョットしたポカ。
そして、局に着くと正面が郵便局だと思って入り、当たり前のように通帳を出してたら、そっちはクリーニング屋さんだった。そして店員さんは少し困った顔。まったく・・・。自分に呆れる私。
そして、店員の方から指示された通り、大きく郵便局のシールが貼られた窓の前を通り(恥ずかしい)、脇の入口から局に入って預入。
これで、山梨県の未訪局は、この局と同日(平成20年12月1日)に貯金扱いを開始した南部町の成島簡易局を残すのみとなった。
その後、局のすぐそばを走っている環状道路を利用して、南アルプス市の今年のトップを切って開園したさくらんぼ園に向かった。
時期が少し早いだけに出来が合いが心配だったが、到着するとサクランボはご覧のような食べ頃で、園内一面たわわに実っていた。1500坪の広大な敷地を縦横無尽に2人貸切状態でおおい食べ楽しんだ。甘くて美味かっ~た。
* 実際の郵便局の場所は、旧郵便局(農協)の下のお寺の道を挟んで反対側。
18きっぷと比較とすると
最後に、18きっぷと比較してみようと思う。
2回に分けて使う方法で比較してみた。
まずは福島県を廻る場合。
行きは、鈍行で新白河まで行きたいところだが、時間的に間に合わないので上野から新幹線利用でレール&レンタカー利用で考えてみた。これだと200km以上利用で特急券1割引、乗車券が2割引に成る。東京から新白河だとちょっと距離が足りないので、横浜からの乗車券で2,850円。それに自由席特急券が割引で2260円。帰りは郡山から鈍行乗り継ぎで帰ってくることにしよう。そう仮定するとレンタカーの全走行距離は約390kmで下記の費用になる。
- レール&レンタカーの乗車券分 5,110円
- レンタカー 5,250円
- 局廻り中の高速道路代を平日昼間割引で1,750円
- 青春18きっぷ 2,300円
- ガソリン代リッター15kmで26リッター 3,120円
合計 17,530円
次に山形県。
こっちは「ムーンライトえちご」で、帰りは山形から鈍行乗り継ぎで帰ってくる(きつそうだな・・・)で考えてみる。レンタカーの全走行距離は141.5kmで下記の費用になる。
- 青春18きっぷ 2,300円
- 新宿~高崎間乗車券代 1,890円
- ムーンライトえちご」の指定券510円
- トヨタレンタカー 5,250円
- 局廻り中の高速道路代を平日昼間割引で1,050円
- ガソリン代リッター15kmで1,130円
- 酒田から飛島間の船代4,080円
合計 13,480円
両県たして31,010円か。この方法が一番安いなと思った。
前回のコースを東京から車で行くと、
次に東京から車で行ったら、どの位の費用がかかるか調べて見よう。
まずは渡瀬簡易局の行き方。今度はレンタカー店の制約が無いので、最短距離の東京から首都高・常磐道経由で、いわき勿来で降りて県道利用でアプローチ。このルートだと距離は216km(うち高速道路区間は188.6km)。渡瀬から翌日の福島飯坂インターまでは同じルート。そして、東北道を一路走り首都高をぬけて自宅に。
以上のルートで計算してみると、
- 初日(首都高からいわき勿来)の高速有料道路代 4,650円
- 二日目(福島飯坂から首都高)の高速有料道路代を平日深夜割引利用で4760円
- 局廻り中の高速道路代を平日昼間割引で2,800円
- 初日終了後酒田移動間の高速有料道路代(白石~月山間)通勤割引で1,450円
- 二日目終了後高速有料道路代(福島飯坂~郡山間)通勤割引で700円
- ガソリン代リッター14kmで10,560円
- 酒田市内1泊2食宿泊代7,500円(概算)
- 酒田から飛島間の船代4,080円
ガソリン代は自宅の車の燃費で仮定してリッター14km。
の合計36,500円
結果、微妙にツーデーパスの方が安くなった。
ツーデーパスを使うと・・
それでは初日に福島県の会津地方以外の未訪局9局を廻ると仮定してみよう。
訪ねる順番は東京に一番近い渡瀬簡易局をスタート地点として、効率良く廻ろうと下記のルートになる。
渡瀬簡易局→宮本簡易局→浮金簡易局→いわき台中央局→夫沢簡易局→北海老簡易局→石神簡易局→大倉簡易局→玉野簡易局
走行距離280.1km(うち高速利用区間が84.7km)。
そして翌日は山形県。
東京への帰路、そして飛島に渡る船の時間を考えるとこのルートだ。
酒田港(船)飛島局(船)→八栄島局→寒河江島局→天童駅西局→霞城セントラル局
走行距離141.5km(うち高速利用区間が56・5km)。
そしてルートは決まった。
次は渡瀬簡易局の福島県鮫川村にどう行くかだ。
局の近くの駅レンタカーを探すと、8時から営業の東北新幹線の新白河駅か、9時営業開始の常磐線の泉駅だ。局までの距離は新白河からだと45.7km、泉駅からだと40.7km。
そして追加料金を見てみる。まず泉駅に行こうと思うと、上野発5時10分の始発の各駅に乗って終点の水戸駅で乗り換えると8時19分に着く。しかしこの時間に着いても駅レンタカーは営業していない。それに城南地区に住む私にとってこの列車に乗るのは無理だ。そこで、次の6時4分発に乗って友部駅で後から来る特急に乗り換えると9時6分に着く。特急料金1,160円の追加が必要だが、駅レンタカーも空いている時間だし、私の自宅からでも間に合う。
では新白河駅だと・・・。新幹線の自由席料金が上野乗車でも小山駅からでも同額の2,520円。それならば上野駅6時22分発の「やまびこ」に乗っていけば良い。そして新白河駅には7時43分に着く。
この比較、新幹線料金は痛いが渡瀬簡易局に9時過ぎには着く、新白河駅から借りる方にメリットが有りそうだ。
レンタカーのスタート地点も決まりると、後はコースは自然と見えてきた。
つまり、福島県の郵便局を廻って、一般道から白石インターで東北道に入り、山形道経由で月山で降りて一般道を再び走り酒田市内で1泊。
翌日は山形県の郵便局を廻って、山形市内から国道9号線を走って福島飯坂から東北道に入り郡山で降りて郡山駅の駅レンタカーで返車し、東北線を乗り継いで帰ってくる。
レンタカーの全走行距離は786.8km
こんなルートで廻ると仮定して費用は、
- ツーデーパス 5,000円
- 行きの新幹線追加料金2,520円
- レンタカー2日間分 4,000円
- 局廻り中の高速道路代を平日昼間割引で2,800円
- 初日終了後酒田移動間の高速有料道路代(白石~月山間)通勤割引で1,450円
- 二日目終了後高速有料道路代(福島飯坂~郡山間)通勤割引で700円
- ガソリン代リッター15kmで6,660円
- 酒田市内1泊2食宿泊代7,500円(概算)
- 酒田から飛島間の船代4,080円
の合計34,710円
まあまあの金額かな。
ツーデーパスは私にとってメリットが有るか
前回書いた「ツーデーパス」を使用して現地で駅レンタカーを借りて、北関東・山梨・長野・新潟・福島県あたりを、郵便局巡りに絞って2日間めい一杯廻ろうと思えば、80局程度は可能だから、1局当たり100円チョットのコストで廻る事が出来る。まあ、これにガソリン代や宿泊代を加算する必要が有るのだが、それでも1局当たり250円程度のコストで行ける。かなり安いと思う。
それでは、ここら辺の局をほぼ廻りきった私が、つい見落としてしまった局やその後に出来た郵便局廻りに活用出来ないだろうか。これが今回のテーマだ。
選んだ場所は、平成の初期にほぼ完局して、その後ほとんど廻っていない福島・山形県。
まずは未訪局を並べてみよう。
福島県
- いわき中央台局 いわき市
- 浮金簡易局 田村郡小野町
- 石上簡易局 相馬市
- 町北町簡易局 会津若松市
- 北海老簡易局 相馬郡鹿島町
- 渡瀬簡易局 東白川郡鮫川村
- 夫沢簡易局 双葉郡大熊町
- 大倉簡易局 相馬郡飯舘村
- 相馬玉野簡易局 相馬市
- 宮本簡易局 石川郡古殿町
- 西本簡易局 大沼郡会津高田町
- 昭和簡易局 大沼郡昭和村
山形県
- 飛島局 酒田市
- 八栄島局 東田川郡藤島町
- 寒河江島局 寒河江市
- 天童駅西局 天童市
- 霞城セントラル局 山形市
(町村名は平成の大合併以前のもの)
大まかに書くと、福島県は阿武隈山地から浜通りの簡易局が多い。一方山形県はすべて旧特定局。庄内の2局以外は新設局だ。
次回に続く・・・。
ツーデーパス
あと1ヶ月チョットで夏休みか、早いな~。
まだ今年の夏休みは、どこに行くか決めていない。
それどころか、仕事が忙しすぎて、先を考えるより今日をいかに乗り越えていくか考えるだけでせい一杯の毎日だ。
その中、先日JR東日本から今月下旬から9月末にかけて発売するツーデーパスが発表になった。
料金は5,000円。乗れる範囲は山梨県を含む関東地方をひと回り大きくした感じで、鈍行や快速が二日間通し利用の乗り放題。上田電鉄など数社の私鉄にも乗車可能。
夏休み中は平日も使用出来て、なかなかの優れものだなと思った。
一見すると、全国鈍行乗り放題の「青春18きっぷ」に比べて範囲が極端に狭い上に一日当たり200円も高くて、どこが優れているんだ?と思われるかもしれない。しかし、青春18を使っていると、「このキップで追加料金払っていいから特急が乗れないかな~」思うことが度々ある、その願いがこのキップでは実現した。なんと、追加料金で、新幹線や在来線の特急が乗れるのだ。つまり、在来線の本数が極端に少ない上越国境越えや、在来線が廃止になった横軽間が、新幹線利用で迂回可能になり、行動範囲が素晴らしく広がる。
さらに見方を変えれば、このキップを使って新幹線を規定の二日間で往復した場合、東京発で那須塩原・上毛高原・軽井沢でトントン。さらに郡山や越後湯沢まで行くと、普通乗車券ではなく、このキップで往復すると差額で駅弁とビールが買えるなかなかの格安キップだ。
そして、ここが一番のこのキップの魅力だが、レンタカーがなんと1日2,000円で借りられる。驚くことに、例えば中央線の鈍行に乗って上諏訪まで行って、レンタカーを二日間借りて、信州を走り回り再び鈍行で戻ってくれば、なんと交通費は9,000円(ガソリン代・有料道路代等含まず)。凄いお得感の有るキップだ。
次回は、このキップが私の郵便局廻りに活用出来るかシュミレーションして見ようと思う。
さような~ら渡名喜島
食事を終え、再びふくぎの囲まれ集落をさまよい歩きながら港に向かった。
小学校のわきを通り港に出ると、島で唯一の信号機の奥に乗船待合室が見えた。
この島に着いたとき、帰りの船まで4時間も有って、どう過ごそうかと不安に感じた。しかし、この島の居心地の良い空気に包まれると、あっと言う間に時が流れて、気が付くと、もう帰りの船が姿を現していた。
この島で沖縄の訪ねた島は20島に成ったが、もう一度訪ねるとしたら、どの島が良いかと聞かれたら、私は迷わずこの島渡名喜島と答えたい。何時の日かこの島に泊りたいと思った。
この後、飛行機を利用して東京に戻った。
これで、今回の沖縄訪局の話は終わりにしたいと思います。
渡名喜の昼食
集落をブラブラして時計を見ると1時半を過ぎていた。早く昼食とらないとランチタイムが終わってしまうと、「食堂ふくぎ」に向かったがあいにく閉まっていた。そして、もう一軒食事をやっている「憩い処西門(いりじょー)」に足を進めた。
昼時間が過ぎていたせいだろうか、それとも観光客がすくないせいだろうか、店は閉まっていた。
ふくぎ食堂の裏手にある西門に向かった。草木の手入れが行き届いていて、なんとも良い感じの店構えだった。
庭から縁側を上がり部屋に入った。テーブルの前に腰を下ろすと、そこには沖縄の古民家のゆったりした空気が流れていた。
そして、隣の部屋からは、6月公開の映画「群青」のスタッフの方が弾く三線の生演奏が聞こえてきた。
今日は焼肉定食。運ばれてきたお重には焼肉をメインに、手の込んだ数々の品が乗っていた。
このデザートのバナナは、島バナナですかと訪ねると、今朝近所の人から頂いた三寸バナナのお裾分けだそうだ。
この日のお昼も大満足。ん~まかったな~。
渡名喜の集落を散策
アンジェーラ浜づたいの道を歩き、集落に戻り、やれやれハブに会わずに済んだ。良かったと一安心。
そして、集落一体フクギに覆われている道を、当ても無く歩き景観を楽しみ、昼食をやっている食堂に足を向ける。
集落を歩くと、どの道もフクギに覆われていた。緑豊かな落ち着いた情景は、安らぎをかもしだしていた。
しかし、この島の隣りの島は米軍の演習場に成っており、時々静かな島に爆音を響かせながら、ヘリコプターが横切っていく。その光景に沖縄の現実を感じる。
この集落の民家は、台風で家が持っていかれないように、民家の廻りをフクギと石垣で囲み、さらに敷地は道路より一段低くし、強風に備えた独特の家作りがされている。
民家をこうやって見てみると、沖縄の台風の怖さを語りかけているようにみえた。
台風に対する備えなのだろうか。この島では通常の上から照らす外灯はほとんど無かった。その代わりに足元を照らすフットライトが集落随所に有った。
この灯りだったら、星明かりを充分に楽しむ事が出来るだろうな~。
渡名喜島を歩く
渡名喜島は二つの山が合わさった真ん中の低地の砂洲に集落が広がり、郵便局も港も学校もみんなそこに有る。
帰りの船まで4時間。たっぷり時間があったので散策を楽しもうと、郵便局を出る時、局員の方に「右と左の山どっちが良いですかね」と訪ねると、左の方(西森展望台・サカシ散歩道)は急坂だから右の方(島尻森)が良いと即座に返答を貰った。
そして右の山、大本田山・島尻森に向かった歩き出した。
呼子浜の一定方向に向かって立つ岩眺めて、ゆるやかな道を歩いてうちは良かった。しかし、海岸線の道が途切れると急勾配の山道が現れた。そして坂の入口には「ハブに注意の立て看板」が・・・。こんなジメジメした曇天の日は昼間からハブが現れたりするんだよなと思いながら、すれ違う人も車も無い中、ハブにかまれたら誰もいないから助からないだろうなという恐怖感を抱きながら登って行く。
晴れていれば、良い眺めなのだろうが、なにしろ何時降り出しても不思議は無いこの天気。残念ながら眺望は楽しむ事は出来ず、長い山道を越えて反対側の浜に出た。
港から暫らく歩くと、地面から突き出した岩石が同じ方向に向かって、傾いている景色に遭遇。私には地学の知識は無いが、興味が有る人にとってはたまらない光景なんだろうなと思った。
浜の方に目をやると、こちらでも同じ光景が・・・。侵食されていない様子から硬い岩石なんだろうか。
浜から登って行く道は、山頂部の標高200mが切っているわりには、長く続く急坂でしんどかった。
渡名喜郵便局
渡名喜島には、予定時刻より少し遅れて着いた。舩内放送は「渡名喜での荷扱い終了後すぐに久米島に向かって出航する」とアナンスがあった。
そして島民や少ない観光客に混じって下船し取りあえず郵便局に向かった。港から局までは歩いて2~3分の距離。局で預入の手続きをスムーズにこなし、、港に戻ると船影は、すでに無く、船は湾から外洋で出ようとしているところだった。時刻表では20分停泊になっていたが、実際は放送どおり用がすんだら、とっと出港するようで、昨日の阿嘉島のように停泊中に局に行くのは無理のようだ。
「70053」 4月22日 11時3分預入
局の前で写真を撮っていると、私が乗っていた船に積み込まれていた郵便物が到着したところだった。軽トラの感じからして、完全な民間委託のようだ。
少し斜めに撮れてしまったが、赤茶色の地面、そして奥には道に沿いながらフクギの木立が続いていた。
これで、沖縄の郵便局も南北大東島と粟国島の計3局を残すのみと成った。
渡名喜島に
暦は6月に入ったが、こちらは4月22日の話を書いていきたいと思う。
この日は6時過ぎに起きて部屋の小さな窓から外を見ると、今にも泣き出しそうな生憎の天気。以前からそうだが、どうも沖縄とは天気の相性が会わず、沖縄らしい青い空まぶしい太陽という日にはなかなかめぐり合えない。季節は今おだやかで観光日和が続く「うりずん」のはずだが、2日間とも曇天とは・・。
ホテルで朝食をすまし目と鼻の先の泊港に向かう。渡名喜島までの往復のチケットを購入し、売り場を離れると男性が近寄ってきた。私とは、一番縁遠い世界のマリンスポーツの客引きかと?身構えると、なんと「久米島には芋類を持ち込まないで下さい」と、パンフレットが入ったポケットティシュを渡された。そして今度は女性。同じようにポケットティシュを渡された。中を見ると「沖縄植物防疫事務所」とあった。まさに水際作戦だなと思った。
渡名喜経由で久米島に向かう久米商船もドックダイヤで、通常2隻運航が4月14日から30日まで1隻運航になっていた。そしてラッキーの事が・・・。
渡名喜島に立寄る船は通常期は午前中1往復のみの下記のダイヤで運航している。
- 泊港 渡名喜島 久米島 渡名喜島 泊港
- 8:30 10:00/10:15 12:30
- 8:30 10:45/11:00 12:30/14:00 → 17:15
- 14:00 → 17:15
* 4月1日から10月31日の金曜日の久米島発の午後便も寄港
* 月曜日は午後便運休
ダイヤを見て判るように渡名喜に行こうと思うと、久米島から出て渡名喜で下船し、泊港から来た船に乗って帰るのが一番効率良い。しかし、久米島の局を廻り切っている私にとって、沖縄本土から久米島間の交通費は痛い。
しかし、ドック入り期間中は1隻運行で、行きは通常通り午前便で渡名喜に寄港し、午後便も曜日に関係なく寄港する泊港(沖縄本土)から日帰りが可能なラッキーダイヤで運航される。
この日程を選んだのは、勿論サラリーマンゆえ仕事優先で空いている日程で組んだもので、このダイヤの事は知らなかった。そして行程を組んでいくうち、この運航を知って偶然を喜んだ。
1隻運航のせいか席は結構埋まっていた。
出航前の小雨まじりの那覇港にて、
今日の夕食
私は「その土地に行ったら、その土地のモノを食べたい」と思っている。
部屋に入り、歩いて片道15分の牧志の公設市場の2階の食堂に行くか、ここのホテルの食堂に行くか部屋で悩んだ。多いに悩んだ。1時間以上悩んだ。
そして、往復30分歩くのはキツイな。部屋に来る時にエレベターで見た食堂の料理写真なかなかだったよなと自分を説得し、1階の食堂に7時過ぎに向かった。
まずはビールのお供に軽く食べられる一品を
戦後米軍の小麦粉の配給で作ったのがもとだとか。お好み焼きのように厚みが無く、平焼きが沖縄の方言でヒラヤチーに。
一口食べて、ん~まい!
これも沖縄料理の定番料理。これを書くに当たって、資料を読み返すと、「唐辛子を添え、醤油を少し掛けて食べる」とあった。そうだったのか。そのまま食べてしまったが、なかなかいける味だった。
いよいよメイン料理。豚足の登場。これは塩焼きを頼んだ。みばなれも良くコラーゲンがとてもジューシー。さらに1杯200円ビール(発泡酒)は進んだ。
豚足の後はラフテーを頼んだが、残念ながら品切れ。もっと早く来れば良かったと悔やむ。
変わりに頼んだが、これ「パパイアイリチー」。
これもまた箸が進んだ。
いくら大きな胃袋でも、これだけ食べれば腹一杯だ。しかし食いしん坊の目は食べたがっている。嫁さん連れてくればもう少し色々な沖縄料理を食べられたのに・・・。
後ろ髪引かれる思いで食堂を出て、近くのコンビ二に。ポーク(チューリップ)が入ったおにぎりを買ってホテルに。
ここまで来たら、デザートも沖縄料理でしめたい。そこで、コンビ二近くのスーパー でポーポーを購入。さすが4本全部は食べきれず家へのお土産に化けた。
明日の行程を考えて、港近くのホテルに
今日予定していた2局の郵便局を廻り終えて、薄日が差すとまり港に戻ってきた。時間は15時半。そのままホテルに行っても良いのだが、せっかく沖縄まで来たのだから、少しぶらぶらしていこうと思った。足を向けた先は、とまり港に今日オープンした本屋に。2階の沖縄の書物を扱っていたコナーは凄く充実しており、ついつい長居をしてしまった。
そして、明日の利便性を考えて予約した港の目の前のホテルに向かった。最初にも書いたように今回は非常にお金が無く、今日の宿泊代は1泊朝付き3,500円。宿泊値段の安い4月の平日でも、これだけ安いホテルは那覇市内探してもなかなか無いと思った。相場的に見た場合、ドミトリー(男女別の相部屋料金)の1ランク上の民宿の個室料金と言った処だろうか。
フロントで鍵をもらい、5階の部屋に行きドアーを開けると・・・。なんと!
空の冷蔵庫や電子レンジそして簡単なキッチンなどが有るツインルームの一人で利用するにはあまりにも広々した部屋だったが・・・。
しかし、なんか様子がへん?
大きなガラス張りの壁、そのガラスの向こうにはビニールカーテンが・・・
もしかして・・・、と浴室をのぞくと・・・
浴室は黒タイルの広々とした空間に、肌を寄せ合って、二人で入るのにちょうど良い大きさのま~るい浴槽。
まるでラ・ブ・ホ♡。
浴槽の下から照らすライトアップのスイッチや、部屋が七色に輝く仕掛けが無いか思わず探してしまった(嘘です)。
ちなみに、このホテルの名誉ためにも書き添えておきますが、ツイン総てがこの作りでは無いようで、勿論シングルルームも有ります。でも、もしかりに出張で男二人で、このラブリーな部屋に通されたドヒャ~だろうな。
那覇に向かって、
座間味港を出るとフェリーは一路那覇の泊港を目指した。通常だと往復とも阿嘉島に寄るのだが、代行船を使用したダイヤだと行きのみ阿嘉島に立ち寄り成るので、泊港の到着は定期船ダイヤに比べて20分の早く着いた。
行きに比べると揺れも少なく、波も落ち着いてきたようだ。
泊大橋が見えてきて、到着寸前気に成るものが左右に見えた。
泊港湾内の入口から、沖縄・那覇空港の景色を望む事が出来た。旧旅客ターミナルに寄ったほうにジャンボ旅客機等が駐機されていた。そこは湾の入口に当たり、潮風が当たり、湾の防波堤から時より大波がザブ~ン。
泊大橋をくぐると、今度は反対方向から太鼓の音が・・。なんだ?と思い、音のする方向をのぞくと、那覇ハーリーの練習風景。太鼓の音に合わせて、きれいにオールが動く壮観な光景だった。
座間味郵便局
島の滞在時間はたっぷり1時間半も有った。
したがって、そんなに急いで郵便局に向かう必要は無かったので、船を降りて港から延びる道を真っ直ぐ進み、南の小学校を感じる芝校庭の鮮やかな緑を眺めて、左に折れて集落と山辺の境界の道を歩く遠回りルートで郵便局に向かったが、直接向かえば5分とかからない距離。
「70050」 4月21日12時41分
先客がいて少し時間があった。そこでロビーに置いてあった沖縄の郵便局事情を書いた本を走り読み。それによると陽射し・潮風の影響を受け易い沖縄の郵便ポストは、一部の地域ではプラスチック製のポストを採用していると書いてあった。このポスト錆びていないな~。もしかしてプラスチック製?と叩いてみる私。
今日はこの局で終わり。1日2局はチョット物足りない。
私はすでに渡嘉敷島を訪ねいたので考えなかったが、渡嘉敷島から阿嘉島または座間味島を海上タクシーで移動すれば、3島3局廻る事は可能だ。それに高速船の時間があえば、沖縄本島側の泊郵便局など数局も加算する事も可能だと思う。
島をぶらぶら歩いていたら、村役場わきに旧局舎を発見。掲示板には、今の郵便局の位置を示す貼紙があった。
座間味の風景
内地の人間が想像する沖縄の集落の風景は、「赤瓦の平屋の民家、屋根にはシーサーが乗っていて」という光景を想像しがちだと思うが、この座間味では、そのような家は皆無で、集落の風景の写真を撮ろうとすると、必ずと言っていいほど鉄筋造りの民宿が入ってしまうほど、この島はマリンスポーツが盛んで、この島では民宿を営んでいない家は無いのでは無いかと思うほど多かった。
そのような集落の光景を眺めながら歩く私も、また観光客。
港周辺しか歩いていないが、民宿やホテルそしてみやげ物店がほうぼうに 点在しており、ゾートの島だなと感じた。
離島は水の貯められる場所が限られているので、多くの島で水不足の問題を抱えている。そのため沖縄の鉄筋の家屋では、屋根に水槽を乗せているが目立つ。
それにしても1日14時間(19時から翌朝9時)までの断水はきついな。
座間味小・中学校
デイゴの木の間から、のぞいて緑の芝生が広がる校庭。
色のコントラストが良い感じで、つい見とれてしまいパチリ。
座間味、鯨の島
阿嘉港から約20分で座間味港の湾内に入ると、左手に鯨の大胆なオブジェが目に入った。そして、いよいよ着岸。その光景を眺めながら船の待合室の屋根に目を向けると、そこには今度は銀色に光る鯨のオブジェが寝そべっていた。
座間味は以前はスキュバーダイビングの島のイメージが有ったが、最近は冬から春にかけてメインと成るくじらウオッチングの島として売り出しているようだと感じた。
船が座間味港に入ると、左手に大胆に跳ね上がる(歓迎のダンスだろう)くじらのオブジェが出迎えた。
奥に目をやると、こちらもオブジェだが2匹のくじらが向かい合っていた。
座間味港のターミナルの屋根の上にもクジラが寝そべっていた。
そして、堤防に寝そべる花鯨もいた。
この村の定期船のフェリーには鯨一筋の文字が入っているそうだ。
阿嘉港
郵便局を後にして、港に戻ると船はまだ荷物の積み降ろし作業中。先程とまり港の乗船時に渡された乗船券の半券を係員に見せて、「この船に今乗ってきて阿嘉島で下船して、再び船に乗って座間味に行く場合は追加料金は必要だろうか?」と訪ねると、券の日付を確認して要らないとの事だった。
そして、再び船に戻って、デッキから港の風景を観察していると5分遅れで島を離れ、船は終点の座間味島を目指した。
沖縄の離島の多くのドラマや映画の舞台に成った島が多い。この阿嘉島では実話を元にした映画「マリリンが逢いたい舞台」として知られている。港を出ると、目の前に映画の主役の座間味島まで泳いで渡ったシロの像が、マリリンの住む座間味島に向かって立っている。
今年は4月10日~24日まで「フェリーざまみ」ドック入りに伴い、13・16・18・21日に隣の村の「フェリーとかしき」が代船として、定期便とほぼ同じ時刻で運航された。
3日ぶりの入港とあって、フェリー前の荷受のテントの中は人と荷物で大混雑。そしてその後ろ車の台数を見ると、島中の車が来たのではないかと思うほど駐車場は埋め尽くされていた。
桟橋には海がめが描かれていた。ターミナル奥に見える阿嘉大橋は、隣の島の慶留間(げるま)島につながる。この橋は慶良間鹿も渡ることが有るらしい。
阿嘉島にむけて
今回は朝4時10分起きで東急線の一番電車に乗り蒲田駅に。そこから京急に乗換えて羽田空港に向かった。そして6時20分発の飛行機に乗って沖縄に。さすがにこの時間ジャンボジェット機は空席が目立った。そして窓辺に座った私はうたた寝を楽しんだ。
那覇空港には定刻少し前の8時50分に着陸。空港からはゆいレールを美栄橋まで乗りそこからは徒歩の「うちなんちゅうルート」で、離島行きの船が出るとまり埠頭には9時40分にたどり着いた。空港のモノレール駅から30分。意外と早いなと感じた。
阿嘉・座間味に向かうフェリーは、通常は「フエリーざまみ」だが、ちょうどドック入り(4月10日~24日)で、隣の渡嘉敷に向かう「フェリーとかしき」「フェリーけらま」(5月17日修正)が代船に入っていた。泊港の乗り場も変更になり、この船が通常着岸する渡嘉敷乗り場から乗船。
座間味往復の切符を購入し、船の乗船口で半券を渡しイス席を着き、暫らくすると船は港を離れていた。この日は、全国的に荒れ模様の天気で船は大きく揺れ、座間味諸島の入口の渡嘉敷島の島影に入るまで大きく揺れ、トイレに行くのも一苦労だった。
普段この座間味港には、赤と白の船体に青い煙突乗せている「フェリーざまみ」が入るが、今日は青色のラインが入った代船の「フェリーけらま」が着岸している珍しい光景。
代船となると、渡嘉敷島のフェリーの運航が気になるところだが、この船が座間味に向かう時は基本的には運休に成り、高速船のみの運航に成るので注意が必要。
ポスト とから
先月書いたようにように、5月に予定していたトカラが日程面からダメに成った。
しかし、トカラに行く事を夢見て時間をかけて貯めたJALのマイル(東京・鹿児島往復無料航空券分)が有る。このマイルはもうすぐ期限が切れてしまう。ムダにするのは勿体無い。なんとか活かしたい。
だが、3月に青春18きっぷを利用して3回も訪局旅行をしているだけに先立つものが無い。費用はとことん抑えたい。あちら、こちらと色々と候補を挙げた末・・・。
沖縄はどうだろうと思った。沖縄は本土・宮古・八重山諸島の郵便局は廻りきっている。残っているのは南北大東・慶良間2島(阿嘉・慶良間)、粟国、渡名喜の6島。このうち3島程度を船で行けないだろうか。
色々と煮詰めていった結果・・。
急遽決まった沖縄行きの行程は下記の内容になった。
4月21日
羽田空港6:20(JAL901便)9:00那覇空港(移動)泊港10:00(フェリー)11:40阿嘉港12:00(フエリー)12:20座間味港14:00(フェリー)15:40那覇港
4月22日
那覇港8:30(フェリー)10:45渡名喜港15:45(フェリー)18:00那覇港(移動)那覇空港18:55(JAL922便)21:15羽田空港
カメラ買っちゃった
3月末に期末手当が出て、以前から貯めていたお金と合わせて、前から欲しかったキャノンのデジタル一眼レフ・X2を買った。
今まで使っていたデジタルカメラは、2000年春に発売された最初のキャノンのIXYDIGTALだった。デジカメが世間に広まりかけた頃の初期の製品で、200万画素と画素数は少ないのだが、今までブログに載せていた写真を見て判るように、伝えたいものがしっかり伝わる画像のきれいな写真が撮れており、今出ているコンパクトカメラと互角な絵が撮れて満足していた。
しかし、大きな欠点が・・。それはレスポンスの遅さに有った。シャッターボタンを押して、画像が写るまでのタイムラグが数秒有った。風景画や料理写真などは動かないので良いのだが、動物や電車を撮ると成ると追いつかない。
昨年の年初いよいよ東急8000系の引退に向けてラストランが本格化してくると、なんとかカメラに収めたいと思って、このデジカメで追いかけたが、駅撮りはまだしも走行写真と成ると流れてしまい、このカメラの弱点が明白に。そこで、昔使っていた銀板写真の一眼レフを引っ張り出して撮る事にしたがコストが高すぎた。その結果デジカメ一眼レフが欲しいと思うように成っていった。
機種は最初からキャノンのXシリーズに決めていたが、局廻り1回分の値段にはなかなか手を出せなかったところ、今回の手当てと一万円キャッシュバックキャンペーンで手に入れる事が出来た。
新しいカメラで、早速撮ってみたかったのは、今までのカメラが苦手としていた動くもの。
それもなるべく早い物と思って、100km以上の速度で走る新幹線を狙った見た。
首の微妙なグラデーション、遠近感、そして也よりも動きの早い鳩がぶれる事無くとまっている。
それでは15日より、この新しいカメラを使って、沖縄の訪局記を書いていきたいと思います。
どう判断する?この簡易局
ここのところ硬い話題が続いてしまっているが、もう1日お付き合いを・・・。
郵便局では、一時閉鎖に成った郵便局の周辺の利用者の便宜をはかる為に、局の有った近くの公民館・公共施設や一般商店さらにはJRの駅等に、渉外社員が出張、もしくは移動郵便車を巡回させるサービスを全国120箇所で行なっている。
実はこの出張先には、旧簡易郵便局や現在貯金業務を行なっていない簡易郵便局が含まれている。
例えば、鹿児島県の荒川・里岳の各簡易局。いずれも今年の3月26日に郵便業務のみが再開されている局で、郵便局のホームページからそれぞれの局の扱い品目を調べると、貯金の取扱いは書いていない。そして昨日書いた財務局の「郵便局銀行業務代理業者一覧」の中の記載も無い。
しかし、出張サービスとして、火曜と木曜の11時から15時に、それぞれの郵便局において貯金業務が行なわれている。つまり、貯金業務を取り扱わない簡易郵便局が、親局からの出向で週2回貯金業務を行なっていると言うことだ。この場合の取扱店番号(局所コード)は、当然親局のコードに成ると思われる。したがって非常に分室に近い状態だ。こうした場合は訪局対象にするのか。大いに悩むところだ。
そして、神出鬼没的に実施されている出張サービスの貯金取扱い郵便局は、残念ながら追いきれないので、私としては貯金対象外とした。
今後も簡易局の貯金扱い局は増えるのか?
前例の無い簡易郵便局の貯金扱い開始局の増加。今後どのように成って行くのか非常に気になるところ。
郵便局のこの先の展開を調べる方法はいくつか有るが、今回は財務局のページから調べようと思った。
「え?なんで財務局」と思われるかもしれない。確かに郵便局の設置・扱い項目の変更は郵政公社時代までは、ある程度自由裁量で出来たようだ。しかし、民営化に成った今、簡易局での金融業務(為替・貯金等)に関しては、他の民間の金融機関と同じように、金融庁の許可が必要と成り、財務局が監督するように改まった。その許可を受けた局は「郵便局銀行代理業者一覧」に記載されることになっている。つまり、各地域の財務局(金融庁)の「郵便局銀行代理業者一覧」を調べる事によって、動きが知ることが出来るのではないかと言うことだ。
幸い、各財務局のホームページ上に「郵便局銀行代理業者一覧」が載っている。しかし、こまめに手入れがされている関東・東海財務局から、北陸財務局のように民営化以降一度も手直ししてない処まで資料はまちまちだが。(金融庁のホームページからも全国の「郵便局銀行代理業者一覧」を見る事が出来る)
さて、ここでは一つの参考として、東海財務局の「郵便局銀行代理業者一覧」を見て行こうと思う。
まずはインターネット上の東海財務局のサイトメニューから金融・証券を開き、銀行から管内銀行代理業者(郵便局)一覧と順番にたどって行くと、全9ページに渡る東海地方で金融業務を行なっている簡易局一覧を見ることが出来る。その内容を目で追っていくと、三沢簡易・宮石簡易と続いており一見アットランダムのように感じるが、暫らく見ていると取扱店番号順(局所コード順)に並んでいる事がわかる。そしてJA関連の局が飛んでいるように感じるが最後のページに一括して記載されている。
このデーターで特に注目して欲しいのは、個人名中心に並んでいる項目の最後の方に記載されている追記に成っている簡易局だ。平成21年3月31日の作成の書類では、最後に刈谷井ケ谷簡易局が載っている。この局は今年の2月16日に郵便先行で局を再開したが、この日(3月31日)に許可を受けたことにより4月20日より貯金業務も再開している。したがって、このように調べる事によって、実際の貯金再開より20日も早く知ることが出来る(もっとも私の場合この局は郵政省時代に訪ねているが)。
更に非常に手間のかかる作業だが、いままで訪ねた局と照らし合わす事によって、訪局漏れを発見する事も出来る。私の場合は、民営化直後に貯金取扱い業務を開始した三重県の矢口浦簡易・尾鷲向井簡易・志子奥簡易の3局を見つける事が出来た。
ここまで書くと、4月に貯金業務を再開した岡崎市の山中簡易局は出てないでは無いかと疑問を持たれる方がいるかもしれない。実はこのリスト大きな落とし穴があって、委託の受けた者の主たる営業所又は事務所の所在地の財務局のリストに載る事に成っており、この局の銀行代理業者名は、なんと東京本社の「セコム㈱」。従って関東財務局のページに出ている。
続々と増える貯金開始簡易局 その2
次々に増えていく貯金扱いを開始する簡易郵便局。その増え方は尋常では無いな感じた。
バブルの頃も結構郵便局が増えた。その時は、昼間人口が増加している地域や都市周辺の住宅地が中心である程度範囲も狭まっているたので新規局も廻り易かった。そして局設置時期も、ボ-ナスシーズンを意識した6・11月開局が多かった。
しかし、今回は手ごわい。例えば一番東京から近い12月から扱いを始めた山梨県の成島簡易局。ここに行くには東名の東京インターから車で片道2時間半もかかる。そして、その1局のために高速代とガソリン代を何千円払うのも・・・。
でもこれは良いほうだ。貯金開始局を書き込んでいくと、もともと貯金非扱い局の少なかった北海道・沖縄を除く、全国各地ちらばっている事が判明し、どう廻っていくか頭が痛い。
それでは気を取り直して、2月以降の貯金扱いを開始した私にとっての未訪局を書いて行こうと思う。
2月
- 上五明簡易郵便局(長野県)
話題を呼んだ民営化後初のローソン分室が簡易局に。ここは分室時の時も訪ねていなかった。
- 町北簡易郵便局(福島県)
郵便扱い先行で12月に再開したが、23日から貯金扱いを開始。
- 石屋簡易郵便局(富山県)
ここも郵便扱い先行で再開し、25日から貯金扱い開始。
3月
- 遊木簡易郵便局(三重県)
この局は6月30日に郵便扱い先行後、半年以上たっての3月2日から貯金扱い開始。相変わらず三重県の紀伊半島部は増えているな。もう少し様子見しようかなと思った。
- 赤田簡易郵便局(富山県)
ここも相変わらず増えている地域。ただし今回は再開時に貯金扱いも同時スタート。
- 下矢作簡易郵便局(岩手県)
2月9日郵便扱い先行で再開し、3月2日から貯金扱い開始。未訪で残っている腹帯簡易(宮古市)・栗林簡易(簡易化で再訪対象・釜石市)と一緒に何時の日か行こうか。
- 冠岳簡易郵便局(鹿児島県)
2月25日郵便扱い先行で再開し、3月23日から貯金扱い開始。鹿児島本土は残り1局(久木野簡易局)残して、廻りきっているだけに痛い。
- 新井郵便局新井長沢分室(新潟県)
この局の設置を知ったのは、3月18日に新潟県完局して帰ってきた時。まさか新潟県で1週間後の25日に貯金扱い局が増えるなんて・・。
4月
- 大野大橋簡易郵便局(福井県)
2月2日郵便扱い先行で再開し、4月6日から貯金扱い開始。福井県にもかよ・・・。
- 勝間簡易郵便局(山口県)
4月6日再開時に郵便と貯金扱い同時スタート。え~山口県も・・・
- 戸出五簡易郵便局(富山県)
ここも4月6日。この局は郵政公社時代まで「戸出六簡易郵便局」として貯金扱いしていたが、うっかり落としてしまった1局。その後一時閉鎖に成り、今回局名を変更の上再開。
- 穂波簡易郵便局(長野県)
ここも郵便扱い先行で昨年11月11日に再開し、7日から貯金扱い開始。
- 土器簡易郵便局(香川県)
13日扱い開始。今月は今までこのような現象が無かった地域で貯金扱いが始まっている。香川県は昨年離島まで貯金扱い局を総て廻った場所。それだけに痛い。地図で調べると讃岐うどんの名店揃いの地域。しかしな簡易局1局と讃岐うどんの為に四国に行くには・・。
5月
- 川辺上山田簡易郵便局(鹿児島県)
1日に扱い開始。今月も鹿児島に・・。
この先の展開が怖くなった。
続々と増える貯金開始簡易局
今年1月頭にまだ訪ねていない貯金扱いしている郵便局は、どれぐらい残っているだろうと数えてみると329局だった。
その後旅行貯金として、1月20日に三重県で12局、3月4~5日で近畿・岡山県で13局、3月12日山梨県岡部簡易局、3月18日新潟県で2局、3月26日近畿で11局、計39局を訪ねた。これだけ廻れば余裕で300局の壁を破れると思った。
しかし、現実は甘くなかった。
昨年暮れから、今まで貯金を扱っていなかった簡易局が貯金扱いを次々と始めていた。
仕方なく今一度未訪局の整理をすることにした。
そして、驚くべき事実が発覚した。
郵政省時代・郵政公社を含めて、私が貯金をしていなかった局で貯金扱いを開始したのは、
12月6局
- 谷地頭簡易局(青森県) 1日
- 甲府二川簡易局(山梨県) 1日
- 成島簡易局(山梨県) 1日
- 矢木簡易局(富山県) 15日
- 下板木簡易局(広島県) 22日
- 中之条簡易局(長野県) 24日
1月3局
- 大江簡易局(富山県) 13日
- 尾川簡易局(三重県) 19日
- 野々江簡易局(愛媛県)19日
2月以降は明日に
































































































































































































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